

健康診断で「総蛋白が高い」だけでは、多発性骨髄腫は見つかりません。
免疫電気泳動(Immunoelectrophoresis:IEP)は、血液や尿の中に含まれる蛋白成分を電気の力で分離したあと、抗原抗体反応を組み合わせて、異常な蛋白(M蛋白)を特定・同定する検査法です。通常の蛋白分画検査だけでは見分けられないほど微量な異常蛋白も、この方法なら半定量的に検出できます。
主に調べる病名は大きく2つの方向に分かれます。ひとつは、免疫グロブリンが単クローン性に異常増加するM蛋白血症の同定です。もうひとつは、免疫グロブリンが減少する免疫不全系の疾患です。
| 方向 | 代表的な病名 |
|---|---|
| M蛋白(単クローン性増加) | 多発性骨髄腫、原発性マクログロブリン血症、MGUS、全身性ALアミロイドーシス |
| 多クローン性増加 | リンパ増殖性疾患、悪性腫瘍、慢性感染症 |
| 免疫グロブリン減少 | 原発性免疫不全症、二次性免疫不全症、ネフローゼ症候群 |
これらの病名を調べるために、検査は段階的に進めます。まず一般の血液検査(蛋白分画)でMピーク(鋭く尖った山)が見つかった場合、次のステップとして免疫電気泳動が行われます。これが基本です。
特異抗血清を用いた免疫電気泳動では、IgG・IgA・IgM・IgD・IgEの重鎖クラスと、κ(カッパ)・λ(ラムダ)の軽鎖タイプを特定します。尿検査では、ベンス・ジョーンズ蛋白(BJP)の有無と型判定が可能です。つまり「どのタイプのM蛋白か」まで追い込む検査です。
参考:M蛋白の疑いと検査の進め方についての解説
CRCグループ:「M蛋白の疑い」とは何ですか?検査の進め方を教えてください。
免疫電気泳動が診断上、最も重要な役割を果たす病名が「多発性骨髄腫(Multiple Myeloma:MM)」です。日本での発症率は人口10万人あたり約5人、年間死亡者数は約4,000人前後とされており、全悪性腫瘍の約1%を占めます。発症率・死亡率ともに年々増加傾向にあります。
多発性骨髄腫は、骨髄の中の「形質細胞」が腫瘍性に増殖し、異常な免疫グロブリン(M蛋白)を大量に産生する血液のがんです。増殖した腫瘍細胞が骨を破壊するため、骨痛や骨折が主な自覚症状になります。ただし、発症初期には無症状のことが多く、健康診断で高蛋白血症・軽度の貧血・腎障害・蛋白尿を指摘されて初めて発見されるケースも少なくありません。
診断フローは以下の順序で進みます。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ①血清蛋白電気泳動 | γ分画にMピークがないか確認する |
| ②免疫電気泳動/免疫固定法 | M蛋白の種類(IgGなど)と軽鎖型(κ/λ)を同定 |
| ③免疫グロブリン定量 | IgG・IgA・IgD・IgM・IgEの絶対量を測定 |
| ④尿検査 | ベンス・ジョーンズ蛋白の有無・24時間尿蛋白量 |
| ⑤骨髄穿刺・骨髄生検 | 骨髄中の形質細胞比率(10%以上が診断基準のひとつ) |
| ⑥画像検査 | 骨X線・CT・MRI・PET/CTで骨病変を確認 |
多発性骨髄腫が起こす臓器障害は「CRAB」と略されます。
- 🔴 C(Calcium):高カルシウム血症(血清Ca>11mg/dL)
- 🔴 R(Renal):腎不全(血清Cr>2.0mg/dL)
- 🔴 A(Anemia):貧血(Hb<10g/dL)
- 🔴 B(Bone):骨病変(骨痛・骨折・打ち抜き像)
このCRABのいずれかひとつ以上を有する場合、「症候性」多発性骨髄腫と診断され、全身化学療法の対象になります。重要なのは、M蛋白の量が多いからといって治療を開始するわけではない点です。臓器障害の有無が基準です。これは意外ですね。
参考:日本血液学会 造血器腫瘍診療ガイドライン(2024年版)
日本血液学会:多発性骨髄腫の診断規準・病期分類・治療効果判定規準
免疫電気泳動で判明する病名の中で、最も見落とされやすいのがMGUS(Monoclonal Gammopathy of Undetermined Significance:意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症)です。
MGUSは50歳以上の人口の約3.2%、70歳以上では約5.3%に認められる、決して珍しくない状態です。50歳を超えた日本人の30人に1人近くが該当する計算になります。なのに「まったく無症状」であることが最大の特徴です。症状がないから気づかない、という点が一番の問題です。
なぜ注意が必要かといえば、MGUSは放置すると一定の割合で多発性骨髄腫など悪性疾患に進行するリスクがあるからです。
