
高周波焼入れは、電磁誘導加熱という物理現象を利用した表面硬化処理です。加工対象物の近くに銅製コイルを配置し、高周波電流を流すことで磁力が発生します。この磁束により、鋼材表面に誘導電流(渦電流)が生じ、金属自体の電気抵抗によってジュール熱が発生する仕組みです。
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高周波電流には「表皮効果」という特性があり、周波数が高くなるほど電流は表面層に集中します。この効果により、鋼材の表面部分だけを選択的かつ急速に加熱できるため、数秒から数分という短時間で必要な温度(通常850~950℃程度)まで到達します。表面部がオーステナイト状態になったら、すぐに急冷することでマルテンサイト組織に変化し、高い硬度を得られます。
参考)高周波焼入れ
炉外でコイルを使用する単体流し処理のため、大量生産ラインへの組み込みが容易で、自動化にも適しています。コイル形状を工夫することで、必要な箇所だけに焼入れを施すことが可能であり、部分的な硬化が求められる部品に最適です。
参考)他の熱処理との違い
浸炭焼入れは、低炭素鋼の表面に炭素を拡散させてから焼入れを行う表面硬化処理です。現在主流のガス浸炭法では、メタンやプロパンなどの炭素源ガスを充満させた炉内で、部品を850~950℃程度に加熱します。高温環境下で炭素原子が鋼の表面から内部へと拡散し、炭素濃度の高い表面層が形成されます。
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浸炭処理後は、部品を高温のまま急冷する焼入れ工程に移ります。油、水、ポリマー溶液などの冷却媒体で急冷することで、高炭素化した表面層がマルテンサイト組織となり、極めて高い硬度を発現します。その後、150~200℃程度の低温で焼戻しを行い、内部応力を緩和して靭性を付与します。
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炉内でまとまった量を一度に処理できるため、小型部品の大量生産に適していますが、処理全体で数時間を要するのが特徴です。防炭処理を施すことで、焼入れが不要な部分への炭素浸透を防ぐことも可能ですが、事前準備に手間がかかります。
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高周波焼入れと浸炭焼入れでは、得られる硬化層の深さに明確な違いがあります。高周波焼入れの有効硬化層深さは通常1~5mm程度であり、深い硬化層が必要な部品に適しています。周波数やコイル出力、加熱時間を調整することで、硬化深さを秒単位で精密にコントロールできるのが大きな利点です。
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一方、浸炭焼入れの有効硬化層深さは0.3~1.2mm程度と比較的浅めです。深い硬化層を得るには、炉内での投入時間を延長して炭素を深くまで拡散させる必要があり、処理時間が大幅に増加します。全硬化層深さは有効硬化層深さの約1.5~2倍となり、表面から炭素が浸入している範囲全体を指します。
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有効硬化層深さの定義もJIS規格で異なります。高周波焼入れでは表面から一定硬度(通常HRC40程度)までの距離、浸炭焼入れでは表面から550HVまでの距離と規定されており、品質管理において重要な指標となります。硬化層深さの測定は、通常テストピースで行われますが、製品における確実な証明には破壊試験が必要です。
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両者では使用する材料の炭素含有量が根本的に異なります。高周波焼入れには、S45C、SCM435、SCM440、SUJ2、SK3などの中炭素鋼(炭素含有量0.3~0.6%程度)や高炭素鋼が適しています。これらの材料は元々十分な炭素を含んでおり、加熱と急冷だけで硬化するため、炭素を追加する必要がありません。
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浸炭焼入れには、SCM415、SCM420、SNCM420などの低炭素鋼(炭素含有量0.1~0.3%程度)を使用します。肌焼鋼と呼ばれるこれらの材料は、炭素含有量が低いため、そのままでは焼入れ効果が十分に得られません。表面に炭素を浸透させることで、表層部の炭素濃度を高めて硬化させる仕組みです。
参考)浸炭焼入れとは
例外的なケースとして、SCM415などの低炭素鋼に高周波焼入れを施す方法もあります。この場合、先に浸炭焼入れと焼なましを行い、その後必要部分にだけ高周波焼入れを施します。手間はかかりますが、防炭処理では対応できない複雑な形状の部品で、硬さを入れたくない部分がある場合に有効な手法です。
