
緩衝液には用途や目的に応じて様々な種類が存在します。最も基本的なものとして、酢酸緩衝液(酢酸と酢酸ナトリウムの組み合わせ)は pH 3.2~6.2 の範囲で緩衝作用を発揮し、調製が容易なため汎用的に使用されています。リン酸緩衝液(リン酸と リン酸ナトリウム)は pH 5.2~8.3 の範囲で機能し、生化学実験で最も頻繁に利用される緩衝液の一つです。
参考)緩衝液 - Wikipedia
生理学的な pH 範囲で使用されるトリス緩衝液(Tris)は、pKa が 8.08 で pH 7.5~9.0 の範囲に適しており、通常は塩酸と組み合わせて使用されます。クエン酸緩衝液は クエン酸とクエン酸ナトリウムで構成され、キレート効果により DNA の安定化にも寄与します。その他、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)など、実験目的に応じた多様な選択肢があります。
参考)https://www.dojindo.co.jp/technical/pdf/material8.pdf
各緩衝液が最適な緩衝能を発揮する pH 範囲は、その構成成分の pKa 値によって決定されます。緩衝液は一般的に pKa ± 1 の範囲で効果的に機能し、pH = pKa のときに最大の緩衝能を示します。
参考)緩衝液(バッファー)の基礎知識|試薬ダイレクト|林純薬工業の…
緩衝液の種類 | pH範囲 | 主な構成成分 | 用途例 |
---|---|---|---|
酢酸緩衝液 | 3.2~6.2 | 酢酸、酢酸ナトリウム | 一般的な生化学実験 |
リン酸緩衝液 | 5.2~8.3 | リン酸、リン酸ナトリウム | 酵素反応、細胞培養 |
トリス緩衝液 | 7.5~9.0 | Tris、塩酸 | タンパク質実験 |
クエン酸緩衝液 | 3.0~6.2 | クエン酸、クエン酸ナトリウム | DNA実験 |
塩化アンモニウム緩衝液 | 8.0~10.0 | NH₃、NH₄Cl | アルカリ性条件実験 |
温度変化は緩衝液の pKa 値に影響を与え、結果として pH も変動します。室温で調製した緩衝液を低温室に移すと pH が変化するため、使用温度での pH 調整が重要です。
参考)https://www.pssj.jp/archives/files/articles/031.pdf
グッドバッファーは、1960年代に Norman Good らによって開発された生化学実験用の緩衝剤群です。これらは細胞に対して毒性がなく、生体膜を透過しにくい、金属イオンとの錯形成能が小さいなどの特徴を持ちます。
参考)https://www.dojindo.co.jp/technical/catalog/13.pdf
代表的なグッドバッファーとして、HEPES(pH 6.8~8.2、pKa 7.45~7.65)は哺乳動物細胞培養や体外受精の緩衝液として広く使用されています。MOPS(pH 6.5~7.9、pKa 7.0~7.4)は RNA の電気泳動で有用で、鉄とのみ強い相互作用を示します。MES(pH 5.5~6.7、pKa 5.9~6.3)は低分子タンパク質の電気泳動に適していますが、Fe、Mg、Mn、Cu、Ni などの金属イオンと相互作用する点に注意が必要です。
参考)細胞培養に最適な 9 つの生物学的バッファー - ブログ -…
その他、PIPES、POPSO、ADA などのグッドバッファーも特定の pH 範囲で使用され、それぞれ遊離酸の溶解性や金属イオンとの相互作用などの特性が異なります。グッドバッファーは水に良く溶けるため高濃度緩衝液の調製が可能で、濃度・温度・イオン組成の影響を受けにくいという利点があります。
参考)同仁化学 Good's Buffer シリーズ|【ライフサイ…
緩衝液を選択する際、最も重要な指標は使用したい pH に近い pKa を持つ緩衝剤を選ぶことです。pKa とは酸性の強さを表す指標で、pKa = pH のときに酸の 50% が解離している状態となり、この条件で緩衝作用が最大になります。
参考)適切な生物学的緩衝液を選択する方法 - ブログ - Hopa…
