

金融商品取引法の「禁止行為」の中でも、現場の情報発信と相性が悪いのが「風説の流布」「偽計」です。金融庁は、相場の変動を図る目的で、うわさ等(合理的根拠のない風評)を不特定多数へ伝える行為が「風説の流布」として金商法158条で禁止される、と明確に説明しています。
また「偽計」も同じ158条で禁止され、他人に錯誤を生じさせる詐欺的・不公正な策略や手段を用いることだと整理されています。
ポイントは「嘘を言ったか」だけではなく、根拠の薄い話を“相場を動かす目的”で拡散したり、見た人の判断を誤らせるような仕掛けを使ったりすると問題化し得る、という発想です。
建築従事者の文脈で想定されるのは、たとえば「〇〇社の工場、稼働止まってる」「資材が入らず納期が破綻するらしい」など、施工現場の観察や噂をSNS・掲示板に書くケースです。一般には“現場あるある”の雑談でも、対象が上場企業だったり、材料調達・大型受注・災害損失のような投資判断に影響し得る話だったりすると、読み手は株価材料として受け取ります(ここが危険な接点です)。
参考)不公正取引規制違反に係る課徴金制度について:証券取引等監視委…
さらに金融庁は、実際に電子掲示板への虚偽情報掲載で株価が動いた後に売却して利益を得た、という「風説の流布」適用の事例イメージも示しています。
建築現場の写真1枚でも、看板・搬入車両・資材置場から取引先や工程が推測され、結果として「根拠の薄い確度で断定する投稿」になりやすい点は、意外に盲点です。
「相場操縦」も、金融商品取引法の代表的な禁止行為で、公正な価格形成を阻害し投資者に不測の損害を与えるため禁止される、と金融庁は説明しています。
JPXも、相場を人為的に変動させ、それが自然な需給で形成されたかのように装い、他人を誤認させて利益を図るものが相場操縦取引だと定義しています。
つまり「チャートを動かす」だけでなく、“自然に見せかける”“他人を誤認させる”構造が中心にあります。
具体例として金融庁は、仮装売買(自分の売りと買いを同時期同価格でぶつける)や馴合売買(複数者が通謀して同時期同価格でぶつける)を159条1項で禁止と説明しています。
また、159条2項の「変動操作取引」について、連続した高指値注文で株価を引き上げたり、下値に大量の買い注文を入れて下落を抑えたり、終値直前に関与したりする形を例示しています。
JPXは「見せ玉」も例として挙げ、約定させる意思のない注文を出して第三者の注文を誘発し相場を動かして有利に売買する行為、と説明しています。
参考)風説の流布
ここで“意外に知られていない実務の怖さ”は、本人に「操作している自覚」が薄いケースがあることです。JPXはFAQ等で、典型類型として「終値が重要(評価に使われる)なので特に注意が払われる」ことや、期末にインセンティブが働きやすい点を述べています。
たとえば法人の資産評価、担保評価、運用報告などの都合で「期末の終値だけは高く見せたい」という誘惑が生まれ、終値関与的な発注が疑われる場面がある、という話は投資家界隈の常識でも、建築業の人には馴染みが薄いはずです。
普段は“普通の売買”に見えても、時間帯・反復性・数量・注文取消の癖など、外形から「不公正取引につながるおそれ」として分析される点は押さえる必要があります。
金融庁は、上場会社等の役職員などの会社関係者が、職務等で知った「重要事実」が公表される前に、その会社の株券等を売買することを内部者取引として禁止している、と整理しています。
さらに、会社関係者から重要事実の伝達を受けた第一次情報受領者も対象になり得ることが明示されています。
建築従事者はここが刺さりやすく、工事請負・設備更新・工場建設・災害復旧などの案件で、元請・施主・監理・協力会社・サブコンが“重要事実に接近しやすい位置”に入りがちです。
重要事実の例として金融庁は、新株等発行、合併、業務提携、災害損害、主要株主異動、業績予想修正などを挙げています。
建築の現場目線に置き換えると、次のような情報は「投資判断に影響を及ぼす情報」に接続しやすいです。
