

不動産業界における安全対策の基盤となるのが、リスクアセスメントの適切な実施です。リスクアセスメントとは、職場に潜在する危険性や有害性を事前に特定し、その重大性を評価して優先順位を決め、効果的な対策を講じる体系的な手法を指します。この手法を導入することで、事故や災害を未然に防ぎ、従業員や入居者の安全を確保できます。
参考)https://www.tokubetu.or.jp/risk_assessment.html
リスクアセスメントの基本的な手順は5段階に分けられます。第一段階では、機械設備、原材料、作業行動、環境などにおける危険性や有害性を特定します。具体的には、過去の災害発生状況、ヒヤリ・ハット事例、日常の作業手順などの情報源を活用し、従業員の死亡や怪我、健康障害につながる可能性のある要因を洗い出します。第二段階では、特定した危険性について発生可能性と重大性を評価し、リスクの大きさを見積もります。
参考)https://om.lakeel.com/column/detail47
厚生労働省「リスクアセスメントのすすめ方」
リスクアセスメントの具体的な進め方と評価基準について詳細な解説があり、実務での活用に役立ちます。
リスク評価の手法として、加算法、マトリクス法、リスクグラフ法の3つが主に用いられます。マトリクス法は最も基本的で、リスクの大きさを数値化せず表を用いて見積もる方法です。第三段階では評価結果に基づき優先順位を設定し、第四段階でリスク低減措置を検討・実施します。法令で定められた最低限の取り組みが守られているかを確認し、より安全な施工方法や材料がないかを検討することが重要です。最終段階では、導入した対策の効果を記録し、有効性を継続的に確認します。
参考)https://www.kaonavi.jp/dictionary/risk-assessment/
定期的な現場巡視は、安全対策における重要な実践活動です。職場を定期的に巡回し、事故につながる危険な要素が潜んでいないかをチェックすることで、問題の早期発見と改善が可能になります。危険要素を発見した場合には、設備や機器の改善、作業手順の見直しなどを迅速に行う必要があります。
参考)https://marketing.nitto-lmaterials.com/column/workplace-safety-measure/
安全パトロールでは、効果的なチェックリストの作成が不可欠です。チェックすべき主要なポイントとして、危険状態と危険行為の指摘と改善、設備・機械などの保安状況、各職種間の連絡調整状況、作業現場の4S(整理・整頓・清掃・清潔)状況、第三者に対する設備・防災対策状況、搬入する資材・機器材の状況、作業者に対する監督状況が挙げられます。国土交通省が公開している標準的なチェックリストを基礎としながら、現場の状況に応じてカスタマイズすることが効果的です。
参考)https://safie.jp/article/post_18673/
具体的なチェック項目としては、安全旗の掲揚状況、安全衛生管理体制表の有無、緊急時の連絡体制表の掲示、必要な作業への有資格者の配置、整理整頓の状態などが含まれます。また、階段や出入口への障害物の有無、消火栓や火災報知器周辺の資材配置、ガスボンベの転倒防止策、喫煙場所以外での喫煙の有無なども重要な確認事項です。消火器の設置状況については、障害物の有無、床から1.5メートル以下の高さへの設置、標識の設置、固定状態などを確認します。
参考)https://www.city.osaka.lg.jp/suido/cmsfiles/contents/0000597/597429/202304yousiki-24.xlsx
各部署や各社のトップが施設を巡視し、課題を把握することで、安全に関する組織文化の醸成と改善活動の推進につながります。グループ内外で発生した事故事例に関する情報共有や原因分析を行うことで、再発防止にも効果を発揮します。
参考)https://www.nishitetsu.co.jp/ja/sustainability/safety/group_management/building.html
従業員への安全教育と防災訓練は、安全対策を実効性のあるものにするための重要な取り組みです。企業には労働契約法第5条に基づき、従業員が安全かつ健康に働ける環境を確保する義務(安全配慮義務)があり、防災教育の実施はこの義務を果たす具体的な対応となります。地震や火災など予測できない災害が発生した際に、従業員が迅速かつ適切に行動できるよう、避難方法や応急処置の知識を事前に身につけることが不可欠です。
