

石油精製プラント、特に重質油を扱う常圧蒸留装置や減圧蒸留装置において、配管や機器の寿命を縮める最大の要因の一つが「ナフテン酸腐食(Naphthenic Acid Corrosion: NAC)」です。建設従事者やプラントメンテナンスエンジニアにとって、この腐食メカニズムを深く理解することは、適切な配管施工や保全計画を立案する上で不可欠です。
ナフテン酸とは、原油中に含まれる環状構造を持つカルボン酸(R-(CH2)n-COOH)の総称であり、特定の単一物質を指すものではありません。このナフテン酸が金属(鉄)と反応することで、ナフテン酸鉄という腐食生成物が形成されます。この化学反応は以下のように表されます。
参考)https://patents.google.com/patent/JP4607870B2/ja
Fe+2RCOOH→Fe(RCOO)2+H2
この反応の最大の特徴であり、かつ厄介な点は、生成される「ナフテン酸鉄(Fe(RCOO)2)」が油溶性(オイルに溶けやすい性質)であることです。一般的な酸化腐食や硫化腐食では、金属表面に酸化皮膜や硫化皮膜(スケール)が形成され、それが保護膜となって腐食の進行を抑制する作用が働きます。しかし、ナフテン酸腐食の場合、生成物が次々と油中に溶け出してしまうため、金属表面は常に新しい面(新生面)が露出した状態となります。これにより、保護膜による腐食抑制効果が期待できず、条件が揃えば腐食が加速度的に進行することになります。
参考)ナフテン酸と硫黄を含む原油の腐食:比較による総括
特に、全酸価(TAN: Total Acid Number)が0.5 mgKOH/gを超えるような高酸価原油(ベネズエラ産や一部の中東産原油など)を処理する場合、このリスクは顕著になります。プラントの建設や改修工事においては、設計図面上で指定された材質が、実際にこのTAN値の変動に対応できるものかどうかを再確認する視点が重要です。単に「ステンレスだから大丈夫」という認識は、ナフテン酸環境下では致命的なミスにつながる可能性があります。
参考)失敗事例 > 高温硫化物腐食は直管部で起こりやすいことがある
石油学会:石油精製プロセスにおける腐食と対策(防食管理)
ナフテン酸腐食対策として最も重要かつ確実な方法は、適切な「材質」の選定です。建設現場で一般的に使用される炭素鋼(Carbon Steel)や、汎用的なステンレス鋼であるSUS304(18Cr-8Ni)は、ナフテン酸に対してほとんど耐性がありません。これは、SUS304の不動態皮膜がナフテン酸の攻撃に対して脆弱であるためです。
ナフテン酸腐食に耐えうる材質を選定する際のキーワードは「モリブデン(Mo)」です。モリブデンは、ステンレス鋼の耐食性を飛躍的に向上させる合金元素であり、特にナフテン酸環境下においては、その含有量が配管の寿命を決定づけます。
参考)https://sekiyu-gakkai.or.jp/jp/kanri/8R-11-2009app.pdf
現場施工管理の視点からは、これらの材質の取り違え(Mix-up)は絶対にあってはならない重大な不適合です。PMI検査(Positive Material Identification:蛍光X線分析などによる材質判定)を実施し、外観が似ているSUS304とSUS316/317が混入しないよう、徹底的な管理が求められます。特に補修工事などで、在庫にあったSUS304の継手を「とりあえず」使用することは、数ヶ月後の漏洩事故を約束するような行為と言えます。
プラントエンジニアのための材質選定ガイド:ナフテン酸腐食対策
ナフテン酸腐食は、あらゆる温度で発生するわけではありません。特定の「温度域」と「流速条件」が重なったときに、その牙をむきます。この特性を理解することは、断熱材の施工範囲や、配管レイアウト(流速分布)の確認において重要です。
まず温度についてですが、一般的に**220℃~400℃**の範囲で腐食が進行します。
参考)ナフテン酸の腐食 - Peiyang Chemical Eq…
次に「流速」の影響についてです。ナフテン酸腐食は「流動誘起腐食(Flow Induced Corrosion)」の一種とも考えられており、流体の物理的な力が腐食を加速させます。
参考)ナフテン酸流動誘起腐食に及ぼす流体力学因子の効果機構【JST…
流速が速いと、金属表面にわずかに形成されかけた保護皮膜や腐食生成物が物理的に剥ぎ取られてしまいます(エロージョン・コロージョン)。特に、液相と気相が混在する二相流や、流速が60m/sを超えるような高速蒸気流、あるいは液体の流速が0.6m/sを超えるような箇所では、腐食速度が著しく増加することが知られています。
