

建築現場での激しい肉体労働を終えた後、温かいアサリの味噌汁や酒蒸しを口にしたとき、五臓六腑に染み渡るような深い味わいを感じたことはありませんか?その感動の正体こそが、貝類に特有に含まれる「コハク酸」という成分です。一般的に、旨味成分といえば昆布のグルタミン酸や鰹節のイノシン酸が有名ですが、コハク酸はこれらとは異なる「有機酸」のグループに属しています。
参考)https://futaba-dashi.com/blog/%E3%82%B3%E3%83%8F%E3%82%AF%E9%85%B8%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%AA%E6%88%90%E5%88%86%EF%BC%9F%E6%97%A8%E5%91%B3%E3%81%AE%E7%9B%B8%E4%B9%97%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84/
コハク酸自体は、単体で舐めると少し苦味やえぐみ、そして独特の酸味を持っています。しかし、これが適度な濃度で塩分や他のアミノ酸と混ざり合うことで、料理に「厚み」や「コク」、そして「キレ」を与えます。これが、単なる旨味成分の足し算では説明できない、味の奥行きを生み出す仕組みなのです。
参考)旨味とは?主要な5つの旨味成分と多く含まれている代表的な食材
特に興味深いのは、コハク酸が「相乗効果」という文脈で語られる際の複雑さです。科学的な味覚検査において、グルタミン酸とイノシン酸のような爆発的な数値上の相乗効果(1+1=7になるような現象)とは異なり、コハク酸は「味わいの持続性」や「味の複雑さ」を強化する働きが強いとされています。しかし、料理の世界、特に和食の現場では、この貝類の出汁を合わせることで、他の食材の個性を引き立て、満足度を底上げすることを「相乗的な美味しさ」として経験的に理解し、活用してきました。現場で汗をかき、塩分とミネラルを欲している身体にとって、コハク酸の持つ鋭い旨味は、脳に直接「美味しい」と訴えかける強力なシグナルとなるのです。
参考)貝類に含まれるうま味成分「コハク酸」の生成メカニズムと含有量…
貝類に含まれるコハク酸の量は、種類によって大きく異なります。シジミやアサリ、ハマグリなどの二枚貝に特に多く含まれており、これらが「良い出汁が出る」と言われる最大の理由です。逆に、ホタテやカキなどは、コハク酸よりもグリコーゲンや別のアミノ酸が主役となることが多く、味わいのキャラクターが異なります。私たちが「貝の出汁は体に染みる」と感じるその背後には、このコハク酸特有の、舌の奥に残るような深い旨味のメカニズムが隠されているのです。
この記事では、コハク酸の基礎知識から食材の特性、他の旨味成分との関係性について詳しく解説しています。
コハク酸とはどんな成分?旨味の相乗効果についても解説します | 株式会社フタバ
家庭での晩酌や休日の料理で、コハク酸の力を最大限に引き出すためには、相性の良いパートナーを見つけることが重要です。その最強のパートナーこそが、野菜や昆布に多く含まれる「グルタミン酸」です。コハク酸を持つ貝類と、グルタミン酸を持つ食材を組み合わせることで、味の土台が盤石になり、プロの料理人が作ったような完成度の高い一皿に仕上がります。
参考)うま味の成分
具体的な組み合わせの例として、以下のような「旨味の方程式」を意識したレシピが推奨されます。
調理の際のポイントは、決して味付けを濃くしすぎないことです。コハク酸とグルタミン酸の組み合わせ自体が非常に強い旨味を持っているため、塩や醤油は最小限で十分です。むしろ、調味料を減らすことで素材本来の旨味を感じやすくなり、塩分摂取量を気にする方にとっても健康的な食事となります。
また、トマトもグルタミン酸が非常に豊富な食材です。「ボンゴレ・ロッソ(アサリのトマトソースパスタ)」が世界中で愛されているのも、トマトのグルタミン酸とアサリのコハク酸が出会うことで生まれる、爆発的な美味しさが理由です。現場仕事でスタミナをつけたい時には、ニンニクを効かせたボンゴレ・ロッソを作るのも良いでしょう。ニンニクの香り成分もまた、食欲を刺激し、旨味の感受性を高める効果が期待できます。
旨味成分の代表的な種類と、それらを多く含む食材について一覧で確認できます。
うま味の成分 | 特定非営利活動法人 日本うま味調味料協会
お酒を愛する建築従事者の皆様にとって、日本酒は単なるアルコール飲料ではなく、一日の疲れを癒やす重要なパートナーではないでしょうか。実は、この日本酒という飲み物自体にも「コハク酸」が含まれていることをご存知でしょうか?日本酒、特に純米酒や生酛(きもと)造りのような伝統的な製法で造られたお酒には、発酵の過程で酵母が生み出したコハク酸が豊富に含まれています。
日本酒に含まれるコハク酸は、お酒に「キレ」や「押し味」と呼ばれる力強さを与えます。冷酒ですっきりと飲むのも美味しいですが、コハク酸が豊富な日本酒は、お燗(熱燗やぬる燗)にすることでその真価を発揮します。温めることでコハク酸の持つ旨味が膨らみ、酸味のカドが取れてまろやかになるからです。そして、ここで重要になるのが「料理との相乗効果(ペアリング)」です。
「コハク酸を含むお酒」と「コハク酸を含む料理」を合わせる、つまり「同調」させるペアリングは、失敗の少ない鉄板の組み合わせです。例えば、アサリの酒蒸しや貝の刺身を肴に、コハク酸の多い純米酒を合わせると、口の中で旨味の成分が重なり合い、余韻が驚くほど長く続きます。これは、ワインの世界で言うところの「マリアージュ」と同じ原理ですが、コハク酸という特定の成分に着目することで、より理論的に美味しい組み合わせを見つけることができます。