温度変化は緩衝液の性能に大きく影響します。緩衝液の pKa 値は温度に依存するため、実験を行う温度に応じて pH を設定する必要があります。van't Hoff の式によれば、pKa を絶対温度の逆数に対してプロットすることで、温度によるpH変化を理論的に予測できます。一般的に、弱塩基を用いた緩衝液は希釈時に pH が小さくなり、弱酸を用いた緩衝液は pH が大きくなる傾向があります。
参考)緩衝液(バッファー)の調製方法|試薬ダイレクト|林純薬工業の…
実験における緩衝液選択では、サンプルや実験工程との相互作用も考慮すべきです。例えば、リン酸緩衝液は多価カチオンと錯形成したり、カルシウムと沈殿を生成したりする可能性があり、特定の酵素(カルボキシペプチターゼなど)の活性を抑制することもあります。LC/MS を使用する場合は揮発性緩衝液が望ましいため、酢酸ナトリウムではなく酢酸アンモニウムを使用するなどの配慮が必要です。
参考)http://www.chem.konan-u.ac.jp/PCSI/web_material/buffer.pdf
実験目的に応じた緩衝液の使い分けは、研究や分析の成否を左右します。細胞培養では、細胞に対して毒性がなく生体膜を透過しにくいグッドバッファーが推奨され、特に HEPES は高密度培養の開放系や体外受精の緩衝液として標準的に使用されています。
参考)Goodhref="https://www.hopaxfc.com/ja/blog/what-is-a-goods-buffer" target="_blank">https://www.hopaxfc.com/ja/blog/what-is-a-goods-bufferamp;#039;s Bufferとは? - ブログ - …
クロマトグラフィーや電気泳動では、移動相や溶媒としての役割を果たす緩衝液が必要です。pH メーターの較正には標準緩衝液(pH 4、7、9 など)が使用され、正確な pH 測定の基準となります。酵素反応実験では、酵素が最適に機能する狭い pH 範囲を維持する必要があり、わずかな pH のずれでも酵素活性が低下したり変性したりする可能性があります。
参考)https://www.monotaro.com/k/store/%E7%B7%A9%E8%A1%9D%E6%B6%B2/
血液中では炭酸と炭酸水素イオンが緩衝液として機能し、血漿を pH 7.35~7.45 の範囲に保っています。このように生体内でも緩衝系は重要な役割を果たしており、生理学的研究では生体の緩衝系を模した緩衝液が選択されます。実験条件に最適な緩衝液を選ぶことで、再現性の高い結果が得られ、研究の信頼性が向上します。
参考)HPLC分析に用いる緩衝液の調製 : 分析計測機器(分析装置…
緩衝液の調製には主に2つの方法があります。一つは弱酸と弱塩基を直接混合する方法で、もう一つは弱酸または弱塩基の溶液に強酸または強塩基を加えて pH を調整する方法です。多くの試験法では前者の方法が記載されており、僅かな pH の誤差が分離の再現性に影響するため、正確な調製が求められます。
緩衝液は可能な限り低濃度で調製することが推奨されます。濃度が高くなれば緩衝作用も高くなりますが、反応や測定への影響も大きくなります。特に生化学的反応では、緩衝物質が酵素活性や基質、補酵素との反応に影響するため、pH を保てる最小濃度の使用が望ましいです。
保存時には微生物の発生や沈殿の生成に注意が必要です。塩基性の緩衝液は大気中の二酸化炭素を吸収するため pH が酸性側に傾きます。これを防ぐため、フィルター(2.0~0.45μm)でろ過した緩衝液を滅菌済みの密封容器に入れて保存することが効果的です。高圧滅菌(オートクレーブ、120℃で20分程度)を行うと微生物汚染をさらに防ぎ、比較的長期間の保存が可能になります。
グッドバッファーの調製では、ADA、PIPES、POPSO などは遊離酸が難溶性のため、モノナトリウム塩溶液として調製します。例えば ADA の場合、19.026 g と NaOH 4 g を脱イオン水に溶解して A 液を作り、別途 0.1 mol/l NaOH 溶液(B 液)を調製し、A 液に B 液を加えて目的の pH に調整します。希釈する場合は、イオン強度の変化により pH も変動するため、最終濃度で目的の pH になるよう調製することが重要です。