建設・配管設計の観点からは、以下の箇所が「ホットスポット」となります。
これらの箇所は、通常の直管部よりも遥かに速いスピードで減肉します。したがって、配管のスケジュール(肉厚)選定においては、単なる圧力計算だけでなく、この流速による腐食代(コロージョンアローワンス)を十分に考慮するか、あるいは当該箇所だけ材質をグレードアップするなどの対策が必要です。
J-GLOBAL:ナフテン酸流動誘起腐食に及ぼす流体力学因子の効果機構
実際の石油精製プラントでは、ナフテン酸単独で腐食が進行することは稀で、多くの場合「硫化腐食(Sulfidation)」との複合作用が問題となります。原油中には硫黄化合物も含まれており、高温下では硫化水素(H2S)などが発生して金属を腐食させ、硫化鉄(FeS)の皮膜(スケール)を作ります。
参考)https://tetsutohagane.net/articles/search/files/55/11/KJ00002651254.pdf
ここで非常に複雑な相互作用が起こります。
これを「ナフテン酸による硫化鉄皮膜の剥離作用」と捉えることができます。ある失敗事例では、全酸価(TAN)が0.2 mgKOH/gと低く、一般的にはナフテン酸腐食のリスクが低いと判断される原油であっても、局所的な高流速部(エルボ直後の直管など)で激しい減肉が発生しました。これは、流体の物理的な力とナフテン酸の化学的な力が合わさり、硫化鉄の保護膜を破壊し続けた結果と考えられます。
この複合腐食の厄介な点は、硫黄分が多い原油の方が、強固な硫化鉄皮膜を作りやすいため、逆にナフテン酸腐食を抑制する場合がある(インヒビター的な作用)という逆説的な現象も起こり得ることです。しかし、これを期待して対策を緩めるのは危険です。硫黄含有量と酸価のバランス、そして温度と流速のすべてが絡み合うため、過去の腐食データ(Corrosion Loop)を参照し、類似プラントの事例と比較しながら慎重に材質を選定する必要があります。
建設時の品質管理としては、溶接熱影響部(HAZ)の硬度管理や、フェライト量の管理も重要です。組織が不均一な部分は、こうした複合腐食の起点になりやすいため、施工要領書(WPS)に基づいた適切な入熱管理が求められます。
失敗知識データベース:高温硫化物腐食とナフテン酸の影響
最後に、より現場に近い「建築設備・保全」の視点から、この問題に対する独自のアプローチを考察します。化学的なメカニズムは目に見えませんが、現場の技術者が直面するのは「どこを、どのように検査し、修理するか」という現実的な課題です。
検索上位の記事ではメカニズムの解説に終始しがちですが、実務においては「検査計画(Inspection Planning)」が生命線となります。ナフテン酸腐食の特徴である「局所的な激しい減肉(Localized Corrosion)」は、定点的な肉厚測定だけでは見逃すリスクが非常に高いです。
1. 検査ポイントの絞り込み(Risk Based Inspection)
前述の通り、ナフテン酸腐食は乱流部に集中します。したがって、配管のアイソメ図(等角投影図)を確認し、以下の箇所を重点管理ポイントとしてマーキングすべきです。
2. 非破壊検査手法の選定
通常のポイント測定式超音波厚さ計(Point UT)では、ピンポイントの減肉(ピッティング状の減肉や溝状の減肉)を捉えきれない可能性があります。
3. 補修時の注意点(肉盛溶接)
減肉が発見され、配管の取り替えが間に合わない場合の応急処置として、外面からの当板溶接や肉盛溶接が行われることがあります。この際、ナフテン酸環境下では、母材と同じ材質(例えば炭素鋼)で補修しても、すぐにまた腐食してしまいます。補修材には、母材よりも高グレードの材料(Inconel 625やSUS317Lなど)を使用する「異材溶接」の検討が必要です。ただし、異材溶接は熱膨張係数の違いによる割れや、ガルバニック腐食のリスクも伴うため、施工管理者は溶接施工要領を入念に確認し、施工後の熱処理(PWHT)の要否を含めた判断が求められます。
建設・保全従事者は、単に図面通りにものを作るだけでなく、「この配管の中には何が流れ、どのような腐食リスクがあるのか」を想像力を働かせて理解することで、検査の品質や補修の信頼性を大きく向上させることができます。ナフテン酸腐食は、その知識の有無が、プラントの安全を左右する典型的な例と言えるでしょう。
非破壊検査株式会社:SLOFECによる配管腐食検査