

フタル酸樹脂塗料は、アルキド樹脂塗料の一種であり、古くから「ペンキ」として広く親しまれてきました 。その最大の魅力は、なんといってもコストパフォーマンスの高さと作業性の良さにあります。安価でありながら、刷毛塗りやスプレー塗装など様々な方法に対応できるため、プロの現場からDIYまで幅広く使用されています 。
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塗膜の性能としては、美しい光沢と「肉持ち」が良い(一度で厚い塗膜を形成しやすい)点が大きなメリットです 。これにより、平滑で高級感のある仕上がりを手軽に実現できます。また、様々な素材への付着性も良好で、特に鉄部や木部への塗装に適しています 。
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一方で、デメリットも存在します。最大の弱点は、ウレタン塗料やシリコン塗料と比較して耐候性(紫外線や雨風への強さ)が低いことです。屋外で長期間使用すると、光沢が失われたり、色褪せ(チョーキング)が発生しやすくなります。そのため、高い耐久性が求められる屋根や外壁の仕上げにはあまり向いていません。
✅ メリット
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❌ デメリット
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フタル酸塗料を扱う上で最も重要な知識の一つが「乾燥時間」です。この塗料は、溶剤が蒸発するだけでなく、空気中の酸素と化学反応(酸化重合)を起こして硬化するため、完全に硬くなるまでには時間がかかります 。
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乾燥時間は、気温や湿度、膜厚によって大きく変動します。一般的に、気温23℃の環境で指で触れても付かなくなる「指触乾燥」までに30分~1時間、爪で押しても跡がつかなくなる「半硬化乾燥」までに1時間~2時間程度かかります 。しかし、これはあくまで目安です。冬場などの低温時(5℃)では、指触乾燥に1時間、半硬化乾燥に2時間と、倍以上の時間がかかることもあります 。
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特に注意が必要なのが「塗り重ね乾燥時間」です。乾燥が不十分な状態で重ね塗りをすると、下層の塗膜が上塗りの溶剤で侵され、シワが寄ったように縮んでしまう「リフティング(ちぢれ)」という現象が起こりやすくなります。これを防ぐため、メーカーは「16時間以上(5℃)」「4時間以上(23℃)」など、次の塗装までの最短時間を定めています 。安全のためには、特に冬場は24時間以上あけるなど、十分に乾燥させることが重要です 。逆に、夏場などで日数が経ちすぎると塗膜が硬化しすぎてしまい、上塗りとの付着性が悪くなる場合もあるため、7日以内など、指定された期間内に次の工程に進む必要があります 。
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また、美しい仕上がりと塗膜の耐久性を最大限に引き出すためには、下地処理が欠かせません。塗装面のサビ、油分、汚れ、古い塗膜などをワイヤーブラシやサンドペーパー、溶剤などを使って完全に取り除くことが基本です。特に鉄部に塗装する場合は、必ず錆止めのプライマー(下塗り塗料)を塗装してからフタル酸塗料を上塗りしてください。プライマーを塗ることで、サビの発生を防ぎ、上塗り塗料との密着性を高めることができます。
下記のリンクは、塗料の乾燥時間や重ね塗りに関する一般的な注意点が記載された技術資料です。
カナヱスーパープライマー 製品塗装仕様書
建築塗装において、フタル酸塗料は他の塗料とどのように使い分けられるのでしょうか。ここでは、代表的な「アクリル塗料」「ウレタン塗料」と比較してみましょう。塗料の選択は、コスト、求められる耐久性、そして作業性のバランスを考慮して決定されます。
一般的に、フタル酸塗料は最も安価な部類に入りますが、耐用年数は短めです。一方、ウレタン塗料はフタル酸塗料より高価ですが、耐候性や光沢保持性に優れ、より長期間にわたって美観を保つことができます 。アクリル塗料は価格帯や性能で様々な種類がありますが、一般的な溶剤系アクリル塗料は乾燥が速いのが特徴です。
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以下の表は、それぞれの塗料の一般的な特徴を比較したものです。ただし、製品グレードやメーカーによって性能は異なるため、あくまで目安として参考にしてください。
| 樹脂の種類 | 価格(対フタル酸比) | 耐用年数の目安 | 主な特徴 | こんな場所におすすめ |
|---|---|---|---|---|
| フタル酸樹脂 | 安い (基準) | 3~5年 |
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| アクリル樹脂 | やや安い~同等 | 4~7年 |
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| ウレタン樹脂 | やや高い | 5~8年 |
