
地熱発電の最大の課題は、他の再生可能エネルギーと比較して初期費用が極めて高額である点です。発電設備導入の建設費だけでも80万円/kWから120万円/kW以上の費用が必要となり、発電量1.5万kW未満の設備では最大で180億円、1.5万kW以上でも約120億円の初期費用がかかります。
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特に建築業従事者が注目すべき点は、掘削費用の高さです。2000メートルの井戸を1本掘る費用は約5億~10億円とされ、開発の是非を調べるために最低3本、生産性を予測するのに5本は掘削する必要があります。出力3万kWの地熱発電設備をつくる際、井戸の掘削費用と蒸気生産設備費用は建設費全体(約258億円)の39%にもおよびます。
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投資資金回収には調査段階から数えると20年以上の歳月がかかり、これが経営上の大きな足枷になっています。長期的利回りは12~14%と太陽光発電の6~7%程度と比較して高い水準ですが、15年間という短い買取保証期間でコストを抑えられるかが課題となっています。
地熱発電のリードタイム(調査開始から発電所建設までの期間)は極めて長く、日本では10~15年、海外では10年前後とされています。日本地熱協会によると、初期調査が約5年、探査が約2年で調査期間だけでも合計7年かかり、さらに環境アセスメントに約3年、井戸の掘削や発電所建設などの開発に約3年かかるため、合計で13年となります。
他の再生可能エネルギーと比較すると、太陽光発電は1~3年、風力発電は8年(環境アセスメントの短縮化により今後6年と見込まれる)ですが、地熱発電はこれらより大幅に長期間を要します。この長いリードタイムは、民間企業にとって投資決定への大きなハードルとなっています。
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地熱発電の開発には低い掘削成功率という固有の課題も存在します。新たな場所で地熱発電を開発する場合、掘削した井戸が蒸気にあたる成功率は2~3割に過ぎません。発電に必要な量の蒸気が数十年単位で生産できなければ採算がとれないため、開発を断念する場合もあります。
開発段階 | 期間 | 主な内容 |
---|---|---|
初期調査 | 約5年 | 地表調査、地質調査 |
探査 | 約2年 | 試掘、資源量評価 |
環境アセスメント | 約3年 | 環境影響評価 |
開発 | 約3年 | 井戸掘削、発電所建設 |
地熱発電開発における最も深刻な社会的課題の一つが、温泉資源への影響です。地熱発電によって温泉の湯量が減少したり、温度が低下したり、最悪の場合は枯渇するリスクが懸念されています。地熱発電が温泉に与える影響は、主に以下の要因によって決まります。
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地熱貯留層と温泉帯水層の深度差、地下水の流動パターンの変化、温泉の掘削量と地熱発電の抽出量のバランス、温泉の温度や湯量の変化、地域住民や観光業への影響などが重要な評価項目となります。特に、地熱発電によって地下の水流が変わり、温泉に供給される水量が減少する可能性が指摘されています。
具体的な事例として、環境省の調査報告書では、フィリピンのティウィ地熱地帯において、発電所の適正キャパシティー220MWを110MWも上回る330MWの大規模開発がなされた結果、蒸気量3,300t/H、熱水量6,600t/Hという膨大な地熱流体が取り出され、温泉への影響が懸念される事態が発生しました。
参考)https://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/0127_03/h22_05c.pdf
温泉業界の関係者は、以下のような具体的なリスクを懸念しています。
一方で、日本温泉科学会やJOGMEC地熱資源情報の研究では、適切な管理下では地熱発電による湯量減少は観測されず、地下水流動パターンにも変化がないという結果も報告されています。科学的監視の必要性が強調されており、地熱発電に伴う地下の状態変化を監視することで、温泉への影響を事前に把握し対策を講じることが求められています。
環境省「地熱発電と温泉地との共生に関する調査報告書」では、地熱発電所と温泉への具体的な影響事例と科学的データが詳しく解説されています
日本の地熱資源の多くは火山周辺に存在するため、国立公園や国定公園などの自然公園内に偏在しています。地熱ポテンシャルの多くは活火山を有するような自然公園の領域内にあり、自然保全の観点から厳しい開発規制が敷かれていることが、地熱発電の普及を妨げる大きな要因となっています。
参考)さらなる普及に至るか 地熱発電をとりまく制度変更と課題
これまでの通知内容では、特別保護地区や第1種特別地域(地表部)での地熱開発は禁止されていました。第1種特別地域、第2種特別地域、第3種特別地域については、エリア外から斜めに掘ってアクセスする傾斜掘削であれば認めるとされていましたが、いずれの場所でも基本は「原則開発禁止」であり、開発許可は例外的な措置との解釈が示されていました。
近年の見直しでは、第2種特別地域、第3種特別地域については「原則開発禁止」の文言が外されることとなり、これにより地熱資源の多くが眠る国立公園内でさらに開発がしやすくなりました。ただし、建築業従事者として地熱発電所の建設に携わる際には、以下の制約を考慮する必要があります。
さらに、農地、保安林、自然公園等に係る規制、環境規制などの立地制約も存在します。温泉法による都道府県における離隔距離規制や本数制限等も開発を難しくする要因となっており、科学的根拠のない規制の撤廃も含めた点検が求められています。