- 📊 年間約1%の割合で多発性骨髄腫・アミロイドーシス・B細胞リンパ腫などに進行
- 📊 10年後で約10~12%、20年後で約18~25%が疾患進行
進行のリスク因子は主に3つあります。①血清M蛋白濃度が1.5g/dL以上、②非IgG型のM蛋白、③血清遊離軽鎖(κ/λ)比が異常、の3つです。リスク因子が多いほど、定期的な経過観察の間隔を短くする必要があります。
MGUSの治療適応はありません。ただし定期的な血液検査・免疫電気泳動による経過観察が必要です。医師から「M蛋白が少し出ていますが、今は治療不要」と言われた場合、これがMGUSの状態です。MGUS自体は病気ではなく、骨髄腫の「前段階」ともいえる状態です。
参考:MGUSの病態と進行リスクについての解説
MSDマニュアル:意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症(MGUS)
免疫電気泳動を調べると、「免疫固定法(IFE法)」という別の検査名が出てきます。これは同じM蛋白を調べる検査ですが、原理と得意分野に大きな違いがあります。正確に理解しておくことが条件です。
免疫電気泳動法(IEP)の特徴
アガロースゲル上で蛋白を電気泳動したあと、側溝に抗血清を入れて沈降線(弧状のバンド)を形成させます。この沈降線の形状・位置・太さで、蛋白の質的・量的異常を視覚的に評価できます。複数の蛋白を一度に評価でき、全体像を把握するのに向いています。ただし判定に高い習熟が必要であり、専門医の読影力に依存します。
免疫固定法(IFE法)の特徴
電気泳動後に特異抗血清を直接膜に重ね、免疫複合体を固定・染色します。IEPに比べてはるかに高感度(IgG型でM蛋白100mg/dL以上を検出、IFE法なら5mg/dL以上を検出)で、簡便に実施できます。M蛋白のクラスと軽鎖型の同定を迅速に行えるため、現在の臨床では免疫固定法が主流です。ただし定量性を持ちません。
| 項目 | 免疫電気泳動法(IEP) | 免疫固定法(IFE) |
|---|---|---|
| 感度 | やや低い(100mg/dL以上) | 高い(5mg/dL以上) |
| 定量性 | 半定量的に評価可能 | なし(定性的) |
| 全体評価 | 可能(全蛋白の把握) | 困難(特定蛋白のみ) |
| 判定難度 | 高い(習熟が必要) | 比較的容易 |
| 現在の主流 | 補助的 | 主流 |
診療報酬上、「免疫電気泳動法(特異抗血清)」は、免疫固定法により実施した場合にも算定できます。保険点数は免疫電気泳動法(特異抗血清)が210点です。また、免疫電気泳動法の判定に5年以上の経験を有する医師が文書で報告した場合には、免疫電気泳動法診断加算として50点が加算されます。これは知っておくと得する情報です。
参考:免疫電気泳動法の診療報酬・算定条件の詳細
レセプト算定条件資料:免疫電気泳動法の算定規定と加算条件
建設業に従事している方は、作業現場で粉塵・化学物質・アスベスト(石綿)などへの長期間ばく露リスクを抱えています。慢性的なばく露は免疫系に影響を与え、炎症性疾患や免疫グロブリン異常の遠因になることが指摘されています。日常の健康管理において、「蛋白分画で異常を指摘されたとき」に、次のステップを知っているかどうかが早期発見のカギです。
健康診断の血液検査で「総蛋白が高い」「γグロブリンが高い」「蛋白尿がある」などと指摘された場合は、単なる栄養状態や脱水の問題ではない可能性があります。M蛋白の存在を疑う最初のサインになりえます。
検査の流れは次のとおりです。
1. 蛋白分画検査(スクリーニング):γ分画にMピーク(鋭く尖った山)がないか確認
2. 免疫電気泳動法 / 免疫固定法:M蛋白の有無・クラス(IgG/IgA/IgMなど)・軽鎖型(κ/λ)を同定
3. 免疫グロブリン定量(IgG・IgA・IgM等):M蛋白量を数値化し、経過観察の指標にする
4. 尿中ベンス・ジョーンズ蛋白検査:腎臓へのM蛋白漏出を確認
5. 骨髄穿刺・骨髄生検・画像検査:多発性骨髄腫の確定診断に進む
「蛋白が少し高めと言われたが、自覚症状はない」という状況は、建設業で長く働いてきた40代・50代以降の方に少なくありません。その背後にMGUSが隠れているケースがあります。これが基本です。
M蛋白が検出されても、即座に骨髄腫というわけではありません。ただし放置すると年1%の確率で悪性化します。「蛋白が高め」と言われたら、かかりつけ医に「蛋白分画の精密検査」を依頼することが、最初の一歩になります。
「M蛋白が疑われたら次はどうする?」という疑問への具体的な答えを、以下のリンク先で確認できます。
CRCグループ:「M蛋白の疑い」とは何ですか?検査の進め方を教えてください。