情報の非対称性具体例|建築市場で起こる課題と解消対策

情報の非対称性具体例|建築市場で起こる課題と解消対策

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情報の非対称性具体例と建築業界への影響

この記事でわかること
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情報の非対称性とは

取引における売り手と買い手の情報格差が生み出す市場の失敗

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建築業界での具体例

発注者と受注者間で発生するリスク情報の偏りと課題

解消に向けた対策

透明性向上とコミュニケーション促進による実践的アプローチ

情報の非対称性とは何か|レモン市場の理論

情報の非対称性とは、商品やサービスに関する情報について、売り手と買い手の間で情報格差が生まれる現象です。この概念は2001年にノーベル経済学賞を受賞したG・A・アカロフが、1970年に発表した論文「『レモン』市場:品質の不確実性とマーケット・メカニズム」において提唱しました。
参考)https://www.tkc.jp/tkcnf/message/20171001

アカロフは中古車市場を例に挙げて説明しています。売り手は売ろうとする車について詳細な情報を持っていますが、買い手は中古車を購入するまでその車の品質を知ることができません。米国では品質の悪い車を「レモン」と呼ぶことから、この理論は「レモン市場」として知られています。
参考)レモン市場 - Wikipedia

情報の非対称性がある市場では、品質の良い車であっても、レモン(品質の悪い車)と同じ平均価値をつけられるため、売り手は品質の良い車をその品質に見合った金額で売ることができません。結果的にレモンばかりが市場に出回り、品質の良い車の取引市場が成立しなくなる「逆選択」という現象が発生します。
参考)【情報の非対称性とは?】市場が失敗する具体例を分かりやすく紹…

情報の非対称性による建築市場での具体例

建築業界においても、情報の非対称性は深刻な課題となっています。病院建設などのプロジェクトでは、建設会社側が専門知識も経験も豊富な「海千山千」のプレイヤーであるのに対し、発注者側は建設プロジェクトを頻繁に実施するわけではなく、情報が非対称な世界となっています。
参考)発注者と建設会社の「情報の非対称性」/PM/CM、建設コラム…

具体的には、受注者は工事案件の資材価格変動リスク、地盤条件、施工難易度などの詳細情報を把握していますが、発注者はこれらの情報を十分に持たないケースが多く存在します。国土交通省の報告書によれば、民間工事の発注者は建設企業の情報を十分に持たないケースも多く、情報の非対称性が存在していることが指摘されています。
参考)https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001631030.pdf

建設市場における情報の非対称性は、モラルハザードと逆選択という2つの問題を引き起こします。モラルハザードは、管理が出来ないことで受注者が手抜きをする可能性を指し、逆選択は相手方の技量や潜在能力が分からない中で入札契約を行わなければならない状況を指します。情報優位である受注者が工事案件を選別し、不調になるケースも発生しています。
参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2012/67-06/67-06-0452.pdf

情報の非対称性が発注者受注者関係に与える影響

建築プロジェクトにおける情報の非対称性は、発注者と受注者の関係に様々な悪影響を及ぼします。受注者がリスク情報を十分に開示しないことで、発注者はコスト情報などに不信感を抱き、円滑な協議に支障を来す状況が生まれています。
参考)https://www.wise-pds.jp/news/2023/news2023082102.htm

施工現場の3M(ムリ・ムダ・ムラ)における情報の非対称性に基づくトラブルは、場合によって建築主にムリ(我慢)を強いることになりかねません。竣工後に建築主が「こんなはずじゃなかった」と感じる事態を招くリスクが存在します。
参考)施工現場の3Mとは? - ブレンスタッフdpc/BIM専門サ…

さらに、ゼネコンの下請け構造においては、情報の非対称性が固定化され、下請けの交渉力を構造的に奪っています。ピラミッドの頂点に立つ元請けは、クライアントと直接対話し、予算の総額、真のビジネス要求、プロジェクトの背景といった価値判断に不可欠な情報をすべて独占します。下請けや孫請けには、細分化された作業指示と、すでに何重にもマージンが抜かれた後の予算しか渡されず、プロジェクトの全体像や真の目的を知らされない状況が生まれています。
参考)日本のビジネス慣行「ゼネコン下請け構造」の多角的分析:建設・…

情報の非対称性解消に向けた対策とシグナリング

情報の非対称性を解消するために、従来からいくつかの方法が取られています。代表的なものが「シグナリング」と「スクリーニング」です。シグナリングとは、情報を持つ側が情報を持たない側に対して情報を発信して情報格差を解消する手法です。商品の品質や企業の信用を示す広告やマーケティング活動は、シグナリングの一つとされています。
参考)5分でわかるトレンドワード 「情報の非対称性」 - 株式会社…

建築業界においては、国土交通省が制度化の方向性として、受発注者間でリスク対応の協議や交渉のテーブルに着くことを重要視しています。具体的には、受注者によるリスク情報提供の義務化が検討されており、見積り時や契約締結前において、建設工事に影響を及ぼす事象に関する情報を受注者から注文者に提供することが求められています。
参考)https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001630980.pdf

請負契約における予備的経費等に関する事項の明記も重要な対策です。請負契約締結に際して、請負代金の内数として資材価格の変動等に備えた予備的経費等が含まれている場合は想定している変動幅等を明示し、含まれていない場合にはその旨及び積算の前提としている資材価格等を明確にすることで、契約の透明性を高めることができます。​
スクリーニングは、情報を欲している側が相手に情報を求めることで、その特性や能力を評価するプロセスです。総合評価落札方式と工事評点は、逆選択を解決する機能を持つとされています。​

情報の非対称性を緩和するIT活用と建築業界の未来

近年、IT技術の進展により情報の非対称性が緩和されつつあります。BIM(Building Information Modeling)とリレーショナル契約を組み合わせることで、建設プロジェクトにおける情報の非対称性を削減する取り組みが進められています。BIMは設計段階から建設段階までの異なるビジネスデータを統合し、情報の透明性を高める効果があります。
参考)301 Moved Permanently

原価を開示しコストを透明化することは、発注者・受注者間の情報の非対称性に起因した不信感を解消し、両者が同じベクトルを向いたプロジェクト運営を可能にします。実際に、日本建設業連合会は「しっかりと取り組んでいかなければならない」と前向きな姿勢を示し、不動産協会も「リスクの合理的配分につながる」と賛同しています。
参考)連載 第6回『現代の建築プロジェクト・マネジメント』を概観す…

ブロックチェーン技術の活用も注目されています。改ざんされない情報が記録として残り、皆が閲覧できるようになることで、過去に起こったことについて嘘をつくことが難しくなります。サプライチェーンにおいて川上から川下まで製品の真正性や品質情報が記録されることで、取引先間での情報の非対称性が緩和され、消費者に信頼性の高い情報を提供することが可能となります。
参考)https://www.lij.jp/html/jli/jli_2017/2017summer_p109.pdf

さらに、AI技術の導入により、建設業界の調達プロセスの効率化や透明性向上、不正の検出が進んでいます。情報を提供する側と情報を必要とする側の相互コミュニケーションがより活発になることで、情報の非対称性はさらに緩和されていくことが期待されています。
参考)建設業界で不正のない調達を実現するAI活用法 談合や汚職を予…

国土交通省の契約における情報の非対称性解消に関する報告書(PDF)
建設工事におけるリスク情報提供の義務化や予備的経費の明記など、具体的な制度設計の方向性が記載されています。

 

建設プロジェクトにおける情報の非対称性によるリスクに関する研究論文(PDF)
情報の非対称性が建設プロジェクトのコミュニケーションに与える影響とリスクについての包括的なレビューが掲載されています。