
鋼材の焼入れ性とは、焼入れ処理によって表面から内部までどれだけ深く硬化層が得られるかを示す重要な特性です。 建築業や機械加工の現場では、大型部材や複雑形状の部品でも均一な硬度を確保する必要があり、焼入れ性の高い鋼材選定が求められます。 合金元素の適切な添加により、冷却速度が比較的遅い場合でもマルテンサイト組織を得ることができ、質量効果による硬度低下を抑制できます。
参考)焼入性と合金元素の関係 【通販モノタロウ】
クロム(Cr)とモリブデン(Mo)は、合金元素の中で焼入れ性向上に最も優れた効果を発揮します。 JIS規格で焼入性を保証した構造用鋼(H鋼)の焼入性曲線を比較すると、SCM435HやSCM445Hのように、クロムとモリブデンを複合添加した鋼種は、焼入端から離れた位置でも硬度の低下が緩やかで、焼入性が極めて良好であることが確認されています。
参考)https://tech-navi.yamazaki-kikai.co.jp/column/%E5%85%83%E7%B4%A0%E3%81%8C%E9%89%84%E9%8B%BC%E6%9D%90%E6%96%99%E3%81%AE%E7%89%B9%E6%80%A7%E3%81%AB%E4%B8%8E%E3%81%88%E3%82%8B%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%81%A8%E3%81%AF/%22
クロムは耐摩耗性と耐食性を高めるだけでなく、浸炭を促進し焼入れしやすくする働きもあります。 特に12%以上含有するとステンレス鋼となり、窒化処理による硬化効果も大きくなります。 一方、モリブデンは焼入れの入る深さ(焼入性)を増加させる最も優れた元素とされ、高温での引張強さを増大させるとともに、結晶粒の粗大化を防ぐ効果があります。
参考)https://www.tobu.or.jp/yasashii/book/gj04.htm
実務においては、クロムとモリブデンを併合することで、焼戻し抵抗がさらに向上し、焼戻し時の軟化や脆化を効果的に防ぐことができます。 これは建築部材のように長期間の使用で温度変化にさらされる用途において、特に重要な特性となります。
参考)熱処理における合金元素の影響とは?
マンガン(Mn)は脱酸剤としての役割に加え、焼入れ性の向上と靱性の維持に寄与する元素です。 炭素量を低めに抑えながらマンガンを増やすことで、引張強さを損なわずに靭性も高い状態を維持できるため、割れや脆性破壊のリスクを低減できます。
参考)https://www.susjis.info/etc/tenka.html
ニッケル(Ni)は強度と靱性をどちらも高める特性を持ち、低温用鋼として重要な元素です。 粘りと強度が高まり、添加量が増えれば耐熱性も上がります。 ニッケルを含有する鋼の窒化層は高靱性となり、焼入れ性を高めながらも割れを抑制する効果があるため、複雑形状部品の熱処理において有利に働きます。
参考)https://kyokutou-tikka.com/images/nitrogen_qa/a1.pdf
同じ炭素量の鋼材でも、合金元素の組成によって焼入性は大きく異なります。 例えば、SMn443HよりもSMnC443Hの方が焼入性は良好であり、これはクロムの添加効果によるものです。 このように、マンガンとニッケルは単独でも効果がありますが、クロムやモリブデンと複合添加することで、より高い焼入性と優れた機械的性質のバランスを実現できます。
参考)各元素が鋼材の特性に与える影響 href="http://www.osaka-kokan.co.jp/faq/element/" target="_blank">http://www.osaka-kokan.co.jp/faq/element/amp;#8211; 大阪鋼管
