
創薬と製薬は、医薬品が患者のもとに届くまでの異なる段階を指す用語です。創薬は新しい医薬品を研究・開発する上流工程であり、製薬は承認された医薬品を工業化して大量生産する下流工程を意味します。
創薬では、疾病に有効な化合物の発見から始まり、基礎研究、非臨床試験、臨床試験を経て厚生労働省の承認を得るまでの一連のプロセスを担います。この段階では、約3万個の候補物質の中から1つの新薬が生まれるという極めて低い成功率の中で研究が進められます。
一方、製薬は創薬研究で生み出された新薬を、医療現場で実際に使用できる形に仕上げる工程です。具体的には、大量合成技術の確立、製剤化、品質管理体制の構築などが含まれます。製薬会社は創薬研究職と開発研究職を擁し、両方の機能を持つことが一般的ですが、近年では創薬ベンチャーと製薬企業が連携するケースも増えています。
創薬プロセスは基礎研究段階から始まります。この段階では、特定の疾患に対する有効成分を発見するため、植物や微生物などの天然素材、化学合成、バイオテクノロジー、ゲノム情報などあらゆる科学技術を駆使します。基礎研究には通常2~3年を要し、数千から数万の候補物質をスクリーニングして絞り込みます。
次に非臨床試験(開発研究)の段階に進みます。この段階では3~5年をかけて、動物実験や培養細胞を用いて薬効薬理試験、薬物動態試験、毒性試験を実施します。候補物質の体内での吸収・分布・代謝・排泄の過程を詳細に観察し、安全性と有効性を評価します。
非臨床試験を通過した治験薬は、臨床試験(治験)に進みます。臨床試験は3段階に分かれており、合計で3~7年を要します。第1相試験では少数の健康な人を対象に安全性を確認し、第2相試験では少数の患者に投与して有効性や適切な投与量を検討します。第3相試験では多数の患者を対象に既存薬と比較した有効性と安全性を確認し、最終的な判断を行います。
これらすべての創薬プロセスを経て、ようやく厚生労働省への承認申請が可能となります。申請から承認・発売まではさらに1~2年を要し、合計で10~18年という長期間が必要です。
製薬段階における工業化研究は、創薬研究で創出された候補化合物を実際に医療現場で使用できる医薬品として製造するための重要なプロセスです。この段階では、研究室レベルで少量しか合成できなかった化合物を、安定的に大量生産できる技術を確立します。
工業化研究の主な内容には、候補化合物の物理化学的・生物学的性質の把握と評価、大量合成技術の開発、製剤化技術の確立が含まれます。特に、錠剤やカプセル、注射剤など患者が実際に使用しやすい形態に加工する製剤化技術は、医薬品の効果を最大限に発揮させるために不可欠です。
また、品質管理と安全性の保証も製薬段階の重要な役割です。医薬品は製造ロットごとに厳密な品質検査が実施され、承認時と同じ品質が維持されているか確認されます。温度や湿度などの保存条件における安定性試験も実施され、医薬品の使用期限設定の根拠となります。
製薬会社の製造部門は、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理に関する基準)に基づいた厳格な管理体制のもとで医薬品を生産します。この体制により、患者が安心して使用できる高品質な医薬品の安定供給が実現されています。
創薬にかかるコストと期間は、製薬業界における最大の課題の一つです。1つの新薬を上市するために必要な開発コストは、資本コスト10%で計算した場合、国内開発で約484億円、海外開発では約1,764億円にも達します。別の調査では、1品あたりの開発費用が150~200億円、さらに高額な場合は3,500億円という報告もあります。
開発期間については、基礎研究から承認申請、発売まで合計で9~17年、平均的には10~15年を要します。内訳は、創薬研究(基礎研究)が2~3年、開発研究(非臨床試験)が3~5年、臨床試験が3~7年、承認申請から発売までが1~2年となっています。
一方、製薬段階における工業化研究は、創薬研究と並行して進められることが多く、開発研究の段階から製造方法の検討が始まります。承認取得後は、製造設備の整備と量産体制の確立に数か月から1年程度を要しますが、創薬段階と比較すると期間は大幅に短縮されます。
成功確率の観点では、創薬の難しさが際立ちます。新薬の開発成功率は約3万分の1から5,000分の1とも言われ、研究段階で候補となった化合物のほとんどは途中で開発が断念されます。このため、失敗したプロジェクトの費用も含めると、1つの新薬にかかる実質的なコストはさらに高額になります。
近年、創薬エコシステムにおいて創薬ベンチャーと大手製薬企業の連携が重要性を増しています。創薬ベンチャーは最先端の創薬技術や独自の研究シーズを持つ一方で、臨床開発や製造、販売に必要な資金やノウハウが不足しがちです。
国内製薬企業の外部提携を分析すると、研究段階ではアカデミア(114件)および創薬ベンチャー(98件)との提携が多く、開発段階では創薬ベンチャーおよび製薬企業との提携が目立ちます。特に米国カリフォルニア州やマサチューセッツ州に拠点を置く創薬ベンチャーとの連携が活発です。
連携の形態としては、製薬企業が創薬ベンチャーの有望な化合物やプロジェクトを導入(ライセンスイン)し、臨床開発から製造、販売までを担当するケースが一般的です。創薬ベンチャーは研究開発の初期段階に特化し、一定の成果が得られた時点で大手製薬企業に導出(ライセンスアウト)することで、開発リスクを分散させながら資金を確保します。
日本のアカデミアとの産学連携も決して少なくなく、疾患メカニズム解明などの基礎研究や専門知識を求める提携が多く見られます。製薬企業がリスクを取って資金を提供し、アカデミアのシーズを共同研究開発によって革新的な医薬品に発展させる体制が構築されています。
創薬分野では、AI(人工知能)を活用した革新的なアプローチが急速に普及しています。AI創薬とは、膨大な生体内分子データを解析して、疾患治療の標的探索や医薬品候補分子の設計を効率化する手法です。
従来の創薬では、研究者の勘や経験に依存したスクリーニングが行われていましたが、AIは大量のデータを高速かつ正確に分析できるため、成功率の高い化合物を効率的に選別できます。具体的には、疾患と関連する生体内分子(標的候補)の特定、標的タンパク質の構造予測、作用する化合物の最適化デザインなどにAIが活用されています。
AI創薬の導入により、創薬プロセスの大幅な効率化が期待されています。従来の手法では治療薬の開発に10年以上かかり、開発費用は1,000億円を超えるとされていました。さらに、リード化合物から最終的に製造販売承認を取得できる確率は約0.004%という極めて低い成功率でした。
AIの活用により、実験回数を抑えながら開発を進められるため、コストと期間の大幅な削減が見込まれています。実際に、国内外の多くの製薬会社がAI創薬に取り組んでおり、医薬品候補分子の最適化、薬効予測、副作用予測などの分野でAI技術が導入されています。バイオテクノロジーとAIの融合により、創薬の成功確率を向上させる新たな時代が到来しています。
<参考リンク>
創薬プロセスの全体像と各段階の詳細について
創薬とは?医薬品ができるまでの流れやAI創薬についても解説 | MDV
新薬開発の具体的な期間とプロセスについて
くすりを創る | 中外製薬
製薬会社における研究職と開発職の役割について
創薬と育薬 | 日本製薬工業協会