一酸化炭素中毒の治療とガイドライン適応基準

一酸化炭素中毒の治療とガイドライン適応基準

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一酸化炭素中毒の治療とガイドライン

この記事でわかること
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標準的な治療法

高濃度酸素投与と高気圧酸素療法の適応基準と効果について解説

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遅発性脳症の予防

間歇型一酸化炭素中毒の発症リスクと早期対応の重要性

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建築現場での予防対策

建設業における一酸化炭素中毒予防ガイドラインの具体的な実践方法

一酸化炭素中毒における高気圧酸素療法の適応基準

一酸化炭素中毒の治療において、高気圧酸素療法(HBO)は遅発性脳症の予防と神経予後の改善に有効な標準治療法として位置づけられています。2002年のWeaver らによる大規模臨床試験では、24時間以内に3回のHBOを実施した群において、6週間後の認知機能障害の発生率が25%、対照群の46%と比較して有意に低い結果となりました。この研究結果は、HBOが大気圧下酸素吸入(NBO)よりも明確に優れていることを示し、国際的な治療指針の基準となっています。
参考)http://www.jsomt.jp/journal/pdf/056040131.pdf

高気圧酸素療法の具体的な適応基準としては、以下のような症状が認められる場合に推奨されています。意識変容がある患者、短時間であっても意識消失の既往がある患者、一酸化炭素ヘモグロビン濃度が25%を超える患者、生命を脅かす心肺合併症を伴う患者、そして持続的な胸痛がある患者です。特に妊娠中の患者では、より低い血清CO濃度であってもHBOの実施を考慮すべきとされています。
参考)一酸化炭素中毒 - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュアル…

欧州の専門委員会が2004年に発表した治療指針では、神経症状が認められる場合や意識障害の既往があれば、2.5気圧で90分間のHBOを1~3回行うことが推奨されています。この治療により、常圧の100%酸素投与下で約90分かかるCOの半減期が約30分に短縮され、溶存酸素も0.3ml/dlから0.6ml/dlに増加することで虚血症状の改善が期待されます。日本においても、一酸化炭素ヘモグロビン濃度が20%以上の重症例では、通常は大気圧の2倍の2気圧で1時間の高圧酸素治療が必要とされています。
参考)一酸化炭素中毒に対する高気圧酸素療法 - 救命救急センター …

急性一酸化炭素中毒の治療の現状と課題(産業医科大学病院)- 高気圧酸素療法の国際的な標準治療としての位置づけとランダム化比較試験の詳細な解説

一酸化炭素中毒の症状と診断における注意点

一酸化炭素中毒の症状は血中一酸化炭素ヘモグロビン濃度と相関する傾向がありますが、診断には注意が必要です。濃度が10~20%の場合は頭痛や悪心が現れ、20%を超えると漠然としためまい、全身の筋力低下、集中困難、判断力の低下がみられます。さらに30%を超えると労作時呼吸困難、胸痛、錯乱が一般的となり、より高濃度では失神、痙攣発作、意識障害を来す可能性があります。​
診断において重要なのは、搬送中の酸素吸入や時間経過により血中COHb濃度が低くなる可能性があることです。医療機関に搬入時の症状が重篤であっても、血中COHb濃度が高値を示さないことはしばしば経験されます。実際、来院時の血中COHb濃度が10%以下であっても、発生時の状況と症状からCO中毒以外は考えられないと判断した事例も治療対象に含められています。このため、一酸化炭素濃度が低値であることを理由に毒性を除外してはならず、発生現場の状況と症状がより大きな診断根拠とされています。​
血液検査では一酸化炭素濃度を測定して診断を行い、新鮮な空気や酸素吸入で治療を開始します。動静脈較差はわずかであるため静脈血サンプルでも測定可能ですが、パルスオキシメーターは正常ヘモグロビンと一酸化炭素ヘモグロビンを区別できないため、偽性の酸化ヘモグロビン値上昇を示すことがあり注意が必要です。代謝性アシドーシスが診断の手がかりとなることもあります。
参考)「一酸化炭素中毒」とあなたの症状との関連性をAIで無料チェッ…

一酸化炭素中毒の遅発性脳症と間歇型の特徴

一酸化炭素中毒における遅発性脳症(間歇型一酸化炭素中毒)は、急性期の症状が改善した後、数日から数週間後に精神神経症候が発生する病態です。認知症、精神症、パーキンソニズム、舞踏運動、健忘症候群などの症状が曝露から遅れて現れ、恒久的になる可能性があります。間歇型では自発性の低下や認知機能障害、歩行障害などが現れますが、これらは他のさまざまな疾患でも見られる症状であるため、一酸化炭素にさらされた状況の有無が分からないと診断に苦慮することがあります。
参考)一酸化炭素中毒 (いっさんかたんそちゅうどく)とは

遅発性脳症の発症の危険因子として、6時間以上のCOへの曝露、GCS合計点が9未満、痙攣、収縮期血圧の低下などが挙げられています。長時間の一酸化炭素への曝露があった症例では、来院時に低濃度のCO-Hb濃度であっても遅発性脳症の発症に注意しなければなりません。実際の症例では、練炭を焚いた後にはCO-Hb濃度が上昇したものの、火が消えたために経過とともに血中濃度が低下した可能性があり、来院時の濃度だけでは判断できないケースが報告されています。
参考)https://jsct-web.umin.jp/wp/wp-content/uploads/2017/03/26_1_54.pdf

