

酸化ガリウム(Ga2O3)は、次世代のパワー半導体材料として世界中で注目を集めていますが、実はその開発競争において日本企業が圧倒的なリードを保っていることをご存知でしょうか。建設業界で働く皆様にとって、普段使う電動工具や重機の性能を左右する「パワー半導体」の技術は、意外と身近で重要なテーマです。特に酸化ガリウムは、現在普及し始めているSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を超えるポテンシャルを秘めています。ここでは、その中心となるメーカーと、株式市場でも注目される関連銘柄について詳細に解説します。
まず、酸化ガリウム開発の筆頭格として挙げられるのが、株式会社ノベルクリスタルテクノロジーです。同社は情報通信研究機構(NICT)とタムラ製作所の技術をベースに設立されたカーブアウトベンチャーであり、酸化ガリウムウェハの開発・製造・販売において世界を牽引しています。特に「β型」と呼ばれる結晶構造において、高品質な単結晶基板の量産技術を確立しており、100mm(4インチ)ウェハの量産化にも成功しています。2025年以降の実用化を目指し、着実にステップを進めている企業です。
次に注目すべきは、京都大学発のベンチャーである**株式会社FLOSFIA(フロスフィア)**です。同社は「α型」という別の結晶構造を用いた「コランダム構造酸化ガリウム(α-Ga2O3)」に強みを持っています。独自の「ミストドライ法」という成膜技術を駆使し、通常は困難とされるp型半導体の実現に道を開くなど、独自のポジションを築いています。デンソーとの資本提携を行うなど、自動車部品業界からの期待も非常に高い企業です。
上場企業としての関連銘柄では、**タムラ製作所(6768)**が外せません。前述のノベルクリスタルテクノロジーの親会社的な立ち位置であり、電子部品メーカーとしての長い歴史と信頼があります。また、**三菱電機(6503)も酸化ガリウムを用いたパワーデバイスの開発に精力的で、産業用インバーターや鉄道向けの応用を見据えています。さらに、素材・材料面ではAGC(5201)や日本酸素ホールディングス(4091)**などが、結晶育成やガス供給の面でサプライチェーンに関わっています。
以下の表は、主要な酸化ガリウム関連メーカーと、その特徴や関連銘柄コードをまとめたものです。投資や業界動向のチェックにお役立てください。
| 企業名 | 銘柄コード | 特徴・強み | 技術タイプ |
|---|---|---|---|
| ノベルクリスタルテクノロジー | 非上場 | 世界初の酸化ガリウムウェハ量産メーカー。NICT・タムラ製作所発。 | β型(融液成長法) |
| FLOSFIA | 非上場 | 京大発ベンチャー。「ミストドライ法」による低コスト成膜技術。 | α型(コランダム構造) |
| タムラ製作所 | 6768 | ノベルクリスタルテクノロジーに出資。ゲートドライバ等に強み。 | 電子部品・出資 |
| 三菱電機 | 6503 | 酸化ガリウムSBD(ショットキーバリアダイオード)等のデバイス開発。 | デバイス応用 |
| 富士電機 | 6504 | パワー半導体大手。次世代材料として研究開発を推進。 | パワーモジュール |
| トレックス・セミコンダクター | 6616 | 電源IC専門。酸化ガリウムを用いたSBDの実用化で先行。 | 電源IC・SBD |
これらの企業は、単に研究しているだけでなく、実際の製品化に向けたプロジェクトを多数抱えています。特に建設現場で使われるような高出力な機器にとって、彼らの技術革新は「機器の小型化」や「バッテリーの長時間駆動」という目に見えるメリットとして返ってくるでしょう。
株式会社ノベルクリスタルテクノロジー公式サイト:酸化ガリウムウェハの開発・製造・販売を行うパイオニア企業の詳細情報
株式会社FLOSFIA公式サイト:京都大学発ベンチャーとして独自の成膜技術を展開する企業の詳細情報
建設業界の皆様も、最近の資材高騰には頭を悩ませていることでしょう。実は半導体の世界でも「コスト」は最大の課題です。ここで酸化ガリウムがなぜこれほどまでに注目されているのか、その最大の理由は**「圧倒的な低コスト化の可能性」と「SiCをも凌駕する性能」**にあります。
現在、電気自動車(EV)や最新のエアコンなどで採用が進んでいる**SiC(炭化ケイ素)**は、従来のシリコン(Si)に比べて非常に高性能ですが、製造コストが非常に高いという欠点があります。SiCは非常に硬い素材であり、結晶を作るのに「昇華法」という高温・高圧の特殊な環境が必要で、加工にも時間がかかります。これが、SiC搭載の機器が高価になる一因です。
