
柔構造と剛構造は、地震に対する建築物の構造設計における代表的な考え方で、それぞれ異なるアプローチで耐震性を確保します。剛構造は地震力に対して強固に抵抗する構造で、柱や梁を太くし、耐震壁やブレースを設けることで建物を強剛につくり、地震時の変形をできるだけ少なくします。一方、柔構造は建物に十分なしなやかさと変形能力を与え、建物の揺れの固有周期を長くすることで、作用する地震力を全体として小さくしようとする構造です。
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これら二つの構造形式は、1920年代の関東大震災直後に「柔剛論争」として大きな議論を巻き起こしました。当時は応答解析を気軽に行える時代ではなく、観測された地震動のデータも限られていたため、明快な結論が出ないままうやむやになりましたが、両者の主張は非常に面白く、今でも参考になる内容です。現在ではコンピューターで振動の周期や時間差の影響を考慮してシミュレーションを行うことができるようになり、一定の結論が出ています。
参考)柔構造と剛構造に関する誤解
エネルギーの観点から考えると、柔構造は「変形能力が高い」から壊れない、剛構造は「変形自体を小さくできる」から壊れないという主張になります。エネルギーは「力×変位」で表されるため、柔らかくてもたくさん変形すればエネルギーは大きくなり、硬ければ少しの変形でエネルギーが大きくなるという関係があります。
剛構造は、耐震壁やブレースによって建物を強固に構成し、外力を受けても変形しにくい構造体を作り上げます。地震が発生すると建物全体が地盤とともに揺れますが、強固な耐震壁で固定されているため振動や変形が少なく揺れにくいという特徴があります。ただし、一度揺れてしまうと建物全体が地盤とともに揺れるため、高層ビルに用いると下層階よりも上層階が大きく揺れてしまうリスクがあります。
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柔構造は、建物が柔軟に揺れることで地震の力を吸収しやすくする構造です。地震は基本的にガタガタと素早く揺れることが多いですが、建物がゆっくりと揺れるようになることで、地面と建物の揺れ方が異なり力が伝わりにくくなります。これは「柳に風と受け流し」全体として小さな破壊力しか作用しないという性質で、力を真っ向から受け止めるのではなく、受け流すようなイメージです。
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柔構造に明確な定義はありませんが、建物の周期が1.5秒以上のものを指すこともあります。これは主要な揺れの周期が1~1.5秒となる地震の観測記録がいくつかあったためで、地震動よりも周期を長くすれば建物に生じる力は小さくなるという考え方に基づいています。ただし現在では「長周期地震動」と呼ばれるさらに周期が長い地震動も複数観測されており、新たな課題となっています。
硬くしやすい建物は硬く、柔らかくしやすい建物は柔らかくするのが効率的という原則があります。具体的には、硬くしやすい建物とは低層の建物、柔らかくしやすい建物とは高層の建物です。建物は高ければ高いほど変形しやすくなり、柔らかくなりがちという性質があります。
壁がたくさん入った低層の建物は剛構造で、柱と梁だけで構成されている超高層ビルは柔構造です。低層建築では剛構造が一般的に採用され、高層ビルでは柔構造が採用されることが多いのはこのためです。超高層ビルを剛構造にするにはとんでもない量の柱や壁が必要になり、建物自体が重く、地上に近い階は重さを支えるために柱と壁ばかりになってしまいます。
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木造住宅については、どれだけ柔らかくしようとしても剛構造に分類されます。木造住宅はその構造や建築年代によって大きくばらつきますが、かなり古くて柔らかいものでも周期は0.5秒程度で、最新の基準に適合した建物であれば0.3秒程度です。周期を3倍の1.5秒まで伸ばすには硬さを1/9まで下げなくてはならず、これは現実的ではありません。したがって、木造住宅の耐震性を高めるにはできるだけたくさん壁を入れて建物を硬くするのが正解となります。
剛構造のメリットは、比較的スピーディーかつ安価に建設できることです。強固な耐震壁で固定しているため振動や変形が少なく揺れにくい構造で、低層や中層の建物に利用されやすいという特徴があります。低層の強剛な建物は変形が少なく、それなりに大きな破壊力が作用しますが、耐震壁やブレースで十分に抵抗させることができます。
