
打音検査は、コンクリート構造物の非破壊検査手法として広く活用されています。この検査方法は、コンクリート表面を点検ハンマーで打撃し、発生する音の特性から内部の状態を判断するものです。
打音検査の基本原理は比較的シンプルです。健全なコンクリートを打撃すると「トントン」や「コンコン」といった清音(高音)が発生し、明確な反発感を感じます。一方、内部に空洞や浮き、はく離などの欠陥がある場合は「ボンボン」「ポコポコ」といった濁音(低音)が発生し、反発感も弱くなります。
非破壊検査協会の基準NDIS 2426-3では、打音法を「基本的にコンクリート表面を打撃又は加振し、その入力信号に対するコンクリートの応答を測定する方法」と定義しています。この方法の最大の利点は、構造物を破壊することなく内部状態を評価できる点にあります。
コンクリート構造物の健全性評価において、打音検査は以下のような状態を検出するのに効果的です。
特に橋梁やトンネルなどの重要インフラ施設では、第三者被害予防の観点からも打音検査による定期点検が重要視されています。
打音検査を正確に実施するためには、適切な点検ハンマーの選択と正しい使用方法の理解が不可欠です。
点検ハンマーの種類
点検ハンマーには主に以下のようなタイプがあります。
打音検査の正しい実施方法
打音検査の実施においては、以下のような基準に従って行うことが重要です。
打音検査の実施手順。
特に重要なのは、打音の判定基準を正確に理解することです。下表に代表的な打音と想定される構造物の状態をまとめました。
対象構造物 | 打音の特徴 | 想定される状態 |
---|---|---|
コンクリート | 清音(トントン、コンコン)、反発感あり | 健全 |
コンクリート | 濁音(ボンボン)、反発感弱い | 劣化、表面近くに空洞 |
コンクリート | 濁音(ポンポン、ポコポコ)、薄さを感じる | はく離(浮き)している |
鋼板接着部 | 高音(カンカン)、反発感あり | 健全 |
鋼板接着部 | 低音(コンコン)、鈍い音 | 劣化、接着不良 |
打音検査の判定は従来、点検員の経験や感覚に依存する部分が大きかったですが、近年は周波数分析などの科学的手法を用いた定量的評価が進んでいます。
周波数分析の基本原理
コンクリート構造物を打撃した際に発生する音には、構造物の状態に応じた特有の周波数特性があります。健全部と欠陥部では、以下のような周波数特性の違いが現れます。
研究によれば、欠陥部では板曲げの固有振動が生じるため、特定の周波数帯でピーク周波数振幅が大きくなります。このピーク周波数の値や振幅の大きさを分析することで、欠陥の有無や規模を客観的に評価できます。
周波数分析による定量評価手法
周波数分析による欠陥検出には、主に以下のような手法が用いられています。
実際の研究データによれば、健全部では1次固有振動数が約750〜890Hz程度、最大音圧時の周波数が2,300〜4,000Hz程度であるのに対し、劣化部では1次固有振動数が約330〜610Hz程度、最大音圧時の周波数も同程度の低い値を示すことが確認されています。
このような科学的根拠に基づいた周波数分析を活用することで、点検員の主観に依存しない客観的な欠陥検出が可能となります。
打音法の周波数分析に関する詳細な科学的根拠はこちらで確認できます
打音検査の結果を適切に判定し記録することは、構造物の維持管理において非常に重要です。国土交通省や各種基準では、打音検査の判定基準と記録方法について明確なガイドラインが示されています。
判定基準
打音検査の基本的な判定基準は以下のとおりです。
「橋梁における第三者被害予防措置要領(案)」では、打音検査の結果に基づく対応フローが詳細に規定されています。濁音部が検出された場合、その状態に応じて以下のような対応が求められます。
記録方法
打音検査の結果は、以下の項目を含めて詳細に記録することが推奨されています。
特に重要なのは、濁音が確認された箇所を正確にマーキングし、その位置を記録することです。マーキングには、チョークやマーカーなどを用い、写真撮影と併用することで正確な記録が可能になります。
また、打音検査の結果は、構造物の点検記録として保存し、経年変化を追跡できるようにすることが重要です。これにより、劣化の進行速度を把握し、適切なタイミングでの補修計画を立てることができます。
近年、打音検査の分野においても人工知能(AI)技術の導入が進んでおり、点検の効率化や精度向上に大きく貢献しています。従来の打音検査は点検員の経験や感覚に依存する部分が大きく、判定にばらつきが生じやすいという課題がありましたが、AI技術の活用によりこれらの課題解決が期待されています。
AI打検システムの概要
産業技術総合研究所(産総研)が2017年に開発した「AI打検システム」は、点検ハンマーによる打音の違いを機械学習し、構造物の異常箇所と異常の度合いを自動検知するシステムです。このシステムは以下のような特徴を持っています。
このシステムにより、人間による定義のミスや想定外の異常の見落としを減らすことができます。
自己符号化器を用いた打音判定
研究分野では、自己符号化器(オートエンコーダ)などのディープラーニング技術を用いた打音判定手法も開発されています。この手法では、健全部の打音データを学習させた自己符号化器に新たな打音データを入力し、その再構成誤差(異常度)から欠陥の有無を判定します。
研究結果によれば、自己符号化器を用いた手法は従来の基準データとの比較による手法よりも高い精度で欠陥を検出できることが示されています。具体的には、異常度の閾値を適切に設定することで、識別精度100%(488/488)を達成した事例も報告されています。
将来展望
打音検査におけるAI技術の活用は今後さらに発展すると予想されます。特に以下のような方向性が期待されています。
また、2025年には建設技術者が約11万人不足すると予測されており、AI技術による点検作業の効率化・自動化はこの人材不足問題の解決策としても期待されています。
産総研が開発したAI打検システムの詳細はこちらで確認できます
打音検査は、コンクリート構造物の健全性評価において非常に重要な役割を果たしています。従来は点検員の経験や感覚に依存する部分が大きかったこの検査方法も、周波数分析やAI技術の導入により、より客観的で精度の高い評価が可能になってきています。
今後も技術の進化とともに、打音検査の基準や方法も発展していくことでしょう。建設業界に携わる方々は、これらの最新技術や基準を理解し、適切に活用することで、より安全で効率的な構造物の維持管理に貢献することができます。
特に2025年に向けて建設技術者の不足が予測される中、AI技術を活用した打音検査の自動化・効率化は、限られた人材で効果的な点検を実現するための重要な手段となるでしょう。点検の質を維持しながら効率化を図ることは、今後の建設業界における大きな課題であり、打音検査の技術革新はその解決策の一つとなることが期待されます。