焼入れ後の最高硬さは、主に鋼に含まれる炭素の含有量によって決まります。 炭素量0.6%までは炭素量が増すほど焼入硬さは大きくなり、0.6%以上になると硬さの増加は緩やかになります。 JIS規格では炭素含有量が異なるS10C~S58Cが規定されており、炭素含有量が0.3%以上では焼入れによって実用的な硬度が得られます。
参考)焼入れ・焼もどし・焼なまし・焼ならし
しかし、炭素量が多すぎると靱性が低下し、割れのリスクが高まるため、用途に応じた適正量の調整が必要です。 建築業で使用される構造用鋼では、強度と靱性のバランスが重要であり、炭素量を0.3~0.5%程度に設定し、合金元素の添加によって焼入性を向上させる設計が一般的です。
参考)http://www.iri.pref.niigata.jp/25new33.html
焼入れとは、鋼をオーステナイト領域まで加熱した後、急冷してマルテンサイトという硬い組織に変態させる熱処理です。 このとき、炭素の分布が一様になったオーステナイト状態から急冷することで、炭素が均一に分散したマルテンサイト組織が得られ、高い硬度が実現します。 合金元素は、この変態を促進し、より遅い冷却速度でもマルテンサイト組織を得られるようにする役割を果たします。
参考)焼入れ性 - Wikipedia
焼入れ性を科学的に測定する方法として、JIS G 0561に「鋼の焼入性試験方法(一端焼入方法)」、通称ジョミニー試験が規定されています。 この試験では、直径25mm、長さ100mmのつば付き円柱形試験片を使用し、所定の温度で加熱した後、一端面のみを水で噴射冷却します。
参考)焼入性試験(ジョミニー試験) - 東部金属熱処理工業組合
焼入端からの距離に対する硬さの推移曲線を測定することで、鋼材本来の焼入性を定量的に評価できます。 硬さが急激に低下する鋼は焼入性が悪く、緩やかに低下する鋼ほど焼入性が良いと判定されます。 焼入性を保証した構造用鋼では、焼入性バンド(上限と下限)が規定されており、実測値がこの範囲内にあることが保証されています。
試験片の化学成分に応じて焼入温度も規定されているため、焼入性は熱処理条件に無関係な鋼材本来の特性として評価できます。 例えば、SCM435Hの焼入性を指定する場合、焼入端から9mmの位置で最低硬さ45HRC、最高硬さ55HRCという形で表記します(J9mm=45/55)。 このジョミニー試験による焼入性評価は、大型部材の熱処理計画や鋼種選定において、実務上極めて重要な判断基準となります。
建築業従事者が鋼材を選定する際、焼入れ性の理解は部材の品質確保に直結します。 特に厚肉の構造部材や複雑形状の接合部品では、表面だけでなく内部まで均一な硬度を得ることが強度保証の前提となります。
💡 実務での鋼種選定基準
質量効果により、部材が大きくなるほど冷却速度が遅くなり、焼入性の低い鋼では内部硬度が不足します。 焼入性の良い鋼は質量効果が小さく、大型部品までよく焼きが入りますが、最終的な硬さは炭素量にも影響されるため、炭素量と合金元素のバランスを考慮した鋼種選定が不可欠です。
参考)http://heattech.co.jp/katasa-03.html
また、合金設計段階では使用環境に応じた元素選定が重要です。 耐摩耗性が求められる箇所ではクロムとモリブデンを重視し、衝撃荷重を受ける部位ではニッケルやマンガンによる靱性向上を優先するなど、要求性能に応じた最適化が求められます。 加工性やコストとのバランスも考慮し、過剰な合金添加を避けることで、経済性と品質の両立が可能になります。
🔗 日本熱処理技術協会による焼入性試験の詳細解説と実務での活用事例
https://tobu.or.jp/course/焼入性試験(ジョミニー試験)/
🔗 モノタロウ技術資料「焼入性と合金元素の関係」具体的な焼入性曲線とH鋼の選定基準
焼入性と合金元素の関係 【通販モノタロウ】
🔗 株式会社ウエストヒルによる合金元素と熱処理の包括的解説資料
熱処理における合金元素の影響とは?