一方で、酸化ガリウム(特にβ型)は、「融液成長法」という製造方法が使えます。これは、材料を熱で溶かして、そこから結晶を引き上げる方法です。わかりやすく言えば、宝石のサファイアや、一般的なシリコンウェハを作るのと同じような方法です。液体から固体にするため、大型の結晶を作りやすく、かつ原料のロスも少ないのが特徴です。専門家の試算によると、将来的にはSiCの3分の1程度のコストで製造できる可能性があると言われています。建設現場で例えるなら、高価な特注のダイヤモンドカッターを使わなければならなかった作業が、一般的な汎用品のカッターで済むようになるほどのコスト革命です。
性能面でも、酸化ガリウムは「バンドギャップ」という値が非常に大きく、これは「どれだけ高い電圧に耐えられるか」という指標になります。シリコンが1.1eV、SiCが3.3eVなのに対し、酸化ガリウムは約4.5〜4.9eVもあります。この数値が高いほど、より薄い膜で高い電圧をブロックできるため、電気抵抗を減らすことができます。これを専門用語で「バリガ性能指数」と言いますが、酸化ガリウムはシリコンの約3,000倍、SiCの約10倍もの理論的な性能を持っています。
この「低コスト」かつ「超高性能」という組み合わせが、酸化ガリウムの将来性を約束しています。現在はまだ研究開発や初期の量産段階ですが、将来的に量産効果が出てくれば、家電製品から産業用ロボット、そして皆様が扱う建設重機に至るまで、あらゆるパワーエレクトロニクス機器が酸化ガリウムに置き換わる未来が予想されています。特に、コストにシビアな民生機器や、大量に使用される汎用インバーターなどでは、SiCを飛び越えて酸化ガリウムが覇権を握るシナリオも十分に考えられます。
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構):酸化ガリウムパワー半導体の研究開発プロジェクトに関する詳細な成果報告
夢の材料のように思える酸化ガリウムですが、実用化に向けて解決しなければならない大きな「課題」も存在します。建設現場でどんなに優れた重機でも、弱点を知らずに使えば事故につながるように、素材の弱点を知ることは非常に重要です。酸化ガリウム最大の弱点は、**「熱伝導率の低さ」**です。
熱伝導率とは、文字通り「熱の逃げやすさ」を表す数値です。パワー半導体は電気のスイッチングを行う際に必ず熱を発生します。この熱をうまく逃がさないと、半導体自体が高温になり、最悪の場合は焼損してしまいます。
既存の材料と比較すると、この差は歴然としています。
見ての通り、酸化ガリウムの熱伝導率はシリコンの10分の1以下、SiCの20分の1以下しかありません。これは、発生した熱が内部にこもりやすいことを意味します。どんなに電気的な性能が良くても、熱で壊れてしまっては意味がありません。この「熱問題」が、長らく酸化ガリウムの実用化を阻む壁と言われてきました。
しかし、日本のメーカーはこの課題に対して独自の技術で解決策を見出しています。例えば、酸化ガリウムのチップを極限まで薄く削り(薄膜化)、熱伝導率の高い銅やアルミなどの金属ベース、あるいは焼結銀などの高放熱接着材を使って、熱を裏面から強力に吸い出すパッケージング技術が開発されています。また、チップの表面側からも冷却する「両面冷却構造」なども検討されています。
もう一つの課題は、**「p型半導体の作成が難しい」**という点です。半導体は通常、n型(ネガティブ)とp型(ポジティブ)を組み合わせてダイオードやトランジスタを作ります。酸化ガリウムはn型を作るのは得意ですが、p型を作るのが非常に困難な性質を持っています。これに対しては、p型の性質を持つ別の酸化物材料(酸化ニッケルや酸化銅など)と組み合わせる「ヘテロ接合」という技術や、前述のFLOSFIAのように特殊な結晶構造(コランダム構造)を用いることでp型を実現しようとするアプローチが進んでいます。
これらの課題は決して解決不可能ではなく、現在進行系で克服されつつあります。課題があるからこそ、そこに技術的なブレイクスルーが生まれ、結果としてより強固で信頼性の高い製品が生まれる過程に、私たちは立ち会っているのです。
EE Times Japan:酸化ガリウムの熱問題を克服する最新のパッケージング技術に関する解説記事
