

ヘテロポリ酸触媒は、P(リン)やSi(ケイ素)などのヘテロ原子と、W(タングステン)、Mo(モリブデン)、V(バナジウム)などの遷移金属が酸素を介して縮合した複雑な構造を持つ酸化物クラスターです。最も代表的な構造はKeggin構造と呼ばれ、[XM12O40]n-という組成式で表現されます。
参考)ヘテロポリ酸|日本新金属株式会社
代表的なヘテロポリ酸としては、ケイタングステン酸(H4[SiW12O40])、リンタングステン酸(H3[PW12O40])、リンモリブデン酸(H3[PMo12O40])などが挙げられます。これらは結晶性の固体として存在し、高度な品質管理が可能な量産技術により安定供給が実現されています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP5269295B2/ja
ヘテロポリ酸の構造的特徴は、八面体と四面体が組み合わさった分子性にあります。この分子性により、通常の固体酸化物とは異なる触媒挙動を示し、擬液相挙動と呼ばれる独特な反応メカニズムが発現します。
参考)https://web.wakayama-u.ac.jp/~mh1043/pom.html
ヘテロポリ酸の最も顕著な特徴は、その極めて高い酸強度です。水溶液中では過塩素酸(HClO4)や硫酸(H2SO4)よりも大きな酸強度を有し、固体状態でも強酸性を維持します。Hammettの酸度関数で評価すると、その酸強度は従来の固体酸触媒を大きく上回ります。
参考)鋳物砂用固体酸触媒の開発
W系のヘテロポリ酸は酸触媒として特に重要で、均一反応では有機物の水和反応、エステル交換、重合反応に、不均一反応では脱水反応、エーテル反応、エステル化などに広く用いられています。Mo系のヘテロポリ酸やV(バナジウム)を含む混合配位型は、強酸性に加えて酸化力も強く、酸化反応の触媒として機能します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/51/2/51_2_128/_pdf
触媒活性はヘテロポリ酸に含まれるH+(プロトン)の数に依存するため、より多くのプロトンを持つ組成が高い触媒性能を示します。さらに、バナジウム原子の導入により触媒活性と安定性が向上し、600℃まで熱的安定性を保つことができます。
エステル化反応は、ヘテロポリ酸触媒の工業的応用において最も重要な分野の一つです。水酸基含有化合物とカルボキシル基含有化合物のエステル化において、ヘテロポリ酸は従来の鉱酸やルイス酸に比べて高い触媒能を発現します。
参考)公開特許公報(A)_酸化反応用触媒
酢酸エチルの製造プロセスでは、ヘテロポリ酸触媒が実用化されています。エステル化反応では平衡組成の制約(水17wt%生成)があるため、バッチ式または連続方式が生産規模に応じて採用されています。担持型のヘテロポリ酸触媒を使用することで、反応液からの触媒回収が容易になり、繰り返し使用が可能となります。
参考)https://patents.google.com/patent/JPH0691171A/ja
興味深い点として、ヘテロポリ酸に含まれるプロトンを電気陰性度9以上の金属カチオンに交換したヘテロポリ酸金属塩が、エステル化触媒として高い性能を示すことが報告されています。この改質により、触媒の安定性と活性が最適化されます。
参考)エステル化触媒、エステル製造方法、アシル化触媒及びアシル化物…
酢酸エチル製造における実用的なヘテロポリ酸触媒技術の詳細
メタクリル酸の製造は、ヘテロポリ酸触媒の酸化還元能力を活用した代表的な工業プロセスです。メタクロレイン(メタクリルアルデヒド)を分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を合成する際、モリブデンとリンを含むヘテロポリ酸系触媒が使用されます。
参考)公開特許公報(A)_メタクリル酸製造用触媒およびその製造方法…
具体的には、バナドモリブドリン酸(P-Mo-V-O系)の部分中和塩が主要な活性成分として機能します。この触媒はKeggin構造を基本骨格とし、固体触媒としてメタクロレインの気相酸化によるメタクリル酸製造に用いられます。
参考)https://support.spring8.or.jp/Doc_workshop/PDF_20110318/fujita.pdf
直酸法と呼ばれる製造プロセスでは、C4留分(イソブテン)を有効利用できる利点がありますが、ヘテロポリ酸触媒の熱的不安定性や収率の課題が指摘されています。そのため、イソブテンの被毒に強く、メタクリル酸の逐次酸化を抑えた選択率の高い触媒開発が進められています。
参考)https://www.sumitomo-chem.co.jp/rd/report/files/docs/20040200_30a.pdf
メタクリル酸製造用ヘテロポリ酸触媒の反応場における状態解析
ヘテロポリ酸触媒は、テトラヒドロフラン(THF)の開環重合反応においても重要な役割を果たします。微量の水を含むヘテロポリ酸触媒でTHFの重合を行うと、系が触媒相と溶媒相の2液相に分離し、分子量分布の狭い中分子量のポリオキシテトラメチレングリコール(PTMG)が得られます。
