
洗掘とは、水流や波の力によって河床や海底、構造物周辺の土砂が削り取られる現象です。この現象は河川構造物や海洋構造物の安定性を著しく損ない、最悪の場合は崩壊を引き起こす危険性があります。特に近年の気候変動による豪雨の増加や台風の大型化により、洗掘被害のリスクは高まっています。
建設業界に携わる技術者として、洗掘のメカニズムを理解し、適切な防止対策を講じることは非常に重要です。本記事では、洗掘の原因から最新の防止工法まで、実務に役立つ知識を詳しく解説していきます。
洗掘は主に水の流れによって引き起こされます。河川や海洋では、構造物周辺で流れが変化し、局所的に流速が上昇することで洗掘が発生します。特に橋脚周りでは馬蹄形渦と呼ばれる下降流が発生し、基礎部分の土砂を削り取ります。
洗掘防止の基本的な考え方は以下の3つに分類できます。
特に流況制御は洗掘防止の要となります。水流を分散させることで、一箇所に集中する水の力を弱め、洗掘の進行を抑制します。例えば、橋脚の形状を流線型にしたり、導流壁を設置したりすることで、局所的な流速の上昇を防ぎます。
また、最近の研究では、六角形構造を用いた流れの分散が効果的であることが明らかになっています。英国で開発された「ヘックスディフェンス」は、六角形の形状を活かして水流を効率よく分散させ、洗掘を大幅に軽減する新しい技術です。
日本土木学会による洗掘メカニズムと対策工の効果に関する研究論文
洗掘を防ぐための水防工法には、様々な種類があります。現場条件や予算に応じて最適な工法を選択することが重要です。
1. シート張り工法
堤防が洪水流によって洗掘や漏水などの被害を受けた場合に使用する工法です。防水シートの上下や中間に竹などを取り付け、決壊している場所を覆うようにシートを下ろし、重石として土嚢を取り付けます。緊急対応に適した工法で、比較的簡単に施工できる利点があります。
2. 木流し工法
主に急流部での流水の緩和を目的として使用する工法です。竹や枝葉の茂っている樹木を根元から切り、枝に土嚢や石俵などを取り付けます。次に鉄線で縛った根本の一端を留杭に結束して、流しかけることで固定します。この工法は堤防決壊の拡大防止や波欠け防止に効果的です。
3. 捨石工法
適当なサイズの石を水中に沈める工法です。主に水際の洗掘防止のために用いられ、水流を弱めるために水中に投入されます。河床に基礎を作る際にも捨石が用いられるため、防波堤の基礎マウンドの建設工事にも活用されています。
4. 袋型根固め工法
網状の袋材に石材を充填した袋型根固材を用いる工法です。防波堤や河川堤防の浸食対策として技術開発が進められ実用化されており、安定性、施工性、維持管理性、経済性の観点から優れています。特に洋上風力発電設備支持構造物周りの洗掘防止工としても期待されています。
5. アスファルトマット工法
不透水性で自重の大きなアスファルト合材を使用し、洗掘孔の発達や底質の吸出しを抑制する工法です。海洋構造物の捨石マウンドや消波ブロック等の基礎法先に敷設され、その自重とたわみ性によって洗掘孔の発達を防ぎます。
砕石ユニットは、袋体の中に砕石などの塊状物を充填したもので、洗掘防止工として広く使用されています。特に海洋構造物や橋脚周りの洗掘対策に効果を発揮します。
砕石ユニットの効果的な配置方法として、以下のポイントが重要です。
特に注目すべきは、砕石ユニットの大きさと配置の関係です。基礎に近い部分には小さめの砕石ユニットを、外側に向かって徐々に大きなユニットを配置することで、水流による力を効果的に分散させることができます。
また、砕石ユニットの形状も重要で、平面が円形に近い形状のものが水流による移動に対して安定性が高いことが知られています。最近では、六角形の砕石ユニットが注目されており、従来の円形や方形のユニットよりも安定性と施工性に優れているという研究結果も出ています。
近年、再生可能エネルギーの一環として洋上風力発電の導入が進んでいますが、海底に設置される支持構造物(モノパイルなど)周辺では洗掘が大きな課題となっています。特に日本の外洋(一般海域)は厳しい気象海象条件にさらされるため、適切な洗掘防止対策が不可欠です。