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剛構造のデメリットは、建物全体が変形せずに揺れてしまうため、高層ビルなどに用いると下層階よりも上層階が大きく揺れてしまうリスクがあることです。また、地震で一度揺れてしまうと建物全体が地盤とともに揺れてしまうという問題もあります。
柔構造のメリットは、周期の長い柔軟な建物には地震を「柳に風と受け流し」全体として小さな破壊力しか作用しないという点です。高層ビルに用いると建物全体の衝撃を吸収し倒壊を防ぎやすくすることが可能で、地震の影響を通常の建物の約1/3から1/5に軽減できます。
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柔構造のデメリットは、一般的に剛構造よりもコストがかかることです。これは柔構造には剛構造よりも多くの部材と接合部が必要だからです。また、振動周期を長くしてゆっくり揺れることで衝撃を抑えているため、地震が止まっても建物全体はしばらく揺れ続けることに注意が必要です。
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耐震構造は剛構造と柔構造に分類されますが、これらとは別に制震構造と免震構造という技術も存在します。制震構造は建物のなかに地震エネルギーを吸収する特別な装置を持つ構造で、地震力を70-80%軽減できます。制震装置だけでは効果がなく、耐震構造とセットで組み込むことで効果が発揮されるため、耐震を「剛」とすれば制振は「柔」といえます。
参考)地震に強い住まいは「剛」と「柔」で考える
免震構造は地震の影響を通常の建物の約1/3から1/5に軽減できる技術で、高層ビルでよく使用されます。免震構造はいかに地震の揺れを建物に伝えないか工夫をするタイプで、個人的なイメージとしては、耐震は揺れに対してガンガン闘うタイプ、制震は相手の力を受け入れて利用する柔道家タイプ、免震はいかに相手をリングに上げないか工夫をするタイプといえます。
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柔構造建築物は地震の力とともに揺れることで、揺れが建物全体にエネルギーを分散させます。一方、剛構造は地震に対して強固に立ち続けるよう建設されており、地面が揺れても立ち続けます。どちらのタイプがより良いということはなく、昔から「柔剛論争」として議論されてきましたが、実際には建物の用途や使い方、構造種別、高さ、規模などによって設計者が適切に判断する必要があります。
参考)https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/3399/240301_taishinsekkeitoha.pdf
柔構造と剛構造の建設コストにおいて差異が生じる主な項目は、基礎工(杭および沈下抑制工)、地盤の沈下すり付け対策工、仮設工、継手の4項目です。柔構造は剛構造に用いられてきた支持杭を使わないなどの点で、建設コストの縮減が図れる場合があります。ただし、一般的な建築物においては、柔構造は剛構造よりも多くの部材と接合部が必要となるため、コストがかかることが多いです。
参考)一般社団法人 九州地方計画協会
剛構造のメリットは比較的スピーディーかつ安価に建設できることで、すばやく工場や倉庫を用意したい場合は、膜構造建築物であるテント倉庫などが優れたソリューションとなります。大まかな考え方では、同じプラン(重さ)の建物の剛構造(強度型)と柔構造(靭性型)の建物では、大体同じ地震エネルギーを消費することができ、つまり同じ耐震性能を持っています。
参考)高耐震化を広める
柔構造の代表的な事例としては、日本の五重塔が挙げられます。五重塔のように、揺れを分散させることで倒壊を防ぐ仕組みが採用されており、古くから日本にある五重塔が地震で倒れたことがないのは、高層ビルの構造に似通った性質が備わっていたためと解釈されています。また、超高層ビルでは柔構造が採用されることが多く、堅い地盤立地を前提に、変形能力の大きい超高層ビルを合理的に建設することが可能となりました。
柔構造と剛構造の詳細な定義と対比(不動産用語の専門解説)
構造技術者による柔構造と剛構造の詳細解説(エネルギー理論と実例)
日本の建物の耐震性と免震・制震構造の比較(総合的な耐震技術解説)