参考)https://www.pasona-ns.co.jp/column_wp/detail/160031.html
安全衛生教育では、労働災害を防ぎ、従業員の健康を保持・増進するため、労使が一体となって活動を推進することが重要です。現場で最前線の業務にあたる従業員は日々の作業をこなすことに精いっぱいで、自分たちの仕事を俯瞰して捉えきれずに小さなミスが頻発する状況を作ってしまうことがあります。そのため、安全衛生活動の意義を理解し、効率よく実行するためのリスク管理スキルを習得する研修が必要です。
参考)https://www.insource.co.jp/bup/bup_safety_hygiene.html
防災訓練には複数の種類があり、目的に応じて実施する内容を選択します。通報訓練では、火災発見時の119番通報や社内への連絡方法を習得します。消火訓練では、消火器や屋内消火栓の使用方法を実践的に学びます。避難訓練では、災害発生時の避難経路確認や避難誘導の手順を確認します。多くのお客様が集まる商業施設やオフィスビル、遊戯施設では、テナントや従業員、ビル管理会社と共同して毎年訓練を実施し、火災や地震などの緊急事態に備えています。
参考)https://income-club.jp/column/%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%81%AA%E6%8A%95%E8%B3%87%E7%89%A9%E4%BB%B6%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E3%82%A2%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%A7%E3%82%82%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA%E9%98%B2%E7%81%BD%E5%AF%BE
厚生労働省「職場のあんぜんサイト:各種教材・ツール」
安全衛生教育に活用できる教材や動画が無料で提供されており、効果的な研修実施に役立ちます。
従業員の安全意識を高める取り組みとして、協力会社の参加のもと安全パトロールを実施し、その結果を安全衛生大会で共有する方法があります。また、安全手順を記載した書類を複数の関係者で確認し、ヒューマンエラーによる事故を防ぐ活動も効果的です。
不動産業界において、建物の消防設備の適切な維持管理は法的義務であり、安全対策の中核をなします。延床面積が150平方メートル以上の共同住宅では、消防法により消防用設備などの設置が義務付けられており、具体的には100平方メートルごとの消火器および火災報知器の設置義務があります。収容人員が50人以上の建物については、所定の講習を受けた防火管理者を選任する必要があります。
消防用設備の定期点検は厳格に定められており、6か月ごとの機器点検と1年ごとの総合点検が必要です。機器点検では、消防用設備の適正な配置、損傷、機能について外観または簡易な操作により確認します。点検対象となる設備には、消火器、自動火災通知設備、避難器具、誘導灯、非常警報設備、連結送水管が含まれます。総合点検では、消防用設備の全部または一部を実際に作動させ、総合的な機能を確認します。
延床面積が1,000平方メートル以上で自動火災報知設備が設置されている共同住宅、または共同住宅の部分の床面積が延べ150平方メートル以上で建物の延床面積が300平方メートル以上の複合用途建物では、有資格者による点検が義務付けられています。点検結果は3年に1度(非特定防火対象物の場合)、所轄の消防長または消防署長に報告する必要があり、報告を怠ったり虚偽の報告をした場合は30万円以下の罰金または拘留の罰則を受ける可能性があります。
共同住宅の消防設備について(能美防災株式会社)
共同住宅用スプリンクラー設備の設置基準や維持管理について、わかりやすいまんが形式での解説資料が参照できます。
