

建築分野において再生可能エネルギーの導入が標準化する中、太陽光発電システムのスペック選定や施工管理には、単なる製品知識だけでなく、その根幹となる「なぜ電気が生まれるのか」という物理的な理解が求められるようになっています。太陽電池が発電する現象は光起電力効果(Photovoltaic Effect)と呼ばれ、これは光エネルギーを直接電気エネルギーに変換する量子力学的なプロセスです。このプロセスの主役となるのが、シリコンなどの半導体内部に存在する「電子」と「正孔(ホール)」という電荷のキャリアです。
参考)太陽電池の原理3:AIST太陽光発電技術開発
通常のシリコン結晶の状態では、電子は原子核に強く束縛されており、電気を通す自由な動きができません。しかし、外部から光(光子)が照射され、そのエネルギーが半導体の結晶構造に吸収されると、束縛されていた電子がエネルギーを得て飛び出します。この現象を励起と呼びます。電子が抜けた後の穴は、相対的にプラスの電荷を持つように振る舞うため「正孔」と呼ばれます。
参考)太陽光電池とは?仕組み・違い・種類の特徴を分かりやすく解説 …
建築実務者がこの微細な動きを理解しておくべき理由は、日射スペクトルと発電効率の関係を把握するためです。すべての光が電子を励起できるわけではなく、物質固有の特定のエネルギー準位以上の光でなければ発電に寄与しません。例えば、曇天時や散乱光が多い環境下(北側の屋根や壁面など)では、直達日射とは異なる波長成分が主となるため、設置方位による発電シミュレーションを行う際には、この「光の質」と「素子の感度」の関係性を意識することが、より精度の高い提案につながります。
参考)太陽光発電の仕組みをわかりやすく徹底解説!光電効果ってなに?…
参考リンク:産総研:太陽電池の原理(光生成キャリアの発生メカニズム詳細)
光起電力効果を建築設備の設計レベルで理解するために欠かせない概念が、バンドギャップ(禁制帯幅)とPN接合です。これらは、発生した電気を「一方向に流す」ポンプの役割を果たしており、単に半導体に光を当てるだけでは得られない「起電力(電圧)」を生み出すための重要な構造です。
参考)https://home.sato-gallery.com/research/solar_kihon/Chap5_2proof.pdf
まず、バンドギャップについて解説します。半導体内の電子が存在できるエネルギー帯には、電子が詰まっている「価電子帯」と、電子が自由に動ける「伝導帯」があり、この間のエネルギー差をバンドギャップと呼びます。
参考)【半導体工学】光電効果とは
光が当たった際、光のエネルギー(hν)がこのバンドギャップ(Eg)よりも大きければ、電子は価電子帯から伝導帯へと飛び移り、電流のもととなるキャリアが発生します。逆に、バンドギャップより小さいエネルギーの光は吸収されず透過してしまいます。これが、太陽電池モジュールによって吸収できる光の波長が異なる理由であり、屋根材一体型パネルなどを選定する際の色味や変換効率の違いにも直結します。
次に、PN接合の役割です。
シリコン半導体には、電子が余っている「n型半導体」と、正孔が余っている「p型半導体」があります。これらを接合すると、接合面付近で電気的な壁(内部電界)が形成されます。
参考)太陽光発電システム
この構造は、建築で言えば「逆流防止弁付きの配管」に似ています。光というポンプが動いている間だけ、水(電子)が一方向に押し出され続けるイメージです。もしPN接合がなければ、励起された電子はすぐに正孔と再結合して熱エネルギーに戻ってしまい、電気として取り出すことができません。
参考リンク:半導体工学における光電効果とバンドギャップの基礎理論
現在、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やBEMS(ビルエネルギー管理システム)で当たり前のように使われている太陽電池ですが、その基本原理である光起電力効果は、実は19世紀に発見された非常に歴史ある物理現象です。建築史と同様に、技術のルーツを知ることは、今後の建材トレンドを予測する上で役立ちます。
