

コンクリート表面が湿っていないと、電気化学測定の電極はどれを使っても正確な値が出ません。
「電気化学測定」という言葉を初めて耳にする建築業の方は、何か専門の研究室でしか使わないものとイメージするかもしれません。しかし実際には、コンクリート構造物内部の鉄筋腐食を非破壊で診断する現場技術として、電気化学測定はすでに建設・補修業界で広く活用されています。
電気化学測定では、「電解セル」と呼ばれる測定系を構成します。この測定系の核心にあるのが、3種類の電極の組み合わせです。具体的には、①作用電極(Working Electrode:WE)、②参照電極(Reference Electrode:RE)、③対極(Counter Electrode:CE)の3本が1セットとなります。つまり3電極が条件です。
それぞれの役割をシンプルに整理しましょう。
- 作用電極(WE):測定の対象となる電気化学反応が起こる電極。コンクリート診断の場面では、内部の鉄筋そのものがこの役割を担います。
- 参照電極(RE):電位の基準となる電極。測定液中で長時間にわたって安定した電位を保ち続けるため、特定の酸化還元平衡が維持された構造になっています。代表的なものに、銀塩化銀電極(Ag/AgCl)、銅硫酸銅電極(CSE)、飽和甘汞電極(SCE)があります。
- 対極(CE):作用電極との間に電流を流すための電極。白金(Pt)が安定性の高い材料として広く使われています。
なぜ2本の電極ではなく3本が必要なのかというと、2電極系では「作用電極に実際にどれだけの電圧がかかっているか」を正確に知ることができないからです。参照電極という基準点を加えることで、初めて作用電極の電位を相対的に把握できます。これが3電極系の本質です。
建築現場でのコンクリート鉄筋腐食診断においては、この3電極系が「3電極方式センサー」として携帯型の診断装置にまとめられて使われています。対極と参照電極をコンクリート表面に押し当て、内部の鉄筋(作用電極)に向けて微小な電流を流すことで、腐食の状態を数値化します。
電気化学測定全般の原理については以下のページも参考になります。
電気化学測定法の原理と応用 | JAIMA 一般社団法人 日本分析機器工業会
電気化学測定を使ったコンクリート鉄筋の診断には、大きく分けて2つの手法があります。ひとつ目が「自然電位法」です。
自然電位法は、鉄筋腐食によって変化する鉄筋表面の電位を測定し、腐食が起きている「可能性の高さ」を推定する手法です。測定の歴史は古く、1950年代に初めて現場適用され、1970年代には規格化されました。ASTM C 876という国際規格にも採用されています。
測定の原理はこうです。鉄筋が腐食を起こすと、腐食部では酸化反応によって電子が放出され続けます。その結果、腐食部の電位はマイナス側(負)に変化します。この電位変化を、参照電極と鉄筋の間の電位差として測定するのが自然電位法の仕組みです。
現場での測定手順を確認しておきましょう。
1. コンクリート表面に散水し、十分に湿潤状態にする(測定前30分程度が目安)
2. コンクリートの一部をはつり、鉄筋を露出させて電位差計の+端子を接続する
3. 参照電極の先端に湿らせたスポンジを巻き付け、コンクリート表面に押し当てる
4. 参照電極と鉄筋の電位差を計測し、1mV単位まで記録する
5. 100〜300mm間隔の複数箇所で測定し、等電位線図を作成する
ここで使われる参照電極は、現場では主に銅硫酸銅電極(CSE)と銀塩化銀電極(Ag/AgCl)の2種類が採用されています。それぞれ標準水素電極(SHE)に対する電位が異なるため(CSEは+0.316V、Ag/AgClは+0.196V)、測定結果を記録する際は必ず使用した電極名を明記する必要があります。たとえば「-0.30V vs CSE」のような表記が必要です。この表記がないと、後から測定値を比較することができなくなります。
自然電位が-350mV(vs CSE)以下になると、腐食発生の可能性が90%以上と判定されます。逆に-200mV以上であれば腐食の可能性は低いと判断されます。これが基本です。
ただし、自然電位法には明確な限界もあります。コンクリート表面が乾燥していたり、塗装・防水材で被覆されていたりすると電位差が計測できません。また、エポキシ樹脂塗装鉄筋が使われている場合も適用不可です。さらに腐食がかなり進行した段階では精度が落ちるため、コンクリート表面にひび割れや剥落が目視できる段階では本手法だけでは不十分です。腐食の初期診断に適した手法だと覚えておけばOKです。
自然電位法と分極抵抗法の詳しい解説はこちらも参照できます。
自然電位法と分極抵抗法−コンクリート内部の鉄筋腐食の診断手法
自然電位法が腐食の「可能性」を評価するのに対し、分極抵抗法は鉄筋が腐食している場合にその「速度」を定量的に推定する手法です。これが2つ目の電気化学測定法です。
