

ピアノ線の「強度」を議論するとき、まず共通言語になるのがJIS G 3522に示される引張強さ(N/mm2)の範囲です。
この規格は、主として動的荷重を受けるばね用のピアノ線を対象にしており、材料の種類をSWP-A、SWP-B、SWP-Vの3種類として整理しています。
つまり建築・設備の現場でも、吊り・固定・復帰力を期待する用途(ばね的に繰返し荷重がかかる部位)にピアノ線を使うなら、設計・検査の入口はJISの「線径別の引張強さ」になる、ということです。
ここで重要なのは「引張強さは一定ではなく、線径でレンジが変わる」点です。
参考)JISG3522:2014 ピアノ線
例えばSWP-Aでも、細い線径(0.08mm付近)は約2890〜3190N/mm2、太い線径(10.0mm付近)は約1420〜1570N/mm2のように大きく変動します。
「同じSWP-Aだから強いはず」といった思い込みは危険で、線径が変わると“材料としての強さの前提”が変わると捉えるのが現場向きです。
また、標準線径以外の線径については「その線径を超えて最も近い標準線径の規定値による」という運用が明記されています。
この一文は地味ですが、調達で「中途半端な線径」を選ぶと、規格上の扱い・検査条件・説明責任が難しくなる可能性を示唆します。
強度トラブルを避けるなら、標準線径に寄せる、もしくは特注扱いの根拠を最初から文書化する、が実務的です。
参考)https://www.hirano-steel.com/wp/wp-content/uploads/2023/11/JIS-G-3522.pdf
参考:規格としての引張強さレンジ(根拠)
JIS G 3522:2014「ピアノ線」本文(引張強さ・線径・表面状態などの要求事項)
JIS G 3522では、SWP-Aは0.08mm以上10.0mm以下、SWP-Bは0.08mm以上8.00mm以下、SWP-Vは1.00mm以上6.00mm以下の適用線径として整理されています。
ここで建築従事者が現場で迷うのが「SWP-AとSWP-Bのどちらを選ぶか」です。
結論から言うと、同一線径で比較したとき、SWP-Bの方がSWP-Aより引張強さのレンジが高く規定されており、強度を優先したい場合に選びやすい立ち位置です。
たとえば線径0.40mmの場合、SWP-Aは2350〜2600N/mm2、SWP-Bは2600〜2840N/mm2が表に示されています。
同じ「0.40mm」でも選ぶ種類によって規格上の下限値が変わるので、破断リスクを下げたい・余裕を見たいときにSWP-Bへ寄せる判断が成立します。
一方で、強度を上げるほど加工性や成形時の割れリスク、取り回し性(硬さ)など別の難しさが増えるのが一般論で、強度だけで決めると施工・加工工程で詰まります。
参考)ピアノ線とは?SWP-A・B・Vの強度や用途の違いを詳しく解…
実務では「線径を太くする」か「SWP-Bへ上げる」かで迷いがちですが、両者は同じ意味ではありません。
線径変更は、引張強さレンジだけでなく、必要荷重に対する断面積、曲げ癖、取り回し、固定具の選定まで連鎖的に影響します。
逆に、線径固定でSWP-A→SWP-Bに上げるのは、納まりや施工手順を変えずに規格上の強度レンジを上げられる可能性がある、というのが現場では効きます。
参考:線径別の引張強さ一覧(見積・検査で使いやすい表)
ピアノ線の線径と引張強さ(SWP-A/SWP-B/SWP-V一覧表)
ピアノ線強度を“数値として”確認する基本は引張試験で、JIS G 3522では引張試験をJIS Z 2241により行うこと、つかみ間隔の目安(線径1.00mm未満は約100mm、1.00mm以上は約200mm)まで規定しています。
現場の検査でよく起きる論点が「試験片がつかみ部から破断したケースの扱い」で、JISではその場合は試験を無効とし、同一線から採り直して試験をやり直すとしています。
つまり、結果の数値だけでなく“破断位置”を見ないと、正しい強度評価にならない場面がある、ということです。
