
石綿障害予防規則(石綿則)は、労働者の石綿による健康被害を防止するために制定された法令です。石綿(アスベスト)は、かつて建築材料として広く使用されていましたが、肺がんや中皮腫などの深刻な健康障害を引き起こすことが明らかになり、現在では新たな使用は禁止されています。しかし、過去に建てられた多くの建築物にはまだ石綿が使用されており、解体・改修工事の際に適切な対策を講じなければ、作業者が石綿粉じんにばく露するリスクがあります。
石綿則の第一条では、「事業者は、石綿による労働者の肺がん、中皮腫その他の健康障害を予防するため、作業方法の確立、関係施設の改善、作業環境の整備、健康管理の徹底その他必要な措置を講じ」ることが求められています。また、「労働者の危険の防止の趣旨に反しない限りで、石綿にばく露される労働者の人数並びに労働者がばく露される期間及び程度を最小限度にするよう努めなければならない」とされています。
この規則は平成17年に制定され、その後も石綿ばく露防止対策の充実のため規制の見直しが重ねられてきました。平成26年には石綿則の改正が行われ、吹付け石綿の除去等に係る隔離等の措置や建築物に使用されている石綿含有保温材等の管理について規制が強化されました。
石綿障害予防規則において最も重要なのが事前調査です。建築物等の解体・改修工事を行う前に、必ず石綿の使用有無を調査しなければなりません。この調査は、工事金額の大小に関わらず、原則としてすべての建築物等に対して実施する義務があります。
事前調査の方法としては、主に以下の2つの方法があります。
これらの調査方法は、どちらか一方だけではなく、両方を実施することが求められています。調査の結果、石綿の使用が確認された場合や、使用の有無が不明な場合には、石綿が使用されているものとみなして対策を講じる必要があります。
調査結果は記録し、現場に掲示することが義務付けられています。これにより、作業者だけでなく、関係者全員が石綿の存在を認識できるようになります。
事前調査の詳細な方法や記録様式については厚生労働省のガイドラインを参照
石綿含有建材が使用されている建築物等の解体・改修工事を行う場合、事業者は作業計画を立て、それに基づいて作業を進める必要があります。作業計画には、以下の内容を含める必要があります。
特定の建材(吹付け石綿、石綿含有保温材・耐火被覆材・断熱材など)を除去する作業については、工事開始の14日前までに労働基準監督署へ届出を行う必要があります。この届出には、作業の概要、作業の方法、ばく露防止対策などを記載します。
作業計画は単に形式的に作成するのではなく、実際の作業現場の状況に合わせた実効性のあるものにすることが重要です。また、作業者全員に計画の内容を周知し、理解させることも事業者の責任です。
石綿含有建材の解体・改修作業を行う際、作業者の健康を守るために適切な保護具の使用が不可欠です。石綿則では、作業の種類や石綿の飛散状況に応じて、以下の保護具の使用が義務付けられています。
これらの保護具は、作業終了後に適切に洗浄・除染するか、廃棄する必要があります。石綿が付着したまま作業場外に持ち出すことは禁止されています。
また、石綿作業に従事する労働者に対しては、定期的な特殊健康診断の実施が義務付けられています。健康診断は、雇入れ時や配置替え時、その後6か月以内ごとに1回実施する必要があります。健康診断の項目には、以下が含まれます。
健康診断の結果は、40年間保存することが義務付けられています。これは、石綿による健康障害が長い潜伏期間を経て発症することがあるためです。
石綿障害予防規則では、解体・改修工事の発注者にも重要な責任が課せられています。発注者は、施工業者に対して以下の配慮を行う義務があります。
これらの義務は、単に法令を遵守するためだけでなく、作業者の健康を守り、周辺環境への石綿飛散を防止するために非常に重要です。発注者が適切な情報提供や配慮を怠ると、施工業者が適切な対策を講じることができず、結果として作業者の健康被害や環境汚染につながる可能性があります。
特に建築物の所有者や管理者は、自らの建築物に使用されている建材について把握し、記録を残しておくことが望ましいでしょう。これにより、将来的な解体・改修工事の際に、スムーズな情報提供が可能になります。
石綿含有建材の解体・改修作業では、石綿粉じんの飛散を防止するための具体的な技術的対策が重要です。石綿則では、作業の種類や対象となる建材によって、異なる飛散防止対策が求められています。
吹付け石綿や石綿含有保温材等(レベル1・2建材)の除去作業では。
石綿含有成形板等(レベル3建材)の除去作業では。
これらの対策を適切に実施するためには、作業者への教育・訓練が不可欠です。特に、養生の設置方法や負圧管理、湿潤化の方法などについては、実践的な技術の習得が必要となります。
また、作業中は定期的に粉じん濃度の測定を行い、対策の効果を確認することも重要です。測定結果に基づいて、必要に応じて対策を強化・改善することで、より効果的な飛散防止が可能になります。
環境省による特定建築材料以外の石綿含有建材除去等作業時の飛散防止対策ガイドライン
石綿障害予防規則は、石綿による健康被害防止の重要性から、定期的に見直しが行われています。2025年4月現在の最新の改正点としては、事前調査の実施者に関する資格要件の強化や、電子システムによる事前調査結果の報告の義務化などがあります。
事前調査の実施者に関する資格要件。
一定規模以上の建築物等の解体・改修工事における事前調査は、特定の講習を修了した「石綿作業主任者」や「建築物石綿含有建材調査者」などの有資格者が行うことが義務付けられています。これにより、調査の精度向上が期待されています。
電子システムによる事前調査結果の報告。
一定規模以上の工事については、事前調査の結果を電子システムにより所轄労働基準監督署長に報告することが義務付けられています。これにより、行政による監督・指導の効率化が図られています。
今後の動向としては、石綿含有建材の経年劣化による自然飛散への対応や、解体・改修工事以外の場面での石綿ばく露防止対策の強化などが検討されています。また、国際的な動向も踏まえ、より厳格な規制への移行も予想されます。
建設業に携わる事業者は、これらの最新の規制動向を常に把握し、適切に対応することが求められます。定期的な情報収集や、関係機関が開催するセミナーへの参加などを通じて、最新の知識を更新することが重要です。
エンジニアリング業者向け石綿障害予防規則の最新情報
石綿障害予防規則は、作業者の健康を守るための重要な法令です。適切な事前調査、作業計画の策定、保護具の使用、健康診断の実施など、規則に定められた措置を確実に実施することで、石綿による健康被害を防止することができます。また、発注者と施工業者が適切に連携し、情報共有を図ることも重要です。
建設業に携わるすべての関係者が石綿則の内容を正しく理解し、遵守することで、安全で健康的な作業環境を確保しましょう。石綿による健康被害は、適切な対策を講じることで防ぐことができます。その第一歩は、正しい知識と理解から始まります。
最後に、石綿則の遵守は単なる法令順守以上の意味を持ちます。それは、作業者の命と健康を守る取り組みであり、将来世代への責任でもあります。私たち建設業に携わる者全員が、この重要性を深く認識し、日々の業務に取り組むことが求められています。