分極抵抗法では、コンクリート表面に設置した外部電極(対極)から鉄筋(作用電極)へ向けて電流を流します。この電流によって外部電極の電位が自然電位から変化する現象を「分極」と呼びます。この分極によって生じる電気抵抗(分極抵抗:Rp)を測定し、そこから腐食電流密度(Icorr)を逆算するのが基本的な流れです。
Icorr と Rp の関係は次の式で表されます。
Icorr = K × 1/Rp
ここで K は換算係数(コンクリート中の鉄筋では0.026Vが使用される)です。腐食が進んでいるほど分極抵抗は小さく、腐食電流密度は大きくなります。腐食が進行中は抵抗が小さい、ということですね。
測定方式は直流法と交流法に大別されますが、現在の現場診断では交流法、とくに交流インピーダンス法(EIS法)が主流です。この手法では、高周波と低周波の2種類の交流を用いることで、コンクリートの溶液抵抗(Rs)と分極抵抗(Rct)を同時に分離して求められます。これは使えそうです。
分極抵抗法の現場測定においても、3電極方式が使われます。センサーは対極と参照電極が一体化した構造になっており、コンクリート表面に押し当てるだけで測定が開始できる携帯型機器が普及しています。三井住友建設や飛島建設などのゼネコンも独自の携帯型計測装置を導入・研究しています。
測定にあたっては、以下の点に注意が必要です。
- ひび割れ・浮き・剥離のある箇所を選定しない
- エポキシ樹脂塗装鉄筋や断面修復材の箇所を避ける
- コンクリート表面は湿潤状態・平滑面とする
- 強い電流を流しすぎると鉄筋の腐食が促進してしまうため、微小電流での計測が原則
最後の点は特に重要です。診断のために強い電流を流すことで、むしろ鉄筋の腐食が進んでしまうという逆効果を生む可能性があります。厳しいところですね。
腐食速度の評価基準としては、ヨーロッパコンクリート委員会(CEB)が定める基準が参考にされています。腐食電流密度が1mA/㎠の場合、ファラデーの法則を用いて換算すると、鉄筋の質量損失速度は年間約9.2g/㎠(侵食速度は年間約11.7mm)にのぼることが計算できます。これは非常に深刻な速度です。
補修工事における爆裂補修(鉄筋防錆+断面修復)の費用相場は1箇所あたり10,000〜20,000円とされており、腐食を早期に発見できるかどうかで、建物全体の補修コストが大きく変わってきます。
コンクリート内部の腐食診断に関する詳細なデータはこちらをご参照ください。
コンクリートの鉄筋腐食診断 自然電位 分極抵抗 電気抵抗 腐食量調査
電気化学測定において、電極の選び方を誤ると測定値の信頼性が根本から崩れます。電極の種類と特徴を正確に把握しておくことが、現場診断の精度を守る第一歩です。
参照電極(RE)の選び方
参照電極は、「安定した基準電位を長時間保てること」が絶対条件です。代表的な参照電極を比較してみましょう。
| 名称 | 略称 | SHE基準電位 | 主な用途・特徴 |
|------|------|-------------|----------------|
| 銀塩化銀電極 | Ag/AgCl | +0.196V | 最も広く使われる水系測定用。電位が安定し作製も容易 |
| 銅硫酸銅電極 | CSE | +0.316V | コンクリート中鉄筋の自然電位測定に定番。現場の標準 |
| 飽和甘汞電極 | SCE | +0.242V | 古くから使われる。水銀使用のため近年は使用が減少 |
| 標準水素電極 | SHE | 0V(基準) | 全電位の基準点。実用的ではなく通常の現場では使わない |
コンクリート現場診断には、CSEとAg/AgClの2種類が主に使われます。どちらも正解です。ただし、同一の構造物でも測定ごとに電極を変えてしまうと、電位値を比較できなくなるため、どの電極を使ったかの記録管理が重要です。
作用電極(WE)の選び方
コンクリート鉄筋診断の現場では、鉄筋本体が作用電極となるため特別な選択は不要です。一方、研究室レベルの電気化学測定(ボルタンメトリーや交流インピーダンス法など)では、測定目的に応じて作用電極を選ぶ必要があります。
- ガラス状カーボン電極(GCE):電気化学的に安定で酸化還元反応の研究に広く使われる
- 白金(Pt)電極:過酸化水素や酸化物質の測定に適し、汎用性が高い
- 金(Au)電極:水素吸着波が発生しないため、白金が使えない用途に有効
- カーボンペースト電極:酵素や化学物質を混合した修飾電極として応用可能
対極(CE)の選び方
対極は、作用電極で起きる反応の見合いとなる電気化学反応が起こる電極です。白金が最も一般的に使われます。白金は電気化学的に安定かつ挙動が明確であり、幅広い測定条件で信頼性の高い結果を出せます。
参照電極の正しい選び方と保管について、詳しくはこちらが参考になります。
これから電気化学を始める方のための参照電極の基礎-その1:導入|電気化学のBAS
電極の種類を正しく選んでも、測定環境や電極の管理に問題があると、結果は大きく狂います。この点は建築現場での診断精度に直接影響するにもかかわらず、現場でしばしば軽視されています。
湿潤条件の確保
