

建築従事者が「分子量」と聞いてイメージしやすいのは、同じ水量でも“とろみ”が変わる指標ですが、アルギン酸ナトリウムはそもそも分子量が一定の単一物質ではなく、分子量分布を持つ高分子材料です。一般に流通しているアルギン酸ナトリウムは重合度が数千~2万程度で、分子量にすると100万~400万程度とされます。さらに用途や加工により、重合度200~300(分子量として約4~5万)という超低分子タイプも流通しています。
この“幅”があるため、カタログに「分子量○○」と単独の数値だけが書かれているときは注意が必要です。高分子は平均の取り方が複数あり、数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)では値が変わりますし、分布の広さ(多分散度)も粘度や挙動の安定性に影響します。現場的には「同じ分子量のはずなのにダマが出る/粘度が日によって違う」と感じたら、分子量“そのもの”よりも分子量分布、あるいは溶かし方や水質の寄与を疑うのが近道です。
また、抽出・精製・乾燥・保管という工程のどこでも鎖の切断(解重合)が起こり得るため、「納入ロットが違うと粘度が違う」問題はアルギン酸塩では現実的に起きます。食品や医療では品質規格が厳しい一方、工業用途では粘度帯でのグレード分けが中心になりやすく、分子量情報が“推定値”として扱われるケースもあります。
アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度は、分子量(重合度)が増えるほど増大します。つまり「分子量が高いほどよく増粘する」は基本として正しい整理です。
ただし建築配合で重要なのは、“分子量だけで粘度は決まらない”点です。アルギン酸ナトリウムは濃度が増えると粘度が対数的に上がるとされ、たとえば1%で100 mPa・sのものが2%で200ではなく1,000 mPa・sになる、というように感覚的な比例から外れます。施工現場では「計量を1.2倍にしただけなのに急にコテ離れが悪化した」という形で効いてきます。
さらに温度の影響も大きく、温度が上がると見かけ粘度が低下します。夏場の屋外、温水洗いした撹拌槽、直射日光下の仮設タンクなど、建築現場の温度ムラはそのまま粘度ムラに直結します。
もう一つの落とし穴が電解質(塩類)です。食塩など一価カチオンを放出する無機電解質を加えると粘度が低下し、これは高分子電解質であるアルギン酸分子がイオン強度増大で収縮するため、と説明されています。建築材料だと「混和剤に含まれる塩」「海砂や海水由来の塩分」「洗浄不足の容器に残った電解質」など、意図せず塩類が入り込みやすく、分子量を上げても期待通りの粘度が出ない原因になります。
アルギン酸ナトリウムはpHが下がると、電離して溶解していたアルギン酸アニオンが遊離アルギン酸になり、水に不溶化して粘度上昇をもたらし、pH2以下ではアルギン酸として析出するとされています。建築用途でpH2は極端でも、酸洗い後の器具、酸性洗剤の混入、酸性側に振れる配合(特定の添加剤や副資材)などがあると、局所的な析出やゲル化のトリガーになり得ます。
そして最重要が多価カチオンです。アルギン酸ナトリウム水溶液はCa2+の存在により粘度上昇を起こしゲル化するとされ、乳製品・用水・染料などにも多価カチオン夾雑があり得る、さらにアルギン酸塩自体にも原料海藻由来のカルシウムが微量に含まれる可能性がある、と指摘されています。建築分野ではここを「硬水」「モルタル・セメント由来のカルシウム」「無機フィラー」へ置き換えて考えると理解が早いです。
つまり、狙い通りの増粘剤としてアルギン酸ナトリウムを使うつもりが、実際には“ゲル化剤として反応してしまう”状況が起こり得ます。結果として、撹拌中に急にトルクが跳ね上がる、ダマが増える、スプレーが詰まる、攪拌機の保護停止が頻発する、といった事故につながります。
対策としては、金属イオン封鎖剤(例:ヘキサメタリン酸ナトリウム)を使うことで多価カチオンの影響を除き、ゲル化反応速度や流動性のコントロールにも利用される、という考え方があります。ここは材料設計の領域なので、最終用途(左官、吹付、注入、スラリー安定化など)に応じて、封鎖剤の有無・添加順序・水質管理をセットで検討するのが安全です。
