
切欠(きっかけ、または「きりかき」)は、建築業において木材の一部を削り取って形を変える加工技術を指します。正確な表記は「切り欠き」が辞書的には正しいとされていますが、建築現場の図面や現場メモでは「切欠き」と略して表記されることが一般的です。建築構造の教科書でも「切欠き」という表記が使われています。
この加工は、木造建築において木材同士を正確に、そして強固に組み合わせるための基本的な技術であり、日本の伝統工法から現代のプレカット工法まで幅広く活用されています。構造材の面の一部を横断的に細長く切り取った溝のような部分を作り出すことで、部材間の接合を実現します。
木材をそのまま重ねるだけでは、地震や風などの外力によってズレてしまう危険性があります。切欠き加工を施すことで、部材同士がかみ合い、接合部に「抵抗力」が生まれます。これにより構造全体の強度が大幅に向上するのです。
日本の伝統的な木造建築では、金物を使わずに木材だけで組み上げる「木組み」が基本技術でした。この木組みの要となるのが「切欠き」「ほぞ」「仕口」といった加工技術です。在来工法においても、これらの技術は現在も欠かせない要素として受け継がれています。
さらに、木材は温度や湿度によって反りや伸縮が生じる「生きた」材料です。精密な切欠き加工を行うことで、こうした木材特有の動きにも対応でき、長期的な建物の安定性を保つことができます。現代の家づくりにおいても、技術が進化した今でも切欠きは欠かせない加工として活用されています。
切欠き加工には、用途や接合方法によっていくつかの種類があります。代表的なものが「相欠き継ぎ」で、これは両方の部材に切欠き加工を行い、お互いをはめ込む方法です。部材を十字に組み合わせる際に多く使われます。
一方、片側だけを切り欠く方法もあり、これは一方の木材だけに溝を作り、もう一方の部材をはめ込む接合方法です。用途に応じて切欠きの深さや幅を調整することで、必要な強度を確保します。
加工の手順としては、まず切欠きたい部分に墨線を引きます。木材が厚さ30mmなら、通常は半分の15mmで切欠きます。丸ノコを使って3mm間隔程度で複数回カットし、細かい溝を作ります。その後、ハンマーで横から叩いて切り込み部分を折り、ノミで残った凸凹を削り取ってきれいに仕上げます。
現在の住宅建築では、プレカットと呼ばれる工場での事前加工が主流となっており、切欠き加工も機械で精密に行われます。これにより施工の効率化と品質の安定化が実現していますが、一方で断面欠損の問題も指摘されています。
切欠き加工を行うと、必然的に断面欠損が発生します。これは柱や梁などの構造材の断面寸法が小さくなることを意味し、耐力に大きな影響を与えます。
梁の性能は材種、断面、欠損の有無という3つの要素で決まりますが、特に欠損の程度が性能評価を大きく左右します。木造住宅の構造計算で使われる専門書によると、梁の中央に欠損がある場合、欠損の大きさによって欠損がない場合と比べて最大30%もたわみが大きくなります。
さらに深刻なのは曲げ強度への影響です。梁の中央に欠損がある場合、欠損の大きさによっては欠損がない場合の35%の性能しかなくなる、つまり35%の力で折れてしまう可能性があるのです。これは建物の安全性に直結する重大な問題です。
特に注意が必要なのは、梁の引張側(通常は下側)の切欠きです。梁材の引張側の欠込みは梁成の1/3以下と規定されており、それを超える欠損は構造上の弱点となります。建築基準法施行令第44条でも「はり、けたその他の横架材には、その中央部付近の下側に耐力上支障のある欠き込みをしてはならない」と明確に規定されています。
熊本地震では、柱と梁の接合部の破壊により倒壊した建物が多数報告されており、プレカット加工による断面欠損の問題が改めて注目されています。
住宅医協会による梁の断面欠損に関する詳細な解説(構造計算の専門家による欠損評価の実務ガイド)
切欠き加工の施工においては、精度の確保が最も重要です。加工する寸法を実際の寸法より0.5mm程度狭く切欠くことで、仕上がりはハンマーで叩き込むくらいのタイトな嵌合が理想的です。緩すぎると接合部の強度が不足し、きつすぎると材が割れる危険があります。
節のある部分は材が固いため、切り込みを多めに入れることで後の加工が楽になります。また、切欠き部分には木工用ボンドを塗布し、ビスやボルトで固定することで、より強固な接合が実現できます。
プレカット工法では、工場で機械加工されるため精度は高いものの、いくつかの課題があります。まず、データミスや入力ミスが全体に波及する恐れがあり、加工後の修正が困難です。また、プレカット加工では断面欠損が大きくなる傾向があり、安全性に疑問が持たれる場合もあります。
現場での対応としては、羽柄材(間柱、筋交い、窓まぐさ)のプレカットでは、曲がりや大きさを吟味し、微調整を行いながら納める技術が求められます。シングル筋交いの出入り調整は、間柱の中心部に桟を欠き込み、直接筋交いの曲がりを押すか引っ張ることで調整できます。
検査のポイントとしては、切欠きの深さと位置が設計図通りであるか、特に梁の中央部下側に過度な欠損がないかを確認することが重要です。また、接合部の金物が適切に設置され、木材の切欠きが最小限に抑えられているかもチェックすべき項目です。
木構造における切欠きの基礎から応用までの解説(建築士による実務ガイド)
既存建物の改修時には、既存の切欠き部分の評価が極めて重要になります。これは新築時とは異なる独自の視点が必要な領域です。
まず確認すべきは建物の築年数です。木材は時間とともにクリープ(長期間の荷重により徐々に変形が進む現象)が進行します。十分な時間が経過している建物では、改修前後で条件が大きく変わらない限り、今以上にたわむ可能性は少ないと判断できます。しかし築年数が浅い場合は、今後もクリープが進行する可能性があるため注意が必要です。
次に、改修によって荷重条件に変化があるかを確認します。例えば以下のようなケースでは梁の検討が必須です。
梁の補強方法には「下に抱かせる」方法と「横に抱かせる」方法があります。下に抱かせる場合の注意点は、120角+120角が120×240の性能にはならないことです。接着できれば可能ですが、ボルトやビスだけでは一体化しません。そのため、追加する材だけで持つ断面を確保することが望ましいのです。
横に抱かせる場合は、梁を2本や3本に増やし、それぞれの負担面積に応じた断面を選定します。この方法は空間の有効活用という点でも優れています。
改修における切欠き評価では、材に対して圧縮方向に力がかかる場合はそれほど気にする必要はありませんが、引っ張り方向に力がかかる際には特に注意が必要です。断面欠損は建物の弱点であり、どの程度の弱点であるかを見極め、適切に補う補強方法を選択することが、改修工事の成功の鍵となります。
見えない部分だからこそ、手を抜かず丁寧に施工することが、長く安全に使える建物を作る基本なのです。