ここまでは半導体の難しい話が続きましたが、ここからは建設業界の皆様に直結する**「現場でのメリット」**について、独自視点で解説します。酸化ガリウムパワー半導体が進化すると、建設現場にはどのような革命が起きるのでしょうか。キーワードは「電動建機の進化」と「仮設電源の効率化」です。
近年、建設業界でも脱炭素の流れから、油圧ショベルやクレーン、ホイールローダーの**電動化(EV化)が進んでいます。しかし、現在の電動建機には「バッテリーが重すぎる」「稼働時間が短い」「充電に時間がかかる」という悩みがあります。ここで酸化ガリウムの出番です。
酸化ガリウムを使ったインバーター(電気を制御する装置)は、従来のシリコン製に比べて電力の変換損失を劇的に減らすことができます。損失が減るということは、「熱が出ない」**ということです。
熱が出なければ、これまで必要だった巨大な水冷システムや冷却ファンを小型化、あるいは不要にすることができます。建機において、冷却装置のスペースと重量はバカになりません。冷却系が軽くなれば、その分バッテリーを多く積むことができ、稼働時間を延ばすことができます。あるいは、機体自体をコンパクトにして、狭い日本の現場でも取り回しやすくすることも可能です。
また、建設現場で欠かせない**「発電機」や「溶接機」**にも恩恵があります。インバーター発電機に酸化ガリウムが採用されれば、同じ出力でも筐体を大幅に小さく軽くできます。職人さんが一人で持ち運べるサイズの限界出力が上がり、現場の機動力が向上します。さらに、夜間の照明用電源や、仮設事務所の空調用電源の効率が上がれば、燃料代(軽油やガソリン)の削減にも直結します。
メーカー各社は現在、家電やEV向けの開発を急いでいますが、高電圧・大電流を扱う建設機械こそ、酸化ガリウムの「高耐圧」という特性が最も活きるフィールドの一つです。数年後には、「この新型ユンボ、酸化ガリウム入ってるからパワーそのままで軽いんだよ」という会話が現場で交わされるようになるかもしれません。建設現場の省エネは、単にエコなだけでなく、ランニングコストの削減という実利をもたらすのです。
MONOist:建設機械の電動化トレンドとパワー半導体の役割に関する技術レポート
最後に、酸化ガリウム製品が広く普及するための鍵となる**「量産技術」**について深掘りします。どんなに優れた素材でも、安定して安く大量に作れなければ普及しません。ここで、日本のメーカーが持つ「結晶育成技術」の凄みが発揮されます。
前述したように、酸化ガリウム(β型)は「融液成長法」で作られます。具体的には、**EFG法(Edge-defined Film-fed Growth法)**という技術が、ノベルクリスタルテクノロジー社によって採用されています。これは、るつぼに入れたドロドロに溶けた酸化ガリウム原料の中に、「ダイ」と呼ばれるスリット状の型を沈め、その隙間から毛細管現象で上がってきた融液を引き上げて板状の結晶を作る方法です。
この方法の凄いところは、最初から「板の形」で結晶が出来上がる点です。一般的な半導体(シリコンなど)は、巨大な円柱状のインゴットを作ってから、それを薄くスライスしてウェハを作ります。このスライス工程で、高価な材料の半分近くが切り屑として捨てられてしまいます(カーフ・ロスと言います)。しかし、EFG法なら最初から板状なので、切断ロスが非常に少なく、材料を無駄にしません。これが、酸化ガリウムが「低コスト化できる」と言われる製造プロセス上の根拠です。
また、FLOSFIAが採用する**「ミストドライ法(ミストCVD法)」**も画期的です。これは原料を霧(ミスト)状にして加熱した基板に吹き付け、反応させて結晶を作る方法です。真空環境が不要で、大気圧下で行えるため、製造装置がシンプルで安価に済みます。これにより、初期投資を抑えながら多品種の生産が可能になります。
現在、メーカー各社はウェハの大口径化に取り組んでいます。半導体はウェハのサイズが大きければ大きいほど、一枚から取れるチップの数が増え、コストが下がります。現在は2インチや4インチ(100mm)が主流ですが、6インチ(150mm)以上の量産化に向けた研究が進んでいます。
これらの製造プロセスの進化は、以下のようなステップで進んでいます。
建設業界で例えるなら、今は「画期的な新工法が開発され、一部の先行現場で試験導入されている段階」から、「標準工法として全国に広まる直前の段階」と言えます。製造プロセスの確立は、製品の信頼性に直結します。日本のメーカーがこの「製造装置」と「素材」の両方で主導権を握っていることは、将来的な供給安定性の面でも非常に心強い要素です。
日経クロステック:酸化ガリウムウェハの量産化技術とEFG法のメリットに関する詳細解説