参考)ヘテロポリ酸触媒における微量の水の添加効果: 日々の雑記帳
この反応メカニズムでは、重合が触媒相で進行し、生成ポリマーは分子量が大きくなるとTHF相に移行して成長が停止します。一方、分子量の小さいものは触媒に対する親和性が強く成長を続けるため、分子量が均一化されます。この特異な挙動により、超高分子ポリマーの生成を抑制しながら、目的の分子量範囲のPTMGを効率的に製造できます。
参考)https://www.shokubai.org/senior/News107.pdf
脱水反応においても、ヘテロポリ酸触媒は高い活性を示します。アルコールの脱水反応では、液層均一系触媒として工業的に利用されており、従来の硫酸触媒に比べて環境負荷が低い利点があります。固体酸触媒として使用する場合、担体に担持することで反応後の回収が容易になり、繰り返し使用が可能となります。
参考)https://patents.google.com/patent/JPH10113564A/ja
ヘテロポリ酸触媒を実用的に使用するためには、担持化技術が不可欠です。シリカ、アルミナ、ゼオライトなどの多孔性材料に担持することで、表面積の増大と触媒の安定化が実現されます。
参考)OnTheWeb - 触媒学会 - ページビュー
担持型ヘテロポリ酸触媒の製造方法としては、ヘテロポリ酸と金属酸化物ゾルの混合物を100〜600℃で焼成する方法や、多孔性材料の細孔内でヘテロポリ酸を合成する方法があります。後者の方法では、ヘテロポリ酸が分子状で分散固定化されるため、液相反応用触媒としての効率が高くなります。
水に浸漬したときのヘテロポリ酸の脱離量が5重量%以下となるよう設計された担持触媒は、極性の高い溶媒や反応基質を用いる液相反応に好適に使用できます。不溶性ヘテロポリ酸塩(例:12-タングストリン酸セシウム塩)をシリカと組み合わせることで、触媒の回収性と再利用性が大幅に向上します。
担体表面に高分散担持されたヘテロポリ酸は、優れた触媒特性を示し、担体表面とヘテロポリ酸との相互作用により触媒性能が制御されます。分散化ヘテロポリ酸触媒は、Friedel-Crafts反応、アルカン骨格異性化、二重結合異性化、エチレン水和などの酸触媒反応に高い活性を発揮します。
参考)神谷研究室
高純度ヘテロポリ酸製品の供給体制と品質管理技術
建築従事者にとって注目すべき点は、ヘテロポリ酸触媒が鋳物砂用固体酸触媒として開発されている事例です。鋳物砂は建築用鋳造部品の製造に不可欠な材料であり、従来は有機溶剤系のバインダーが使用されていましたが、環境規制の強化により固体酸触媒への転換が進んでいます。
ヘテロポリ酸は過塩素酸や硫酸よりも大きな酸強度を有しているため、有機物の水和・重合・脱水、エステル化などの反応に広く応用できます。鋳物砂の硬化プロセスにおいても、この強酸性を活用することで、硬化速度の制御と製品品質の向上が期待されます。
さらに、建築材料の表面処理や接着剤製造においても、ヘテロポリ酸触媒の応用が検討されています。エステル化反応を利用した樹脂の合成では、従来の硫酸触媒に比べて反応の選択性が高く、副生成物の削減につながります。また、触媒の回収・再利用が容易であるため、製造コストの削減と環境負荷の低減が同時に実現できます。
建築用塗料やシーリング材の原料となる高分子化合物の製造においても、ヘテロポリ酸触媒は重要な役割を果たす可能性があります。その高い触媒活性と熱的安定性(600℃まで安定)により、高温プロセスにも対応可能です。
ヘテロポリ酸触媒は、環境調和型の触媒として注目されています。従来の液体酸触媒(硫酸、塩酸など)は、反応後の中和処理により大量の廃棄物が発生し、環境負荷が高いという問題がありました。これに対し、固体酸触媒であるヘテロポリ酸は、反応後の分離・回収が容易で、繰り返し使用できるため、廃棄物の大幅な削減が可能です。
参考)ヘテロポリ酸製品|日本無機化学工業株式会社
MoまたはWからなるヘテロポリ酸は、強い酸性と酸化還元活性を併せ持ち、様々な有機反応で高効率かつ環境調和型の触媒として機能します。これらの特性により、化学工業における持続可能な製造プロセスの構築に貢献しています。
今後の展望としては、ヘテロポリ酸の構造制御技術のさらなる発展が期待されています。ヘテロ原子や遷移金属の組み合わせを最適化することで、特定の反応に特化した高性能触媒の開発が進むでしょう。また、ナノ構造制御やメソポーラス材料への応用により、触媒の表面積と活性点密度を最大化する研究も進展しています。
参考)http://journal.jza-online.org/10.20731/zeoraito.23.4.125/data/index.pdf
建築材料分野においても、環境規制の強化と持続可能性への要求の高まりにより、ヘテロポリ酸触媒の需要は今後拡大すると予想されます。特に、VOC(揮発性有機化合物)排出削減が求められる中、固体酸触媒を用いた製造プロセスへの転換は重要な技術課題となっています。
ヘテロポリ酸の基本触媒機能と有機合成反応への応用に関する学術論文