参考)https://www.jcsr.jp/pdf/shinso_10.pdf
建築業者が地熱発電プロジェクトに参画する際には、これらの複雑な規制環境を理解し、許可基準や審査要件を満たす設計と施工計画を立案することが不可欠です。
地熱発電の建設には、他の発電方式にはない特殊な技術課題が存在します。特に建築業従事者が留意すべき点は、地熱発電設備の耐用年数と定期的なメンテナンスの重要性です。地熱発電設備の耐用年数は一般的に25年から30年とされており、この期間を通じて設備の性能を維持するためには定期的なメンテナンスが不可欠です。
参考)地熱発電の寿命は何年?設備耐用年数と性能維持方法
地熱発電所が設置される地質条件は発電設備の寿命に直接的な影響を与えます。地層が不安定な地域では地震や地滑りのリスクが高まり、設備に損傷を与える可能性があります。また、地熱資源が枯渇することなく持続的に供給されるかどうかも重要で、地下水の流入や熱の移動が影響します。
スケール(鉱物の析出物)対策や地熱貯留層の管理も重要な技術的課題です。地熱流体に含まれる鉱物が配管や設備に付着することで、発電効率が低下したり設備の劣化が早まったりする可能性があります。コスト削減及び地熱生産設備の耐用年数の増加のために、掘削及び井戸構築技術に関する特殊な研究が必要となります。
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設備利用率の観点からも課題が存在します。15,000kW未満の設備利用率データは平均値が53.3%、中央値が52.3%となっており、小規模地熱発電の想定値74.8%を下回っています。特に1,000kW未満の小規模設備では設備利用率が低く、適切なメンテナンスの実施により設備利用率の向上が期待されています。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/090_01_00.pdf
一方で、1,000kW以上15,000kW未満の設備では、平均値が76.8%、中央値が79.8%と想定値を上回る結果も出ており、適切な規模と管理体制の重要性が示されています。運転開始後経過年数と設備利用率の関係を分析すると、運転年数の経過につれて全体として概ね横ばいの傾向があり、長期的な性能維持が可能であることも確認されています。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/098_01_00.pdf
規模 | 平均設備利用率 | 想定値との比較 |
---|---|---|
1,000kW未満 | 低水準 | メンテナンスによる改善余地あり |
1,000~15,000kW | 76.8% | 想定値(74.8%)を上回る |
15,000kW以上 | データ少数 | 大規模設備の実績蓄積が必要 |
涵養地熱システムには地震災害のリスクを減少させる必要もあり、建設時から地震リスクへの対策を組み込んだ設計が求められます。
参考)https://www.env.go.jp/earth/ipcc/special_reports/srren/pdf/SRREN_Ch04_ja.pdf
地熱発電には環境面での重要な課題が存在します。特に懸念されるのが硫化水素(H2S)の放出問題です。地熱発電所から放出される硫化水素は、周辺地域の大気環境や住民の健康に影響を及ぼす可能性があることが指摘されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10619772/
イタリアのアミアタ山地域の地熱発電所周辺で実施された疫学調査では、低レベルの硫化水素への曝露が慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺機能に与える影響が調査されました。この研究は、地熱発電が稼働する地域における住民の呼吸器健康状態を客観的な肺機能測定を用いて評価しており、地熱発電の健康影響に関する重要なデータを提供しています。
日本でも硫化水素への対策は重要視されており、例えば東北電力株式会社は硫化水素除去装置を設置し、環境対策に万全を期しています。環境省の「地熱発電事業に係る自然環境影響検討会」でも、硫化水素は特に着目すべき環境影響項目の一つとして計6項目の中に含まれています。
参考)https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/chinetu202403.pdf
地熱発電が実用化されている国々では、環境への影響を最小限に抑えるための規制やガイドラインが整備されています。インドネシアやアメリカの地熱開発政策では、環境正義の観点からクリーンなグリーンエネルギーとしての利用を促進しつつも、環境への悪影響を排除するための規制が不可欠であることが強調されています。
参考)https://www.jhcls.org/index.php/JHCLS/article/download/85/pdf
その他の環境影響として考慮すべき項目は以下の通りです。
建築業従事者としては、これらの環境影響を最小限に抑える設計と施工技術が求められます。特に硫化水素除去装置の設置スペースの確保、防音対策を施した建屋設計、景観に配慮した外観デザインなど、環境保全と発電効率のバランスを取ることが重要です。
また、ライフサイクルアナリシス(LCA)の観点から、地熱発電所の建設から運用、廃棄までの全過程における環境負荷を評価することも重要です。イタリアで実施された地熱、太陽光、風力発電所の比較研究では、地熱発電の環境性能は総合的に良好なエコプロファイルを示していますが、建設段階での環境負荷低減も課題となっています。
参考)https://www.mdpi.com/2071-1050/12/7/2786/pdf
環境省「温泉資源の保護に関するガイドライン(地熱発電関係)」では、地熱発電における環境保全の具体的な指針が示されています