1839年、フランスの物理学者エドモン・ベクレルは、電解液に浸した白金電極に光を当てると電流が発生することを発見しました。これが世界で最初の光起電力効果の観測とされています。当時の発見は湿式の化学電池に近いものでしたが、固体の半導体を用いた現在の太陽電池への道を開く重要なマイルストーンとなりました。
参考)太陽光発電の歴史と未来
その後、1954年にベル研究所がシリコン単結晶を用いた実用的な太陽電池を発明し、変換効率が飛躍的に向上しました。以来、建築業界では屋根置き型の重量のあるパネルが主流でしたが、現在ではこの歴史が新たな局面を迎えています。それがペロブスカイト太陽電池の登場です。
ペロブスカイト結晶構造を用いたこの新しい太陽電池は、従来のシリコン系とは異なり、「塗布」による製造が可能であり、薄型・軽量・フレキシブルという特性を持っています。
参考)ペロブスカイト太陽電池とは?仕組みやメリットを解説 |SMA…
建築従事者にとって、ペロブスカイトは「屋根に乗せる設備」から「発電する建材(外壁、窓)」へのパラダイムシフトを意味します。構造計算上の荷重負担を減らしつつ、曲面施工をも可能にするこの技術は、光起電力効果の原理を応用した最新の成果と言えます。
参考リンク:太陽光発電の歴史的変遷とベクレルによる光起電力効果の発見
建築設計において避けて通れないのが、隣地建物や樹木、あるいは建物自体の凹凸(ドーマーやパラペット)による「影」の問題です。実は、光起電力効果の原理を深く理解すると、影が単なる「発電量低下」以上の重大なリスク要因であることが分かります。ここでは、検索上位の一般的な解説ではあまり触れられない、影によるホットスポット現象とバイパスダイオードの役割について、電気的な視点から解説します。
光起電力効果によって発電しているセルは、電気を送り出す「電源」として機能します。しかし、影が落ちて発電しなくなったセルは、その瞬間に電気を通しにくい「抵抗」へと変化します。直列に接続された回路(ストリング)において、一部のセルが抵抗化すると、他の発電しているセルから送られてきた電流がそこで詰まり、行き場を失った電気エネルギーが熱に変換されてしまいます。
参考)用語解説 第97回テーマ: バイパスダイオード
このリスクを回避するために組み込まれているのがバイパスダイオードです。これは、影になって抵抗化したセルを電気的に迂回(バイパス)させるための安全装置です。バイパスダイオードが作動することで、影の影響をその部分だけに限定し、ストリング全体の発電停止を防ぐとともに、セルの発熱を抑制します。
建築実務における重要ポイントは以下の通りです。
「光が当たれば発電する」という基本原理の裏側には、「光が当たらなければ負荷になる」というリスクが潜んでいます。この電気的特性を理解した上で屋根形状や配置を提案できるかどうかが、建築のプロとしての質を左右します。
参考リンク:電気学会:バイパスダイオードの動作原理とセル保護の仕組み
最後に、光起電力効果と切っても切れない関係にある「温度」について解説します。建築の外皮設計において断熱や遮熱が重要であるように、太陽電池にとっても熱は性能を左右する最大の要因の一つです。一般的に、結晶シリコン系太陽電池は温度が上昇すると発電効率が低下するという特性を持っています。
これは半導体の物性に由来します。温度が上がると、シリコン結晶の格子振動が激しくなり、電子の流れが阻害されるほか、バンドギャップの幅がわずかに変化し、開放電圧(Voc)が低下してしまいます。具体的には、モジュール温度が1℃上昇すると、出力は約0.4%〜0.5%低下すると言われています。
また、低温時に電圧が上昇する特性も、電気設計上重要です。冬場の晴天時など、モジュール温度が低い状態で強い光が当たると、カタログスペック以上の電圧が発生することがあります。パワーコンディショナの入力電圧範囲を計算する際は、この低温時の電圧上昇を見込んで設計しなければ、過電圧による故障を招く恐れがあります。
光起電力効果は、光だけでなく熱環境とも密接に連動しています。建物の断熱設計と太陽光パネルの排熱設計をセットで考える視点が、これからの建築従事者には求められています。