準ニュートン法bfgsと最適化アルゴリズムのヘッセ行列

準ニュートン法bfgsと最適化アルゴリズムのヘッセ行列

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準ニュートン法とbfgs

準ニュートン法bfgsの要点
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ヘッセ行列の近似

逆行列を直接計算せず、反復ごとに情報を更新して近似値を求めます。

🚀
超一次収束の速度

最急降下法より圧倒的に速く、ニュートン法に近い収束速度を誇ります。

🏗️
構造解析への応用

幾何学的非線形解析やトポロジー最適化など、建築分野でも活用されています。

準ニュートン法bfgsのアルゴリズムとヘッセ行列の更新

準ニュートン法(Quasi-Newton Method)の中でも、現在最も広く利用されているアルゴリズムがBFGS法(Broyden-Fletcher-Goldfarb-Shanno法)です。この手法の核心は、計算コストが非常に高い「ヘッセ行列の逆行列」を直接計算するのではなく、反復計算の過程で徐々に「近似行列」を更新していく点にあります。
建築構造解析や流体解析のような大規模な工学問題において、最適化を行いたい目的関数 $f(x)$ は非常に複雑です。これを解析的に解くために、通常は関数の2階微分係数を並べた「ヘッセ行列(Hessian Matrix)」を利用するニュートン法が最強の手段となります。しかし、変数の数 $N$ が数千、数万となる大規模な構造計算においては、ヘッセ行列自体が巨大になり、さらにその逆行列を計算するには $O(N^3)$ という莫大な計算コストがかかります。これでは、現実的な時間内に解を得ることが不可能です。
そこでBFGS法の出番となります。BFGS法では、セカント条件(Secant condition)と呼ばれる条件を満たすように、前のステップの近似行列に対して「ランク2更新(Rank-2 Update)」という修正を加えることで、新しい近似行列を作成します。具体的には、勾配の変化量と変数の変化量という2つのベクトル情報を用いて、ヘッセ行列の逆行列を推定します。この更新式は非常に巧みに設計されており、近似行列が常に「正定値対称行列(Positive Definite Symmetric Matrix)」であることが数学的に保証されています。
正定値性が保たれることは、構造計算において極めて重要です。なぜなら、探索方向が常に「降下方向(関数値を減少させる方向)」であることが保証されるため、数値計算が発散しにくく、安定して解(構造の釣り合い位置など)に向かって進むことができるからです。この「計算の軽さ」と「収束の安定性」のバランスが、BFGS法が最適化アルゴリズムのデファクトスタンダードとして君臨し続けている理由です。
最適化手法の理論的背景や数式の詳細については、以下の専門的な解説記事が参考になります。
BFGS公式による準ニュートン法 | 数式の導出とランク2更新の仕組みについて詳述されています
参考)
BFGS公式による準ニュートン法

準ニュートン法bfgsとニュートン法の勾配計算の違い

最適化アルゴリズムを選定する際、エンジニアは常に「計算精度」と「計算時間」のトレードオフに直面します。ここでは、古典的な最急降下法、厳密なニュートン法、そして準ニュートン法(BFGS)の違いを明確にし、なぜBFGSが実務で選ばれるのかを深掘りします。
まず、**最急降下法(Steepest Descent Method)**は、単に「今の場所で一番坂が急な方向」に進むだけの単純な手法です。実装は簡単ですが、谷底が細長い形状をしている場合(建築構造の固有値解析などでよく見られる形状)、ジグザグに進んでしまい、いつまで経っても収束しないという致命的な欠点があります。これを「1次収束」と呼びます。
一方、**ニュートン法(Newton's Method)**は、曲面の曲がり具合(曲率)を表すヘッセ行列を完全に利用します。これにより、放物面であれば1発で、複雑な関数でも極めて少ない回数で底に到達できます。これを「2次収束」と呼び、圧倒的な速度を誇ります。しかし、前述の通り、毎回ヘッセ行列を計算し、さらに連立一次方程式を解く(逆行列をかける)負荷が重すぎるため、大規模問題ではメモリ不足や計算時間オーバーで破綻します。
**準ニュートン法(BFGS)**は、この両者の中間に位置します。ヘッセ行列を真面目に計算せず、過去のステップの勾配(Gradient)情報の積み重ねから、「あたかもヘッセ行列を知っているかのような動き」を再現します。これを「超1次収束(Superlinear Convergence)」と呼びます。計算量は最急降下法と大差ない軽さ($O(N^2)$)でありながら、収束速度はニュートン法に迫る速さを持っています。
以下の表は、それぞれの特徴をまとめたものです。

