
重要伝統的建造物群保存地区は2024年8月15日現在、全国43道府県106市町村で129地区が選定されています 。山形、東京、神奈川、熊本の4都県を除く全ての道府県で選定されており、合計面積は約4,066.1haに及びます 。これらの地区では約30,680件の伝統的建造物及び環境物件が特定され保護されています 。
参考)重要伝統的建造物群保存地区 - Wikipedia
地区の種別としては、城下町・宿場町・門前町・寺内町・港町・農村・漁村・在郷町・商家町・武家町・茶屋町・製織町・鋳物師町・山村集落・養蚕集落・船主集落・講中宿・醸造町・染織町・漆工町など多岐にわたります 。特に長野県と石川県が8地区ずつで全国最多となっており、富山県5地区、岐阜県6地区、奈良県3地区など、歴史的街並みが良好に保存されている地域に集中しています 。
参考)https://www.furutabi.com/judenken/
この制度は昭和50年(1975年)の文化財保護法改正により創設され、累計109件を認める節目を迎えるなど、着実に保護対象を拡大しています 。建築業従事者にとって重要なのは、これらの地区内での工事には特別な法的制約があることです 。
参考)https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/pdf/92961601_01.pdf
伝統的建造物群保存地区内で建築工事を行う場合、事前の現状変更許可申請が必須です 。対象となる行為は、建築物・工作物の新築・増築・改築・移転・除却、修繕・模様替え・色彩変更で外観が変わるもの、設備機器の設置、看板設置、宅地造成、木竹伐採などです 。
参考)https://www.city.tambasasayama.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaika/denken/5478.html
申請手続きの流れは以下のとおりです。まず計画段階で事前相談を行い、現状変更行為事前協議書を提出します 。次に景観相談会等での審議を経て承認を得た後、現状変更行為許可申請書を教育委員会に提出します 。許可を受けてから工事着手となり、完了後は完了届の提出が必要です 。
参考)豊田市足助伝統的建造物群保存地区にかかる制度について|豊田市
申請から許可までの標準的な期間は14日間とされていますが、内容確認に時間を要したり、工事内容や施工方法の変更を求められる場合があります 。そのため建築業従事者は可能な限り早めの事前相談を行うことが重要です 。必要書類には付近見取図、配置図、修理前後の図面、登記事項証明書、現状写真などがあります 。
参考)橿原市今井町伝統的建造物群保存地区内での建築物等の現状変更行…
伝統的建造物群保存地区では、歴史的建造物の保存に配慮した建築基準法の特別な緩和制度が設けられています 。文化財保護法第143条に基づき、市町村は保存地区内の建築基準法の制限緩和条例を制定することができます 。
参考)https://www.kkr.mlit.go.jp/kensei/jutaku/lff27700000456qy.html
具体的には、建築基準法第85条の3により、地区の保存に必要と認められる場合に国土交通大臣(地方整備局長等)の承認を得て制限緩和が行われます 。これは伝統的建造物の外観を建築基準法に完全に準拠させると、街並みに悪影響を与える可能性があるためです 。
参考)重要伝統的建造物群保存地区とは?選定基準・実際の取り組みなど…
この緩和制度により、伝統的建造物群保存地区内の建造物は、現代の建築基準法の制限を受けることなく、歴史的価値を保ちながら適切な修理・修景が可能となります 。建築業従事者はこの制度を理解し、地区の保存と整備の目的に沿った施工を行う必要があります 。ただし、制限緩和は保存に必要な範囲内に限定され、建築確認申請時には特別な手続きが必要となる場合があります 。
伝統的建造物群保存地区内の工事には「修理基準」と「修景基準」の2つの基準が適用されます 。修理基準は伝統的建造物(特定物件)および環境物件に適用され、現状維持もしくは痕跡調査に基づく旧状復原を原則とします 。修景基準は特定物件以外の建造物に適用され、地区の歴史的風致と調和するよう外観を整備することを目的とします 。
参考)橿原市今井町伝統的建造物群保存地区内での建築物等の修理・修景…
修理工事においては、建造物の所有者・設計者・施工者・行政担当者が事前に十分な話し合いを行い、工事計画を立てます 。工事では形式・意匠・工法・材料等を十分検討し、伝統的建造物は文化財建造物としての価値を維持・回復し、その他の建造物は地区の歴史的風致との調和を図ります 。
参考)歴史的町並みの保存・整備・活用『全国伝統的建造物群保存地区協…
材料については自然素材(石・木・土・煉瓦等)の使用を基本とし 、伝統的材料や自然系材料を積極的に活用します 。瓦については使用されている瓦と工法を確認の上、再利用するか新たに製造するかを検討し、川越地区では土葺瓦で見付け8寸・葺き足5寸が一般的です 。これらの工事では同時に構造補強や防火性能の向上も行われます 。
参考)https://www.city.kobe.lg.jp/documents/7381/20200811134126.pdf
伝統的建造物群保存地区制度は、建築業界において従来の建築基準法中心の発想から、歴史的価値と現代的機能の両立を目指す新たなアプローチを要求しています。この制度により、建築業従事者は伝統工法の習得、自然素材の調達・加工技術、歴史的建造物の構造解析など、専門性の高いスキルセットの拡充が求められています 。
特に注目すべきは、AI技術やデジタル化の進展により、伝統的建造物の詳細実測や復原考証におけるデジタル技術の活用が進んでいることです 。3Dスキャンや建築情報モデリング(BIM)技術を用いた歴史的建造物の記録・保存・修理計画の策定は、今後の建築業界における重要な技術分野となると予想されます。
参考)https://downloads.hindawi.com/journals/jeph/2022/3549769.pdf
また、持続可能な建築への関心の高まりとともに、伝統的建造物群保存地区の工事で培われる自然素材活用技術や地域資源利用のノウハウは、一般建築においても応用価値が高まっています 。建築業従事者にとって、これらの地区での工事経験は、環境配慮型建築や地域密着型建築への展開において重要な競争優位性となります。さらに、観光資源としての価値向上により、関連する観光施設整備や周辺地区の景観形成事業など、派生的なビジネスチャンスも期待できます 。
参考)「歴史的な建築物がある集落や町並み (重要伝統的建造物群保存…