洋上風力発電設備における洗掘の特徴は以下の通りです。
これらの課題に対応するため、様々な洗掘防止工法が開発・適用されています。特に注目されているのが袋型根固材を用いた洗掘防止工法です。この工法は、網状の袋材に石材を充填したもので、安定性、施工性、維持管理性、経済性の観点から優れています。
また、英国で開発された「ヘックスディフェンス」という六角形構造を活用した洗掘対策ソリューションも注目されています。この技術は、最も効率よく水流を分散できる形として六角形を採用し、従来のロックバッグ(石を詰めた袋)の使用量を減らすことで、初期投資(CAPEX)と運用コスト(OPEX)の両方を削減できるとされています。
洋上風力発電設備の洗掘対策では、施工時のコストだけでなく、運用後のメンテナンスコストも考慮した総合的な判断が重要です。適切な洗掘防止対策を講じることで、設備の安全性向上と長寿命化、さらにはライフサイクルコストの低減が期待できます。
港湾空港技術研究所による洋上風力発電設備の洗掘防止工法に関する研究
洗掘防止技術の最前線として、六角形構造を活用した新しいアプローチが注目を集めています。特に英国のバルモラル社が開発した「ヘックスディフェンス」は、従来の洗掘対策に革新をもたらしています。
六角形構造が洗掘防止に効果的な理由は以下の通りです。
この技術は特に着床式洋上風力発電の分野で注目されています。風車のパイルと海底が接する箇所や、埋設された電力ケーブルが海中に露出する箇所の付近で発生する洗掘に対して、効果的な対策となります。
従来の洗掘対策では、大量の石を詰めた「ロックバッグ」を海底に敷き詰める方法が一般的でしたが、この六角形構造を活用することで、ロックバッグの数量を減らし、新設時の運搬・設置コストだけでなく、運用後のメンテナンスコストも大きく低減できるという利点があります。
また、洗掘を防いで電力ケーブルの海中への露出箇所をできるだけ短くすることで、ケーブルの保護材などの使用量も抑えることができます。これにより、初期投資(CAPEX)と運用・保守費用(OPEX)の両方のコストダウンに貢献します。
この技術は石油・ガス分野での潮流による振動防止ソリューションの知見を応用して開発されたもので、洋上風力発電以外の海洋構造物にも応用可能性があります。日本の厳しい海象条件下での適用性についても、現在研究が進められています。
WIND JOURNALによる六角形洗掘対策ソリューションの詳細記事
洗掘防止対策を施した後も、定期的な点検と適切な維持管理が非常に重要です。特に道路橋などの重要インフラでは、洗掘による被害を早期に発見し対処することが、大規模な修繕や最悪の場合の崩壊を防ぐ鍵となります。
道路橋の定期点検において、洗掘は考慮すべき重要な変状の一つとして位置づけられています。国土交通省の「道路橋定期点検要領」では、水中部の状態把握に関する技術的な留意点が示されており、橋の健全性診断に必要な洗掘状態の把握方法が詳しく解説されています。
点検と維持管理のポイントは以下の通りです。
特に注意すべきは、洪水後の点検です。大規模な出水後は河床の状態が大きく変化している可能性があるため、速やかに点検を実施することが重要です。また、河川の上流域での砂防ダムの建設や河道の変更など、河川環境の変化も洗掘に影響を与える可能性があるため、周辺環境の変化にも注意を払う必要があります。
維持管理の観点からは、初期の小規模な洗掘を放置せず、早期に対策を講じることが重要です。小規模な補修を適切なタイミングで実施することで、大規模な修繕や再構築にかかるコストを大幅に削減できます。
国土技術政策総合研究所による道路橋の洗掘に関する維持管理資料
洗掘防止対策は一度実施して終わりではなく、継続的な点検と維持管理が必要な「生きた技術」です。適切な維持管理計画を立て、定期的な点検を実施することで、構造物の安全性と長寿命化を確保しましょう。
洗掘防止技術は日々進化しています。最新の技術動向を常に把握し、現場条件に最適な対策を選択することが、建設技術者としての重要な役割です。本記事が皆様の現場での洗掘対策の一助となれば幸いです。