金融庁は「重要事実の発生時期」について、取締役会決議などの正式な機関決定よりも早い時期に、実質的な決定があったと認定されるのが通常、とも説明しています。
つまり「まだニュースになってない」「正式発表前」「社内で固まりつつある」段階で取引すると、内部者取引リスクが一気に上がる、という設計です。
現場では「来月発表らしい」「もう内々では決まってる」程度の空気感が流れることがありますが、その曖昧さこそが危険で、触れた時点で“取引しない・他人に勧めない・投稿しない”が安全側になります。
金融商品取引法の禁止行為は、発覚すると「課徴金(行政)」「刑事罰(刑事)」の両面が視野に入ります。金融庁は、不公正取引規制違反に係る課徴金制度について、内部者取引等の抑止と実効性確保のための行政上の措置として位置づけ、対象行為に「風説の流布・偽計」「仮装・馴合売買」「変動操作取引」「違法な安定操作取引」「内部者取引」を挙げています。
また課徴金額は、利得相当額を基準に算定される旨が示され、各類型ごとに「違反行為後1か月の最安値(最高値)で評価した価額との差額」などの考え方が記載されています。
ここが実務上の怖い点で、利益を確定していなくても、ポジション評価や基準期間で“利得相当”を算定される作りになっていることがあります。
さらに金融庁は、過去5年以内に課徴金対象になった者が再度違反した場合、課徴金を1.5倍に加算する制度があることも示しています。
「一度やらかすと次が重い」設計なので、会社としては“初動の火消し”より“未然防止(教育・手順)”に投資した方が合理的です。
JPXも、相場操縦等が疑われる取引を日々分析し、不公正と疑われる取引は証券取引等監視委員会に報告している、と監視体制(売買審査)を説明しています。
刑事面については、少なくとも「風説の流布」が金商法158条で禁止であること、そして悪質な不公正取引が摘発・告発に至り得ることを金融庁・JPX双方が明確に示しています。
建築業の人からすると「自分は金融の人間じゃない」と思いがちですが、株を保有していなくても、情報発信が市場に影響する形になると論点に入ってきます(特に匿名掲示板・SNS・動画の切り抜きなど)。
業務の延長にある発信が、思わぬ形で“相場を動かす材料の一部”として消費されるのが、現代的なリスクです。
検索上位の解説は、条文や典型例(見せ玉・仮装売買・インサイダー)中心になりがちですが、建築従事者には別の危険ルートがあります。金融庁が例示する「電子掲示板などに虚偽情報を掲載し、不特定多数が閲覧できる状態に置く」類型は、いまのSNS運用(写真+短文+憶測)と構造が非常に近いからです。
現場の“それっぽい推測”が、投資家コミュニティでは断定調で再拡散され、結果的に「風説」扱いに近づくことがあります。
しかも投稿者が「投資目的ではない」つもりでも、相場の変動を図る目的が推認されるかどうかは、投稿内容・タイミング・関連取引など周辺事情で見られ得るため、軽視できません。
実務で効く対策は、「投稿していい情報の棚卸し」を会社単位・現場単位で決めることです。金融庁は投資判断に重要な影響を及ぼす情報の例を挙げており、そこに触れそうな現場情報を“投稿禁止ゾーン”として扱うのが現実的です。
加えて、株式投資をしている従業員がいる会社では、「現場で知った話に触れた期間は当該銘柄を売買しない」など、内部者取引を疑われない運用ルールも検討余地があります。金融庁が示すとおり、重要事実は正式決定前でも実質的決定の早期に認定されやすいので、“グレーは取引しない”が最も安上がりな防御になります。
最後に、日常的な会話でも、情報の受け渡しで第一次情報受領者に当たり得る構造がある点は、現場の朝礼で共有しておくと事故が減ります(「知ったら取引しない・拡散しない」を合言葉にするだけでも効果があります)。
風説の流布・偽計(158条)や課徴金制度の一次情報。
金融庁:不公正取引規制違反に係る課徴金制度(風説の流布・偽計・相場操縦・内部者取引の定義、具体例、課徴金算定の考え方)
相場操縦・見せ玉の具体例と監視の仕組み。
JPX:相場操縦規制(相場操縦の定義、見せ玉など例示、売買審査の説明、FAQ)