MRIによる白質病変の確認が遅発性脳症発症のリスク評価に有用です。白質病変を認めた場合には遅発性脳症発症のリスクが高いと考え、予防的に早期からHBOを考慮する必要があります。高気圧酸素療法により急性期のCO排泄促進効果が認められており、24時間以内の導入が望ましいとされています。遅発性脳症の50~75%は1年以内に症状の改善ないし消失するとされていますが、早期からの認知リハビリテーション導入も重度障害例において有用であることが報告されています。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_19820

一酸化炭素中毒(済生会)- 間歇型一酸化炭素中毒の症状と早期診断のポイント、高圧酸素療法の重要性について

一酸化炭素中毒の緊急時における治療手順

一酸化炭素中毒が疑われる場合、患者を直ちにCO源から離し、高濃度酸素投与を速やかに開始することが最優先です。100%酸素を非再呼吸式マスクで投与し、組織低酸素状態を解除することが重要となります。CO-Hb値が低値でも組織内COの排出は遅延するため、通常6時間以上を要することから、継続的な酸素投与が必要です。​
全身状態が悪い場合には、気管挿管を行い人工呼吸器管理を実施します。これにより意識障害下でも確実に100%酸素投与と十分な換気ができます。代謝性アシドーシスの治療については、酸素運搬能を低下させるため、少なくともCO-Hbが正常化するまで行わないことが推奨されています。​
重症の場合には高気圧酸素療法の検討が必要です。2~3倍の気圧下で100%酸素を投与する治療法で、CO-Hbの半減期を平均20分程度に短縮できます。適応基準としては、CO-Hb値が25~40%以上、頭部CTおよびMRIで異常所見を認めた場合などが該当しますが、国内の主な稼働施設は減少傾向にあるため、患者の状態や搬送リスクなどを考慮して適応を決定する必要があります。特に大災害で多傷病者同時発生時には人工呼吸器管理までで対応せざるをえないこともあり、治療体制の整備が課題となっています。​

建築現場における一酸化炭素中毒の予防対策とガイドライン

建設業では一酸化炭素中毒が多く発生していることから、厚生労働省は平成10年6月1日に「建設業における一酸化炭素中毒予防のためのガイドライン」(基発第329の1号)を策定しました。このガイドラインでは、労働衛生管理体制、作業管理、作業環境管理、警報装置、呼吸用保護具、健康管理、労働衛生教育の7つの柱で構成されています。
参考)「送検事例」作業員3人が一酸化炭素中毒。会社と職長を送検。 …

工事着手前の対策として、立坑の形状、気積、自然換気の状態と排気ガスの量等各種条件を統合して、一酸化炭素中毒を防止できる有効な換気計画を立案することが重要です。エンジン式発電機、エンジン式水中ポンプ、投光器(エンジン式発電機付)、エンジン式コンクリートカッターなどの使用時には、十分な換気が確保されているか一酸化炭素ガス濃度計で確認する必要があります。
参考)一酸化炭素中毒 ココが危ない

作業中の安全対策として、ガス検知警報機で安全確認を行い、濃度の高い現場では呼吸用保護具を使用します。ただし防じんマスクは一酸化炭素を防ぐことができないため使用してはなりません。防毒マスク、給気式送気マスク、自給式呼吸器などの適切な保護具を状況に応じて選択する必要があります。閉め切った車庫内で自動車のエンジンをかけっぱなしにしないこと、一酸化炭素探知機を設置して空気中にCOが漏れ出していることを早期に警告できる体制を整えることも予防の基本です。​
建設業における一酸化炭素中毒予防のためのガイドライン(埼玉県土木建設業協会)- 建設現場での災害事例と具体的な予防対策、法令に基づく措置について

一酸化炭素中毒治療における課題と医療体制の現状

日本における一酸化炭素中毒治療には、いくつかの重要な課題が存在しています。一つは、日本高気圧環境・潜水医学会が2003年から一人用の治療装置での人工呼吸器使用を禁止していることです。これは人工呼吸器の弁の劣化による不具合が生じたためですが、欧米では一人用の治療装置での重症患者を対象とした人工呼吸器使用は日常的に行われており、この制限が救急・集中治療を行う際の弊害となっています。​
もう一つの大きな課題は、日本のHBO治療費が欧米やアジア諸国と比べて極端に抑えられていることです。一人用のみならず大型装置の維持経費では不採算性が高いとされ、治療装置を閉鎖する施設が出てきています。このような状況から、救急車による隣県への患者搬送が困難なケースや、ドクターヘリの整備が限定された地域であることから、CO中毒の治療が困難な地域が生じているのが現状です。​
高気圧酸素治療の効果に関するエビデンスについては、以前にも増して議論があり、有害性を示唆した研究もあります。高気圧酸素治療を考慮する場合、中毒情報センターまたは高圧治療の専門家のコンサルテーションが強く推奨されています。本療法は気圧外傷を引き起こす場合があり、大半の病院では利用できないため、不安定なことがある患者を搬送する必要があるという問題もあります。欧米では治療効果だけではなく費用対効果の面からも検討されており、感染症や創傷治癒でのHBOによる医療費削減の効果が顕著であることから同装置の急速な普及に至っていますが、日本ではこのような検討が遅れているのが実情です。​