自然電位法でも分極抵抗法でも、コンクリート表面が「十分に湿潤状態」であることが測定可能の前提条件です。乾燥したコンクリート表面は電気的な絶縁体に近い状態となり、電極を押し当てても電位差が正しく計測できません。測定前30分程度の散水が推奨されています。これは原則として守ってください。
コンクリートが乾燥しているだけでなく、表面に塗料・防水材・エポキシ含浸材などが施工されている場合も同様に測定不可になります。補修工事後の構造物を電気化学測定で追跡調査する際は、表面仕上げ材の有無を事前に確認することが欠かせません。
参照電極の正しい保管
参照電極は、保管状態が悪いと電位がドリフト(安定した電位からのズレ)を起こします。Ag/AgCl電極の場合は内部溶液(KCl溶液)が乾燥しないよう、使用後はキャップを必ず閉じて保管することが基本です。また、液絡部(セラミックまたはバイコールガラス)に析出物が詰まるとインピーダンスが上昇し、ポテンショスタットの応答速度が低下します。定期的なチェックと洗浄が必要です。
参照電極に電流を流さないことも重要なポイントです。電流が流れると電位変化が起こりやすく、測定の基準点がぶれる原因になります。ポテンショスタットは参照電極端子を高インピーダンス設計にしてこのリスクを避けていますが、配線の接触不良などで意図せず電流が流れることがあります。
強電流による腐食促進リスク
分極抵抗法の測定中に強い電流を流してしまうことは、鉄筋の腐食を診断するつもりが、逆に腐食を進めてしまうという本末転倒な事態を招きます。診断装置の設定を確認し、なるべく微小電流での測定を徹底することが現場での原則です。
測定時期と頻度の考え方
電気化学測定によるコンクリート鉄筋診断は、劣化の「初期段階」に最も効力を発揮します。コンクリート表面にひび割れや爆裂が生じてからでは、目視でも腐食は明らかであり、電気化学測定の「非破壊・早期検知」という最大のメリットが失われます。塩害環境下(沿岸部・融雪剤散布地域など)にある建物や、築20年を超えたRC構造物では、定期的な電気化学測定診断を組み込んだ維持管理計画を立てることが、長期的な補修コストを大幅に抑える近道です。
爆裂補修の費用は1箇所あたり10,000〜20,000円ですが、腐食が広範囲に及ぶと補修費用の総額は数十万〜数百万円規模になることもあります。早期検知1回の診断コストと、放置後の補修コストを比べると、その差は明らかです。
建築物の遠隔腐食モニタリングの研究についても参考になります。
電気化学測定の結果は、数値として出てくるものの、その読み方を誤ると補修の判断を大きく間違えます。これは検索上位の解説記事ではあまり掘り下げられていないポイントですが、実際の建築現場で判断ミスにつながりやすい重要な落とし穴です。
「腐食可能性」と「腐食速度」を混同しない
自然電位法は腐食の「可能性」を評価します。分極抵抗法は腐食の「速度」を評価します。つまり、これは全く別の情報です。自然電位が低くても(腐食可能性が高くても)、分極抵抗が大きければ(腐食速度が遅い)、即時補修が不要な場合があります。逆に、自然電位がそれほど低くなくても、分極抵抗が著しく小さい場合は腐食が急速に進んでいる可能性があります。2つの測定値をセットで見ることが基本です。
測定値を等電位線図として可視化する意義
単点の測定値だけでは構造物全体の腐食傾向は見えません。100〜300mm間隔で複数点を測定し、等電位線図として可視化することで、腐食リスクの高い「ホットスポット」と健全部分の境界が明確になります。この分布情報をもとに、補修範囲を必要最小限に絞ることができ、不要なはつり工事を避けることができます。
たとえば橋梁や大型RC建物で自然電位測定を100点実施した場合、腐食可能性が「高」と判定された箇所だけをはつり調査することで、全面はつりに比べて調査コストを大幅に削減できます。測定値と補修判断が直接連動するということですね。
参照電極の違いによる数値換算を忘れない
過去の診断記録とCSEで測定した自然電位を、今回はAg/AgClで測定した値と比較しようとする場面があります。CSEの電位はSHEに対して+0.316V、Ag/AgCl(飽和KCl)は+0.196Vです。両者の電位差は約0.12Vあるため、換算せずに比較すると判定区分が1ランクずれる可能性があります。
たとえばCSEで-0.28V(腐食可能性「不確実」)と判定された値は、Ag/AgCl換算で約-0.16V(腐食可能性「低」)に相当します。逆の換算ミスが起きると、腐食のない健全箇所を「要補修」と誤判断する可能性があり、不必要なはつり工事を発注してしまうリスクがあります。電極の記録管理が重要な理由はここにあります。
電気化学測定を適切に活用することで、建物の健全性を数値で見える化し、コストに根拠のある維持管理が可能になります。「目視でまだ大丈夫そう」という感覚だけに頼った診断から脱却し、電気化学測定の電極を正しく使いこなすことが、建築業のプロとしての実力差につながる部分です。

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