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このように、とにかくコストを抑えたい場合や、数年での塗り替えを前提としている場合はフタル酸塗料が適しています。一方、屋外で使用し、少しでも長持ちさせたい場合はウレタン塗料が有力な選択肢となります 。それぞれの塗料の長所と短所を正しく理解し、用途や予算に応じて最適なものを選ぶことが、満足のいく塗装工事につながります。
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フタル酸塗料の優れた点である「価格」「作業性」「仕上がりの美しさ」は、非常に幅広い用途で活かされています。建築現場から工場の機械、さらには家庭でのDIYまで、その活躍の場は多岐にわたります。
建築分野での使用例 🏗️
建築分野では、主に屋内外の鉄部や木部に使用されます。特に、高い耐候性を求められない屋内の鉄骨階段、手すり、ドア枠などが代表的な用途です 。屋外であっても、雨が直接当たりにくい軒天や破風板などの木部に使われることもあります。合成樹脂調合ペイント(SOP)よりも乾燥が速く、光沢のある美しい仕上がりになるため、ワンランク上の仕上げとして選択されることがあります 。
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工業・業務用での使用例 🏭
工業分野では、各種機械や設備の塗装に広く採用されています。速乾性があり、流れ作業にも対応できるため、効率が求められる現場で重宝されます 。また、耐油性に優れる製品もあり、油が付着する可能性がある工作機械などの塗装にも適しています。
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DIYでの使用例 🏠
ホームセンターなどでも手に入りやすく、比較的安価なため、DIY愛好家にも人気のある塗料です。刷毛でも塗りやすく、美しい光沢が得られるため、家具の塗り替えや小物作りなどで手軽にプロのような仕上がりを楽しむことができます。ただし、溶剤系の臭いがあるため、塗装時や乾燥中は十分な換気が必要です。
このように、フタル酸塗料はその万能性から様々なシーンで使われていますが、「手離れが悪い(完全硬化まで時間がかかる)」という特性から、塗装後すぐに梱包・出荷が必要な大量生産品のライン塗装には不向きとされることもあります 。
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「フタル酸塗料は古い塗料」というイメージがあるかもしれませんが、実は現代の環境規制やニーズに合わせて、その技術は進化を続けています。建築従事者として知っておきたい、一歩進んだ情報をご紹介します。
意外と知らない「フタル酸」の規制の真実 🌍
「フタル酸」と聞くと、環境ホルモン問題やRoHS指令などで規制されている「フタル酸エステル類」を思い浮かべる方もいるかもしれません 。しかし、これは主に塩化ビニル樹脂などを柔らかくするための「可塑剤」として使われる物質です。一方で、塗料の主成分である「フタル酸樹脂(アルキド樹脂)」は、無水フタル酸と多価アルコールを反応させて作るポリエステル樹脂の一種であり、これら規制対象のフタル酸エステル類とは異なるものです 。もちろん、塗料には様々な添加剤が含まれるため、製品の安全性データシート(SDS)で成分を確認することは重要ですが、「フタル酸樹脂塗料=危険」と短絡的に結びつけるのは誤解です。中には、食品衛生法に適合し、食品に間接的に触れる可能性のある機械や器具の塗装に使用できる製品も存在します 。
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技術革新①:環境配慮型の水性フタル酸樹脂塗料
従来のフタル酸塗料は、溶剤の蒸発によるVOC(揮発性有機化合物)の排出が課題とされてきました。しかし近年、技術開発が進み、VOC排出量を大幅に削減した「水性フタル酸樹脂塗料」が登場しています 。これらの製品は、水性でありながら従来の溶剤系フタル酸塗料と同等の作業性や光沢を持ち、乾燥が速く1日で2回塗りが可能など、性能面でも進化しています 。臭いが少なく、引火の危険性も低いため、屋内での作業や改修工事など、環境や安全への配慮が求められる現場での活用が期待されています。
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技術革新②:高付加価値化する変性アルキド樹脂塗料
フタル酸樹脂(アルキド樹脂)の弱点である耐候性を克服するため、他の樹脂と組み合わせる「変性」技術も進んでいます。例えば、シリコン樹脂で変性した「シリコン変性アルキド樹脂塗料」は、従来のフタル酸塗料を上回る耐候性を発揮し、屋外での耐久性を向上させています。また、フェノール樹脂で変性することで耐薬品性を高めた塗料など 、特定の性能を強化した高付加価値製品も開発されており、フタル酸塗料の応用範囲はさらに広がっています。
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このように、フタル酸塗料は単なる安価な塗料ではなく、時代の要請に応じて進化を続ける奥深い材料です。その特性を正しく理解し、最新の技術動向を把握することで、より質の高い塗装設計や施工管理が可能になるでしょう。
塗料メーカーのサイトでは、環境や安全に関する詳細な情報が公開されています。
厚生労働省:化学物質のばく露評価「フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)」

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