また、JIS G 3522は引張強さだけの規格ではなく、巻付け性(細線の靭性の見方)、ねじり特性、曲げ性など、施工・加工で事故が起きやすい特性も試験として要求しています。
例えば巻付試験は「線径と同じ直径の心金に4回以上巻付け、破断や有害なきずがないこと」を確認する内容で、曲げ・折り癖のトラブルが出やすい現場作業に直結します。
「引張強さは合っているのに割れた」という事故は、引張強さ以外(表面きず、靭性不足、ねじり特性の問題)で説明がつくケースがあるため、強度を語るときほど“試験の種類”の理解が重要です。
さらに、線径の測定方法も規定され、同一断面の最大径・最小径を測って平均値を求める、とされています。
この“最大と最小”を見る考え方は、真円度の悪化や偏径差が、局所応力や破断起点になり得ることを前提にしていると読めます。
施工者側としては、ノギスで一方向だけ測って安心するのではなく、方向を変えて測る癖を付けると品質事故を減らせます。
あまり知られていない落とし穴が、「同じ引張強さレンジでも、表面状態が悪いと実力が出ない」という点です。
JIS G 3522では外観として“表面が滑らかで、きずを含む有害な欠点があってはならない”としつつ、全長にわたる欠点検出が一般に困難であることにも触れ、コイル内で発見された欠点の取り扱いは協定による、と現実的な注意書きがあります。
この記述は、施工現場での「巻き癖の中に隠れた疵」「ほどいたら出てくる線状疵」がゼロにできない前提を示していて、強度トラブルの責任分界(どの段階で発見したか)にも関わります。
さらに踏み込むと、きず深さは線径ごとに上限が表で規定され、例えば線径1.00〜2.00mmでSWP-A/SWP-Bは0.02mm以下、といった具体値があります。
0.02mmという値は一見小さいですが、高強度材ほど表面欠陥が疲労の起点になりやすく、「強い材料ほど表面に敏感」という直感に反する現象を引き起こします。
建築の吊り・引張用途では静的に見えても、微振動(機械室、屋外設備、風、地震後の残留振動)で繰返し応力が乗ることがあるため、表面の扱いは軽視できません。
脱炭層も重要で、SWP-A/SWP-Bは“有害な脱炭層を認めてはならない”、SWP-Vはさらに厳しくフェライト脱炭層を認めず、全脱炭層深さは線径の1.5%以下かつ0.05mmを超えない、とされています。
脱炭は表面の炭素が抜けて軟化し、表面から塑性変形・微小亀裂が進みやすくなるため、引張強さのカタログ値だけでは寿命を保証できなくなります。
現場で「同じ規格なのに、あるロットだけ切れやすい」場合、保管環境や施工だけでなく、脱炭や表面欠陥の疑いも持つと切り分けが速くなります。
検索上位では引張強さ表だけが注目されがちですが、独自視点として押さえたいのが、JISに書かれている“きず検出試験(酸腐食試験)”です。
JIS G 3522では、塩酸を適切な濃度に希釈した溶液を煮沸し、残留ひずみを除いた試験片(約200mm)を浸せきして、点食を起こさずに線径の約1%減少させた後、きずの有無を調べる、と規定しています。
つまり、目視や通常測定では見えない疵を“化学的にあぶり出す”思想が入っており、強度=引張強さだけでは語れないことを規格自身が示しています。
この試験が示唆する実務的なポイントは2つあります。
1つ目は、表面の微小欠陥は、現場での曲げ・ねじり・締結時に応力集中を作り、最終的に破断の起点になる可能性があることです。
2つ目は、保管時の錆や酸性環境(酸性洗浄剤、薬品、コンクリート中の一部反応生成物が触れる状況など)により、微小欠陥が成長しやすいという現場リスクを想像しやすくなる点です。
施工・保全の観点では、次のような運用が効きます。
なおJIS本文には「この規格の一部は著作権法で保護対象」と明記があるため、社内資料に引用する場合は丸写しではなく要点を自分の言葉でまとめ、必要に応じて規格番号・該当箇所を示す運用が安全です。