アルゴリズム ヘッセ行列の計算 逆行列の計算 収束速度 メモリ消費 特徴
最急降下法 不要 不要 遅い(1次収束) 単純だが、複雑な地形でスタックしやすい
ニュートン法 必要 必要 極めて速い(2次収束) 理論上最強だが、計算コストが重すぎる
BFGS法 近似のみ 近似式で更新 速い(超1次収束) 計算コストと速度のバランスが最高


特に建築分野の実務では、数千自由度を持つフレームモデルの解析を行うため、ニュートン法のメモリ消費は許容できません。しかし、最急降下法では納期に間に合いません。その結果、消去法的に、かつ積極的にBFGS法(またはメモリ使用量をさらに抑えたL-BFGS法)が採用されることになります。
アルゴリズムごとの収束挙動の違いやPythonコードでの比較については、以下の記事が視覚的にわかりやすく解説しています。
BFGS法などの準ニュートン法の概要・数式理解 | 各手法の収束ステップの違いが解説されています
参考)
BFGS法などの準ニュートン法の概要・数式理解とPython…

準ニュートン法bfgsのPython実装とscipy活用

理論を理解したところで、実際にPythonを用いて準ニュートン法BFGSを動かす方法を見ていきましょう。現代のエンジニアリングにおいて、ゼロからアルゴリズムを実装することは稀であり、信頼性の高いライブラリであるSciPyを活用するのが一般的です。

SciPyoptimizeモジュールには、minimizeという関数が用意されており、引数method'BFGS'を指定するだけで、高度な準ニュートン法を実行できます。ここでは、建築構造の部材断面最適化を模した、簡単な2変数関数の最小化問題を例にコードを示します。

pythonimport numpy as np
from scipy.optimize import minimize

 

# 目的関数(例:構造物の総重量や変形エネルギーなど)
# ここでは有名なRosenbrock関数(バナナ関数)を使用
# 谷が深く湾曲しており、最急降下法では解くのが難しい問題
def objective_function(x):
return (1 - x[0])**2 + 100 * (x[1] - x[0]**2)**2

 

# 勾配(微分)関数
# BFGSでは勾配情報が必須。与えなくても数値微分で計算されるが、
# 明示的に与えたほうが計算精度と速度が向上する。
def gradient_function(x):
dfdx0 = -2 * (1 - x[0]) - 400 * x[0] * (x[1] - x[0]**2)
dfdx1 = 200 * (x[1] - x[0]**2)
return np.array([dfdx0, dfdx1])

 

# 初期値(設計の初期案)
x0 = np.array([0.0, 0.0])

 

# 最適化の実行
# jac引数に勾配関数を渡すことで、より正確なBFGSが動作する
result = minimize(objective_function, x0, method='BFGS', jac=gradient_function)

 

# 結果の表示
print(f"最適解(設計変数): {result.x}")
print(f"最小値(目的関数値): {result.fun}")
print(f"反復回数: {result.nit}")
print(f"勾配評価回数: {result.njev}")
print(f"収束メッセージ: {result.message}")