さらに、日本酒の持つコハク酸は、魚介類の生臭さをマスキングする(包み込んで消す)効果も期待できます。現場仕事の後の乾いた喉にビールを一気に流し込むのも格別ですが、その後にゆっくりと、コハク酸たっぷりの熱燗と貝料理を楽しむ時間は、明日への活力を養う極上のひとときとなるでしょう。
具体的には、ラベルに「酸度」が高めと表示されている日本酒や、「山廃」「生酛」と書かれたものを選ぶと、コハク酸を感じられる可能性が高いです。晩酌の際には、単にお酒を選ぶだけでなく、「このお酒の酸味はコハク酸かな?」と意識しながら、あえて貝類の缶詰やお惣菜を合わせてみるのも、大人の粋な楽しみ方と言えます。
せっかくの貝類も、下処理の方法を間違えると、その主役であるコハク酸を十分に引き出せないばかりか、不快なジャリッとした食感(砂)が残ってしまいます。しかし、ここにはあまり知られていない「裏技」があります。実は、貝類に含まれるコハク酸の量は、一定の条件下で劇的に増加させることができるのです。そのキーワードは「嫌気呼吸」です。
通常、スーパーで買ってきたアサリやシジミは、すぐに調理しがちですが、砂抜きをした後に「空中放置」という工程を加えることで、旨味がアップします。貝類は水から上げられ、酸素が不足した状態(低酸素状態)に置かれると、体内のグリコーゲンを分解してエネルギーを作り出そうとします。この代謝プロセス(コハク酸発酵などと呼ばれる経路)の結果として、体内にコハク酸が蓄積されるのです。
具体的な手順は以下の通りです。
たったこれだけの手間で、貝類は厳しい環境に耐えるために体内成分を変化させ、結果として私たちが食べた時のコハク酸濃度、つまり「旨味」が増加します。これは、生き物が持つ生命力を頂くという行為そのものです。
また、加熱の方法も重要です。コハク酸やその他の旨味成分は、細胞の中に閉じ込められています。いきなり沸騰したお湯に放り込むと、貝の身が急激に収縮して固くなり、旨味が出汁に溶け出す前に火が通ってしまいます。理想的なのは「水からゆっくり加熱する」ことです。水温が徐々に上がる過程で、貝のエキスがじわじわと汁に溶け出し、貝の口が開いた瞬間には、濃厚な出汁が完成しています。
特に味噌汁を作る際は、貝の口が開いた直後に火を弱め、煮立たせないように注意してください。グラグラと煮立たせると、せっかくのコハク酸の風味が飛び、身も縮んでしまいます。現場監督が工程管理を徹底するように、料理もまた、温度と時間の管理でその品質(味)が決まるのです。この「放置」と「緩慢加熱」のテクニックを使えば、いつもの貝汁が料亭の味に変わります。
コハク酸の含有量や生成メカニズムについて、専門的な視点から詳細に解説されています。
貝類に含まれるうま味成分「コハク酸」の生成メカニズムと含有量 | 小林食品株式会社
最後に、建設業に従事する皆様にとって最も重要かもしれない、コハク酸の「健康効果」について、独自の視点から解説します。ここまで味の成分としてのコハク酸を語ってきましたが、実はコハク酸は、私たちの体内でもエネルギーを生み出すために重要な役割を果たしています。
参考)https://www.toyo.ac.jp/assets/research/gaku/inoue/report/2024inouehoukoku.pdf
私たちの身体には「クエン酸回路(TCAサイクル)」というエネルギー生産システムが備わっています。食事で摂取した糖質や脂質を、活動のためのエネルギー(ATP)に変換する工場のラインのようなものです。コハク酸は、この回路の中に存在する物質の一つです。激しい肉体労働を行うと、この回路の回転が追いつかなくなったり、バランスが崩れたりして、エネルギー不足や疲労感を感じるようになります。
コハク酸を食品から摂取することが、直接的に即座のスタミナ源になるという単純な話ではありませんが、貝類にはコハク酸以外にも、タウリンや亜鉛、鉄分、ビタミンB12といった、疲労回復や肝機能の強化に不可欠な栄養素が豊富に含まれています。「お酒を飲んだ後にシジミ汁を飲むと良い」というのは、単なる迷信ではなく、アルコール分解で疲弊した肝臓を助けるオルニチンや、ミネラル補給の観点から理にかなっています。
特に、コハク酸の「旨味」そのものが持つ生理的な効果も見逃せません。強い旨味を感じると、消化液の分泌が促進され、食欲が増進します。夏場の炎天下や冬の極寒の現場作業で体力を消耗し、食欲が落ちてしまった時でも、コハク酸の効いた濃い出汁の香りなら、受け付けられるという経験はないでしょうか?
「美味しく食べて、しっかり回復する」。このサイクルのスイッチを入れるトリガーとして、コハク酸の相乗効果を活用するのです。
例えば、週末に作り置きとして「アサリの生姜煮(しぐれ煮)」を作っておくのはいかがでしょうか。生姜の成分が血行を促進し、アサリのコハク酸とミネラルが身体を内側から修復してくれます。白米に乗せてかき込めば、明日の現場に向かう活力が湧いてくるはずです。コハク酸という物質は、単なる調味料の一部ではなく、過酷な環境で働く「プロフェッショナル」の身体を支える、頼もしい味方なのです。美味しいと感じること自体が、脳と身体への最高のご褒美であり、最強のリカバリー術と言えるでしょう。
研究報告書などで、コハク酸がクエン酸回路や電子伝達系に関与していることが示唆されています。
2024 年度 井上円了記念研究助成研究報告書(PDF) | 東洋大学

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