

亜硝酸ナトリウム(NaNO2)が「発がん性がある」と言われる最大の理由は、それ自体が直接がんを作るというよりも、体内で変化して生成される物質に原因があります。このメカニズムを正しく理解することは、建設現場での食事選びや健康管理においても重要です。
まず、亜硝酸ナトリウムが体内に入ると、胃の中のような酸性の環境下で化学反応を起こします。このとき、食肉(ハムやソーセージの原料となる豚肉など)や魚肉に含まれている「アミン」という物質と結合することがあります。この反応によってニトロソアミンという強力な発がん性物質が生成されるのです。
参考)亜硝酸ナトリウム
参考リンク:亜硝酸ナトリウムの化学的性質とニトロソアミン生成のリスクについて
ニトロソアミンは、国際がん研究機関(IARC)の評価においても、発がん性を示す証拠が十分にある物質として扱われています。特に、動物実験においては肝臓や腎臓、肺などに腫瘍を発生させることが確認されています。私たちが普段口にする加工肉において、亜硝酸ナトリウムは「発色剤」として添加されますが、これは単においしそうなピンク色を保つためだけではありません。実は、食中毒の原因となるボツリヌス菌の増殖を抑えるという、非常に強力な防腐効果も担っています。つまり、発がん性リスクという「長期的な毒性」と、食中毒による「短期的な致死リスク」の天秤にかけられた上で使用されているのが現状です。
参考)亜硝酸ナトリウム(発色剤)|避けた方がよい添加物
しかし、リスクはゼロではありません。胃酸の分泌が多い時や、アミンを多く含む食品(例えばタラコやイクラなどの魚卵)と一緒に摂取した場合、ニトロソアミンの生成が促進される可能性があります。建設業に従事される皆さんは、体力を維持するために肉類を多く摂取する傾向があるかもしれませんが、加工肉ばかりに偏ることは、この「化学反応の材料」を体内に増やし続けることになりかねません。
「どれくらい食べたら危険なのか?」という摂取量の疑問に対しては、国際的な基準値が設定されています。FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同食品添加物専門家会議(JECFA)は、亜硝酸ナトリウムの**ADI(一日摂取許容量)**を、体重1kgあたり0.06mgから0.07mgと定めています。
参考)食のリスクは多面的に評価しないと見誤る PartⅡ ~週刊新…
参考リンク:食品添加物としての亜硝酸ナトリウムの摂取許容量計算について
この数字を具体的な体重に当てはめてみましょう。
では、実際に販売されている食品にはどれくらいの量が含まれているのでしょうか。日本の食品衛生法では、亜硝酸根としての残存量に厳しい制限があります。
仮に、法的上限ギリギリの濃度(70ppm)で作られたソーセージがあったとします。このソーセージ1kgには0.07g(70mg)の亜硝酸ナトリウムが含まれます。体重60kgの人の許容量は3.6mgですから、上限値のソーセージを約50g(大きめのウインナー2〜3本程度)食べただけで、計算上はADIに近づいてしまうことになります。
ただし、日本の実際の製品検査では、上限値よりもかなり低い濃度(10〜20ppm程度)で検出されることが一般的です。メーカーも必要最小限の使用に留める努力をしているため、通常の食事で直ちにADIを超えることは稀です。しかし、朝食にベーコン、昼食にハムサンド、夜につまみでサラミを食べるといった「加工肉中心の生活」を続ければ、蓄積量のリスクは無視できません。
また、意外な事実として、野菜に含まれる硝酸塩も体内で亜硝酸塩に変わります。しかし、野菜には発がん物質の生成を抑える成分も同時に含まれているため、加工肉からの直接摂取とはリスクの質が異なると考えられています。
参考)食品中の硝酸塩に関する基礎情報:農林水産省
WHOの下部組織であるIARC(国際がん研究機関)は、2015年に衝撃的な発表を行いました。「加工肉(ハム、ソーセージ、ベーコンなど)」を、タバコやアスベストと同じ「グループ1(人に対して発がん性がある)」に分類したのです。これは、加工肉を毎日50g摂取することで、大腸がんのリスクが18%増加するという研究結果に基づいています。
この発表において、亜硝酸ナトリウムなどの添加物が、発がんメカニズムの一部に関与していると考えられています。建設現場の休憩時間や昼食で、手軽に食べられるコンビニのフランクフルトやハムカツサンドを選ぶことは多いでしょう。これらの食品は非常に便利でエネルギー源になりますが、含有される添加物のリスクを知っておくことは重要です。
特に注意が必要なのは、製品のパッケージ裏にある「原材料名」の表示です。「亜硝酸Na」という文字があれば、それは亜硝酸ナトリウムが使われていることを示しています。色が鮮やかなピンク色のハムやベーコンにはほぼ間違いなく使用されています。一方で、「無塩せき」と書かれたハムやソーセージもスーパーなどで見かけるようになりました。これは発色剤を使用していないため、肉本来のくすんだ色をしていますが、亜硝酸ナトリウムの直接添加を避ける一つの選択肢となります。
ただし、無塩せきであっても、保存性が低いために賞味期限が短かったり、別の保存料が使われていたりすることもあります。「無添加なら絶対に安全」と盲信するのではなく、摂取する頻度と総量をコントロールすることが、最も現実的なリスク管理と言えるでしょう。毎日食べるのではなく、週に数回の楽しみにとどめる、あるいは一度に大量に食べないといった工夫が、長期的な健康を守ることにつながります。
ここからは、一般の食品に関する記事ではほとんど語られない、建設・建築従事者だからこそ知っておくべき、もう一つの「亜硝酸ナトリウム」の顔について解説します。実は、亜硝酸ナトリウムは食品添加物としてだけでなく、コンクリート用の化学混和剤、特に**防錆剤(サビ止め)**や耐寒促進剤として建設現場で広く使用されています。
参考リンク:亜硝酸ナトリウムの急性毒性とメトヘモグロビン血症の症状
現場で扱う工業用の亜硝酸ナトリウム(または亜硝酸リチウムなどを含む製品)は、食品に含まれる微量なレベルとは比較にならないほど高濃度です。これを誤って吸入したり、口に入れたりした場合のリスクは「発がん性」といった悠長なものではなく、急性毒性による死に直結します。
食品としてのリスク管理に話を戻しましょう。亜硝酸ナトリウムの発がん性リスク、特にニトロソアミンの生成を抑えるためには、食べ合わせが非常に有効です。
実は、大根、白菜、ほうれん草などの野菜には、硝酸塩という物質が多く含まれています。これが唾液中の細菌によって亜硝酸塩に変化するため、私たちは野菜からも実質的に亜硝酸塩を摂取しています。しかし、野菜を食べてがんになったという話は聞きません。なぜでしょうか?
それは、野菜にはビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質が豊富に含まれているからです。これらのビタミンには、ニトロソアミンの生成を強力にブロックする働きがあります。亜硝酸塩がアミンと結合する前に、ビタミンCが先に反応してくれるため、発がん物質ができにくくなるのです。
このメカニズムを食事に応用しましょう。
建設現場の仕事は体が資本です。手軽な加工肉は便利なエネルギー源ですが、「毒消し」の役割を果たす野菜やビタミンCをセットにするという知識があるだけで、将来の健康リスクは大きく変わります。現場での化学物質の管理(急性毒性対策)と、日々の食事管理(慢性毒性対策)。この両輪で、自分自身の体を守ってください。