このコードを実行すると、Optimization terminated successfully.というメッセージと共に、最適解が表示されます。注目すべきは、jac引数です。BFGS法は勾配(Gradient)の変化を見てヘッセ行列を近似するため、勾配の計算精度が最終的な収束に大きく影響します。もしjacを省略した場合、SciPyは内部で数値微分(微小な値を足して差分を取る計算)を行いますが、これは計算誤差を含みやすく、回数も増えるため、解析的な微分がわかる場合は必ず関数として与えるべきです。
また、大規模な問題(変数が1000を超えるような場合)では、method='L-BFGS-B'の使用を検討してください。「L」はLimited-memory(記憶制限)を意味し、近似ヘッセ行列そのものを保持せず、直近の数ステップのベクトル情報だけを保存することで、メモリ使用量を劇的に削減します。建築のトポロジー最適化などは変数が極めて多いため、通常のBFGSではなくL-BFGSが必須となります。
SciPyを使った具体的な実装オプションや、他の手法とのコード比較については、以下のドキュメントが役立ちます。
SciPy公式ドキュメント minimize(method='BFGS') | パラメータ詳細とオプション設定について
参考)
Python SciPyで手を動かしながら学ぶ数理最適化&#…

準ニュートン法bfgsを用いた建築構造の最適化計算

ここからは、一般的なWeb検索上位にはあまり出てこない、しかし建築・土木業界の構造エンジニアにとっては極めて重要な「BFGS法の応用」について解説します。それは、幾何学的非線形解析(Geometrically Nonlinear Analysis)における釣り合い経路の探索です。
通常の建築設計(小変形理論)では、線形連立方程式 $Kx = F$ を解くだけで変位が求まります。しかし、ケーブルネット構造、膜構造(テント)、あるいは大変形する免震構造などを扱う場合、構造物の変形によって剛性行列 $K$ 自体が変化してしまいます。これは $F(x) = 0$ という非線形方程式の根を求める問題に帰着します。
このとき、構造の「全ポテンシャルエネルギー」を最小化する問題として定式化すると、それはまさに最適化問題となります。ここでBFGS法が威力を発揮します。


  1. 剛性行列の更新回避
    通常のニュートン・ラプソン法では、反復のたびに「接線剛性行列(構造力学におけるヘッセ行列に相当)」を再構築し、逆行列を計算(分解)する必要があります。大規模な3次元フレームモデルでこれを行うと、1ステップに数分かかることもあります。BFGS法を用いると、最初のステップで計算した剛性行列の逆行列を、ランク2更新によって「擬似的な逆剛性行列」として使い回すことができます。これにより、1ステップあたりの計算時間を数十分の一に短縮できるケースがあります。これを「修正ニュートン法」の一種として実装している構造解析ソフトも存在します。

  2. 形状探索(Form Finding)
    サスペンションブリッジや膜構造のような張力構造物は、初期形状が定まっておらず、「張力が釣り合う形状」自体を計算で求める必要があります。これを形状探索と呼びますが、これは「部材の歪エネルギーを最小化する座標探索」という最適化問題です。形状が大きく変わる初期段階ではヘッセ行列の正定値性が崩れやすいため、ニュートン法では計算が発散することが多々あります。BFGS法は、ヘッセ行列の正定値性を強制的に保ちながら更新を行う特性があるため、不安定な初期形状からの探索でも頑健に収束へ向かわせることができるのです。

  3. トポロジー最適化との連携
    近年流行しているジェネレーティブデザインやトポロジー最適化では、構造体の密度分布を変数としてコンプライアンス(変形しやすさ)を最小化します。この際の感度解析(勾配計算)において、随伴変数法(Adjoint Method)と組み合わせてBFGS法(特にL-BFGS)がソルバーとして採用されています。数万要素の有限要素モデルを扱う際、メモリ効率の良い準ニュートン法以外の選択肢は事実上存在しないと言っても過言ではありません。

このように、BFGS法は単なる数式のアルゴリズムではなく、私たちが目にする巨大なドーム建築や、有機的な形状をした最新のスタジアムの設計を裏側で支えている基盤技術なのです。
構造解析における最適化アルゴリズムの適用事例については、以下の論文リストが参考になります。
骨組の幾何学的非線形解析に対する加速勾配法 | 準ニュートン法BFGSの構造解析への適用が論じられています
参考)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmeoptis/2016.12/0/2016.12_1213/_pdf