
WST法は水溶性テトラゾリウム塩(Water-Soluble Tetrazolium)を利用した革新的な分析手法です。この手法では、特にWST-8が広く使用されており、タンパク質中のシステイン、チロシン、トリプトファンによって還元されることで青色を示すホルマザン体を形成します。
測定の核心となるのは、ホルマザン体の極大吸収波長650nmでの吸光度測定です。この原理により、従来法では困難とされていた高濃度サンプルの測定が可能となり、希釈操作を省略できる画期的なシステムを実現しています。
細胞生物学分野においては、WST法は生細胞中の脱水素酵素活性を指標とした吸光度測定法として確立されています。細胞膜を透過できないアニオン性分子であるWSTは、電子メディエータを介して細胞外で還元反応を起こし、水溶性のWSTホルマザンを生成します。
この反応メカニズムの独特な特徴は、還元により生成されるホルマザン色素が培地に完全に溶解することです。従来のMTT法のような溶解操作が不要となり、測定プロセスの大幅な簡素化を実現しています。
WST法の最大の利点は、その測定範囲の広さにあります。50-5000 µg/mLという定量範囲は、他の分析法と比較して高濃度側での検出力が際立って優秀です。これにより、従来法では希釈が必要だった濃厚サンプルでも直接測定が可能となり、作業効率の向上と測定誤差の軽減を同時に実現しています。
操作の簡便性も重要なメリットの一つです。タンパク質溶液と混合後、室温で1分間静置するだけで測定準備が完了します。この迅速性は、多検体処理が必要な研究環境や品質管理業務において大きな価値を提供します。
細胞増殖や毒性評価においても、WST法は従来法を上回る性能を発揮します。生成されるホルマザン量が生細胞数に正比例するため、定量的な評価が可能です。また、中性pH条件下でMTT、XTT、MTS、WST-1などの他のテトラゾリウム塩よりも高い感度を示すことが確認されています。
測定の安全性も見逃せないメリットです。non-RI測定系であり、MTT法のような揮発性有機溶剤による可溶化処理が不要なため、作業環境の安全性向上に貢献します。
WST法の主要な制約は、還元性物質の影響を受けやすいという特性です。テトラゾリウム塩の還元が測定原理の核心であるため、試料中に還元性物質がコンタミネーションとして存在すると、測定結果に重大な影響を与える可能性があります。
この制約は、特定の実験条件下で深刻な問題となることがあります。
細胞生物学的応用における制約も重要な考慮事項です。WST法は細胞増殖を直接測定しているわけではなく、代謝活性を指標とした間接的な評価法です。そのため、薬剤の効果がミトコンドリアのみを対象とする場合、MTTアッセイとWSTアッセイで測定結果に差異が生じる可能性があります。
実験条件の最適化も必要な課題です。細胞数と吸光度が相関する条件を事前に検討し、実験開始前に細胞数や反応時間の詳細な条件検討が必要です。この準備段階を怠ると、信頼性の高いデータ取得が困難となります。
コスト面での考慮も欠かせません。高性能な測定システムである反面、試薬コストが他の簡易的な測定法と比較して高くなる傾向があります。長期的な使用計画と予算配分の検討が重要となります。
WST法の位置づけを正確に理解するためには、従来法との詳細な比較分析が不可欠です。特にMTT法、XTT法、MTS法との相違点は実用上重要な判断基準となります。
測定法 | 可溶化処理 | 保存温度 | 利便性 | 感度 | 再現性 |
---|---|---|---|---|---|
WST-8 | 不要 | 4℃ | +++++ | +++++ | +++++ |
MTT | 必要 | -20℃ | ++ | +++ | ++ |
MTS | 不要 | -20℃ | +++ | +++ | +++ |
XTT | 不要 | 4℃ | +++ | +++ | ++++ |
MTT法との最も顕著な違いは、可溶化処理の必要性です。MTT法では生成したホルマザンが水に不溶性であるため、界面活性剤や有機溶剤による可溶化操作が必須となります。この工程は時間を要するだけでなく、作業の安全性や再現性の観点からも課題があります。
WST法が示す優位性は、スーパーオキシドアニオンの検出においても確認されています。従来法であるフェリシトクロムc法と比較して、WST-1法はバックグラウンドが低く、吸光度の変化率が約2倍高いことが報告されています。また、SODを共存させた際のホルマザン生成抑制率も98%と、フェリシトクロムc法の88%を大きく上回る特異性を示しています。
細胞膜透過性の違いも重要な比較ポイントです。MTTがカチオン性分子として細胞膜を透過しミトコンドリアに集積するのに対し、WSTはアニオン性分子で細胞膜を透過できません。この特性の違いにより、測定対象となる細胞内活性の範囲が異なり、実験目的に応じた選択が必要となります。
WST法の応用範囲は多岐にわたり、基礎研究から実用的な産業応用まで幅広い分野で活用されています。特に注目すべきは、海洋生物学分野での革新的な応用例です。
赤潮プランクトンの研究において、WST-1法は画期的な検出システムを提供しています。3種類のプランクトン(Chattonella antiqua、Heterosigma akashiwo、Fibrocapsa japonica)を用いた実験では、培養後にWST-1を添加することで438nmの吸収極大が出現し、この吸収がSOD添加により有意に減少することが確認されています。
食品科学分野では、メイラード反応におけるスーパーオキシドアニオン生成の定量評価にWST-1が活用されています。従来のシトクロムc法との比較研究により、トレオースやエリスロースが関与するメイラード反応では、従来の推定値の3-4倍のスーパーオキシドアニオンが生産されていることが明らかになりました。
同仁化学研究所の技術資料
SODアッセイキットの開発背景と測定原理の詳細情報
薬剤開発分野においても、WST法は重要な役割を果たしています。96ウェルプレートを使用したハイスループット分析により、多数の化合物の毒性評価が効率的に実施可能となっています。特に細胞毒性試験では、脱水素酵素活性を指標とした測定と併せて、細胞膜損傷を指標とした遊離LDH活性測定も組み合わせることで、包括的な評価システムを構築できます。
酵素分析の新しいアプローチとしても、WST法は注目されています。キサンチンオキシダーゼ(XO)のようなスーパーオキシドアニオン生成酵素の反応を指示反応として利用することで、簡易で高感度な酵素分析法の構築が可能となっています。
日本分析化学会の解説資料
総タンパク質定量法の比較と適用指針の詳細解説
産業応用の観点では、品質管理システムへの組み込みも進んでいます。製薬業界や食品業界において、原料や製品の品質評価にWST法が採用されるケースが増加しており、その簡便性と高精度が評価されています。特に界面活性剤の影響を受けにくい特性は、複雑な組成を持つ実サンプルの分析において大きな利点となっています。
環境分析分野では、水質評価や生態系モニタリングへの応用研究が進められています。微生物活性の評価や汚染物質の生物学的影響評価において、WST法の高感度検出能力が活用されており、環境保全技術の発展に貢献しています。