

医療で使われる「イナーシャ(inertia)」は、一般的な「慣性」という意味から転じて、「目標が未達なのに、治療が適切に強化されない状態(臨床的惰性)」を指すことが多い言葉です。
たとえば、血圧や血糖の目標値に届いていないのに、薬の増量・変更、生活指導の強化、原因検索などが行われず、同じ方針を漫然と継続してしまう状況が典型です。
行政の啓発資料でも、イナーシャは「惰性」と訳され、治療を開始しない/治療を強化せず様子を見る、といった具体例が示されています。
建築の現場に置き換えると、「基準に達していない指標があるのに、改善策を先送りして工程だけが進む」状態に似ています。
医療のイナーシャは、人が怠けているというより「変えるべきタイミングで変えられない構造」が積み重なって起こる点が重要です。
参考)クリニカル・イナーシャについて | 京都市上京区の胃カメラ・…
イナーシャが問題視される背景には、ガイドラインで目標(例:血圧の降圧目標、糖尿病の血糖管理目標)が示されているのに、現場でその達成に向けた治療強化が遅れることがあります。
高血圧領域では、ガイドラインでも「クリニカル・イナーシャ」が取り上げられ、目標未達を放置して同じ投薬を続けることへ注意喚起がされています。
医師会の解説でも、降圧薬を開始すべきときに開始しない、治療中に強化すべきときに強化しない、といった内容がイナーシャとして述べられています。
ここで大事なのは「ガイドライン=万能の正解」ではなく、「目標未達が続くなら、理由を言語化して次の一手を決める」ことです。
建築従事者向けに言い換えると、法令・基準・仕様の“意図”を踏まえ、逸脱が出た時点で設計変更・施工手順・安全対策を更新するのに近い考え方です。
イナーシャは「治療イナーシャ(治療を始めない/強化しない)」と「診断イナーシャ(原因を精査しない)」の両面がある、と行政資料で整理されています。
高血圧の例では、治療イナーシャとして「高血圧でも治療を開始しない」「目標値より高いのに治療を強化せず様子を見る」が挙げられ、診断イナーシャとして「難治性・治療抵抗性高血圧の原因を精査しない」が挙げられています。
この整理は実務的で、単に「薬を増やすかどうか」ではなく、「そもそも診断・評価の更新が止まっていないか」を点検できるのが利点です。
建築でも似た構図があります。
この2分類で考えると、対策が「手戻りを嫌って先送り」になっていないかを客観視しやすくなります。
クリニカルイナーシャは、医療者側・患者側・医療制度上の要因など、複数の因子が関与して起こりうると解説されています。
具体的には、時間的制約、医療費や副作用の懸念、薬が増えることへの抵抗感、チームアプローチ不足などが要因として挙げられています。
また、患者が「食事と運動を頑張ります」と言うために処方が据え置かれる、といった場面も例示されており、善意のコミュニケーションが結果として治療強化の遅れにつながることがあります。
ここは建築の安全管理にも直結します。
現場で「改善したいが、工程・コスト・責任分界・調整コストが重い」ほど、最適化より“現状維持”が選ばれやすくなります。
医療のイナーシャ対策は、個人の努力論にせず、制度・チーム・運用(チェック頻度、記録、合意形成)をセットで変える発想に価値があります。
参考)イナーシャと医療
医療のイナーシャは「目標未達のまま、治療や評価が強化されない状態」と定義されますが、この“目標未達”を建築では「安全・品質の管理値未達」と捉えると応用が効きます。
行政資料の説明には、目標値より高いのに様子を見る、難治性の原因を精査しない、といった“放置のパターン”が明示されており、これは現場の点検・是正にもそのまま使える型です。
建築従事者向けに、医療の知見を借りた「イナーシャ予防チェック(例)」を提示します。
意外に効くのが「強化しない理由を書かせる」運用です。
医療でも、目標未達でも治療が強化されない背景に、時間制約や副作用懸念などの“納得できる理由”が混ざるとされます。
同様に建築でも、工程・コスト・施工性などの理由があるなら、理由を可視化したうえで代替案(工程調整、部分的な仮設、安全側の暫定措置)へつなげることで、惰性の固定化を防ぎやすくなります。
参考:クリニカル・イナーシャの定義(治療イナーシャ/診断イナーシャの整理)
青森県「(高血圧)クリニカル・イナーシャ、ゼロチャレンジ!」
参考:クリニカルイナーシャとリバースクリニカルイナーシャ、要因(時間制約・副作用懸念など)の解説
KISSEI Medical Navi「クリニカルイナーシャ」