処理時間の差は両者の最大の違いの一つです。高周波焼入れは加熱から冷却までが数秒~数分で完了するため、生産性が極めて高く、短納期が求められる案件に最適です。自動化ラインへの組み込みも容易で、タクトタイムの短縮に大きく貢献します。
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浸炭焼入れは炭素の拡散に時間を要するため、浸炭処理だけで数時間、その後の焼入れ・洗浄・焼戻しを含めると処理全体で半日以上かかることもあります。大量生産では一度に多数の部品を処理できるメリットがありますが、リードタイムは長くなります。
参考)https://seizogyo-channel.com/news/hyoumen_kouka/
設備コストでも差があります。高周波焼入れ装置は比較的安価で導入しやすく、維持費も抑えられるため、中小企業でも採用しやすい方法です。浸炭焼入れ設備、特に真空浸炭炉は初期投資が高額になりますが、高精度な処理が可能で酸化や脱炭のリスクが低いという利点があります。ガス浸炭炉は比較的安価ですが、真空浸炭と比べると表面品質で劣る場合があります。
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建築事業や機械製造における適用例を見ると、それぞれの特性がよく理解できます。高周波焼入れは、シャフト、ギヤ、ベアリングなど比較的単純な外形を持つ部品に最適です。建設機械の駆動系部品や工作機械のスピンドル、自動車のクランクシャフトなど、特定部分に高い摩耗耐性が求められる用途で広く採用されています。
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浸炭焼入れは、自動車のトランスミッションギヤ、建設機械の遊星歯車、精密機械の複雑形状部品など、内部靭性を保ちながら表面硬度が必要な部品に使用されます。複雑な形状や細かい部分にも均一に処理できるため、歯車の歯底や穴部など、高周波焼入れでは対応困難な箇所の硬化に有効です。
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建築機械の油圧シリンダーロッドでは、高周波焼入れにより表面の耐摩耗性を確保しつつ、内部の靭性を維持することで、繰り返し荷重に対する耐久性を高めています。一方、建設機械の差動装置に使われる小型ギヤは、浸炭焼入れにより歯面の高硬度化と歯元の強度向上を両立させています。どちらの方法を選択するかは、部品形状、求める硬化層深さ、生産数量、コスト制約などを総合的に判断して決定します。
高周波焼入れの主なメリットは、短時間処理による高い生産性、比較的安価な設備コスト、部分的な選択硬化が可能な点です。研磨や焼鈍などの事後処理が不要な場合も多く、工程を簡略化できます。デメリットとしては、広範囲の焼入れには不向きで、複雑形状への対応が難しい点が挙げられます。また、高周波焼入れでは芯部が母材硬度のままとなるため、内部まで硬度が必要な用途には適しません。
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浸炭焼入れのメリットは、複雑形状にも対応でき、均一な硬化層が得られる点です。表面硬度と内部靭性のバランスに優れ、疲労強度が高いため、高負荷がかかる部品に最適です。デメリットは処理時間が長いこと、変形や寸法変化が生じやすいため焼入れ後に研削などの後加工が必要になることです。また、設備費や運用コストが高周波焼入れより高額になる傾向があります。
参考)鉄の熱処理技術:焼入れ焼戻し、浸炭焼入れ、高周波焼入れの徹底…
選択基準としては、次のポイントを考慮します。高い疲労強度と内部強度が必要で複雑形状の部品には浸炭焼入れ、単純形状で表面硬化のみが必要な部品には高周波焼入れが適しています。短納期や大量生産が求められる場合は高周波焼入れ、高精度で均一な品質が求められる場合は浸炭焼入れを選択するのが一般的です。コスト重視であれば高周波焼入れやガス浸炭、品質重視であれば真空浸炭を検討するとよいでしょう。
参考)高周波焼入れと浸炭焼入れの違い
富士電子工業 - 他の熱処理との違い
高周波焼入れと浸炭焼入れの3つの主な違いについて、処理方法、必要箇所への焼入れアプローチ、焼入れ深さの確保方法の観点から詳細に解説されています。
Mitsuri - 高周波焼入れとは?原理、適した材質、硬度
高周波焼入れの電磁誘導原理、表皮効果のメカニズム、適用材料の選定基準について、図解を交えて分かりやすく説明されています。
金属加工コーディネーター - 浸炭焼入れとは?効果、長寿命化への応用まで徹底解説
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