防災設備は大きく分けて、消火設備、警報設備、避難設備、消防活動用設備などがあり、建物の規模や目的に合わせた適切な設備選定が求められます。消防法に定められた屋内消火設備などの設置、専有部への消火器配備、自動火災報知設備などの設置が基本的な対策として講じられます。共用部には防災倉庫を設置し、有事の際の備えとなる防災備品を納品することも重要です。
参考)https://www.proud-web.jp/proud/safety/bousai/
事業継続計画(Business Continuity Plan:BCP)は、災害や事故による事業中断時に、復旧を図り早急に事業を再開・継続していくための計画です。不動産業界では、入居者の安全確保と事業継続の両立を図るため、BCPの策定が重要な安全対策となっています。
参考)https://bosai-times.anpikakunin.com/bcp-real-estate/
BCPの策定では、まず地震、津波、火災のような自然災害、電力や通信のような社会インフラの障害、感染症の世界的な大流行(パンデミック)、テロ攻撃など、事業の中断を引き起こす可能性のある事象を洗い出します。全ての災害・障害に対する計画を策定することは困難なため、地震のような突発的に発生する事象と、計画停電やパンデミックのようにある程度の時間をかけて発生する事象を分けて計画を策定することが推奨されます。
参考)https://www.jnsa.org/ikusei/04/16-03.html
事前の準備として、システムの冗長化が重要です。災害・障害発生時に情報システムの機能が失われないよう、停止時間の許容度に合わせて完全二重化、コールドスタンバイ、予備機のオプション発注などの方法を選び、組み合わせます。データバックアップも不可欠で、システムの近く、別の建屋、遠隔地などに利用目的に合わせて保管します。バックアップサイクルと場所を組み合わせることで、何段階かの予備を確保するのが安全かつ効率的です。
不動産業が抱える災害リスクとBCP策定の重要性
不動産業特有の災害リスクとBCP策定のポイント、実際の事例について詳しく解説されています。
就業場所や方法の多様化も有効な対策です。別の場所で業務が継続できるようオフサイト(遠隔地)のシステムや業務エリアを確保すること、在宅勤務を取り入れて万一の際に自宅から業務が継続できる仕組みを構築することも考えられます。
不動産業特有のBCP対策として、被害状況を迅速に把握する体制の構築、重要書類の保護、電子データのバックアップ、建物の耐震性能の確保などが挙げられます。災害が発生した際は、入居者や建物の状況を迅速に確認し、状況に応じた対策を講じる必要があり、大規模な物件では危機対応チームを設置し、災害時の行動ルールを事前に策定することが重要です。
参考)https://rengotai.rals.co.jp/column/housing-disaster-prevention
✅ 安全対策の取り組みチェックリスト
| 項目 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 📊 リスク評価 | 危険性の特定、リスクの見積もり、優先順位の設定を定期的に実施 |
| 🔍 現場巡視 | 月1回以上の安全パトロール、チェックリストに基づく点検 |
| 🎓 従業員教育 | 年2回以上の防災訓練、新入社員への安全教育の徹底 |
| 🔥 消防設備 | 6か月ごとの機器点検、1年ごとの総合点検、3年ごとの報告 |
| 📋 BCP策定 | 緊急連絡体制の構築、データバックアップ、代替拠点の確保 |
安全対策の取り組みは、法令遵守という観点だけでなく、従業員や入居者の生命と健康を守り、事業の継続性を確保するために不可欠な経営課題です。リスクアセスメントによる体系的な危険性の評価、定期的な現場巡視による問題の早期発見、実践的な従業員教育と防災訓練、消防設備の適切な維持管理、そして事業継続計画の策定という多層的なアプローチにより、安全で安心できる職場環境と物件管理を実現できます。
これらの取り組みを組織的かつ継続的に実施することで、事故や災害のリスクを最小限に抑え、万が一の事態が発生した場合でも迅速な対応と早期の事業再開が可能になります。不動産業界における安全対策は、単なるコストではなく、企業価値を高め、顧客からの信頼を獲得するための重要な投資として位置づけるべきです。
参考)https://www.nomura-re-hd.co.jp/sustainability/social/disaster.html