研究・開発では、分子量の評価にGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー)が使われます。たとえば低分子量アルギン酸の製造・評価において、GPCによる重量平均分子量(Mw)や多分散度(Mw/Mn)を測定し、条件が記載されている公報もあります。こうした情報は「分子量をどう定義しているか」「測定条件で値がどれだけ変わるか」を示しており、分子量比較の前提として重要です。
一方、建築現場で回るのは「○cP(○mPa・s)」の粘度規格です。試薬・工業品でも、同じCASのアルギン酸ナトリウムで粘度グレードが複数存在し、低粘度(例:10 g/L、20℃で80~120 cPなど)から高粘度までラインナップされます。ここで言う粘度は、分子量そのものというより「特定濃度・特定温度での粘度」という性能値で、分子量と相関はあるものの、溶解状態・塩類・pH・温度の影響をまとめて受けた“実用指標”です。
したがって、設計段階では「GPCで分子量分布を把握して品質保証する」→「現場では粘度で受入・調整する」という二段構えが合理的です。特に水質や副資材が日々変わる現場では、分子量の良し悪しだけでなく、粘度測定の手順(温度・濃度・撹拌時間)を標準化した方が再現性が上がります。
意外と見落とされがちですが、アルギン酸ナトリウムは水に触れるとダマ(ママコ)を作りやすい性質があるとされ、溶かし方が悪いと「分子量が高い=溶け残りが多い=粘度が不安定」という悪循環になります。粉体を一気に投入するより、先に一部原料と一次混合してから全体へ混ぜ直す、といった手順が推奨される例もあり、測定以前に“溶解の再現”を作るのが第一です。
検索上位の記事は食品・医療・化学寄りの説明が中心になりがちですが、建築従事者にとって本当に効くのは「現場の変動要因を、分子量という一本の軸に回収して管理する」発想です。アルギン酸ナトリウムの粘度は温度で下がり、濃度で対数的に上がり、塩類で下がり、Ca2+で上がってゲル化に向かう――という“方向性”を頭に入れておくだけで、トラブル時の切り分けが速くなります。
具体例として、同じ配合なのに冬場はダレずに塗れるのに、夏場は流れて止まらない場合、分子量変更の前に温度による粘度低下を疑い、仕込み水の温度・保管場所・日射・撹拌熱を疑うべきです。逆に、ある日だけ急に重くなってポンプ圧が上がった場合は、硬水・セメント粉の持ち込み・洗浄不足でCa2+が入った、またはpH側の変動で析出寄りになった、という“多価カチオン/pH起因”を優先して当たると復旧が早いです。
保管面でも、粉体は吸湿・固結だけでなく、微量の金属イオンや水分がトリガーになって溶解性や立ち上がり挙動が変わることがあります。ロット管理(納入日・開封日・保管条件)を徹底し、現場で粘度が暴れたときに「水が悪いのか、粉が変わったのか、温度なのか」を記録で潰せるようにするのが、分子量の議論を“使える知識”に変えるコツです。
最後に、増粘目的でアルギン酸ナトリウムを採用するなら、分子量の高低を1回で決め打ちせず、粘度帯の異なるグレードを2~3種用意して、夏冬の上限下限で安全側に振れる設計(必要なら封鎖剤も含む)にしておくと、施工の歩留まりが上がります。「分子量は材料の性格、粘度は現場の結果」と割り切ると、選定も説明も通りやすくなります。
分子量と粘度・濃度・pH・Ca2+の関係(基礎特性と概算分子量の例がまとまっている)
https://www.funakoshi.co.jp/contents/72139
一般流通品の分子量レンジ(重合度と分子量の目安、粘度の濃度依存の例がある)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%B3%E9%85%B8%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0
GPCでの分子量評価の記載例(Mw・多分散度・測定条件の考え方の確認に使える)
https://patents.google.com/patent/JP2009149734A/ja