
せん断破壊とは、部材に作用するせん断力によって生じる破壊形式です。鉄筋コンクリート造の壁は、非常に「かたく、耐力の大きい部材」として知られています。この特性により、外力が作用しても変形しにくく、大きな力に抵抗できるという利点があります。
しかし、この高い剛性と耐力には重大な欠点が伴います。壁の耐力を超える外力が作用すると、突然斜めの破壊線が入り、一気に壊れてしまいます。このような破壊を「せん断破壊」と呼びます。
せん断破壊の特徴として、以下の点が挙げられます。
鉄筋コンクリート造の壁が多い建物では、この壁のせん断破壊が生じやすくなります。壁は「かたくて耐力が大きい」という長所がある一方で、「壊れる時は一気に壊れる」という短所も持ち合わせているのです。
建築構造において、せん断破壊と曲げ破壊は全く異なる特性を持っています。この違いを理解することは、安全な建築設計において極めて重要です。
せん断破壊の特徴。
曲げ破壊の特徴。
これらの違いから、建築設計では「せん断破壊よりも曲げ破壊が先行するように設計する」という基本原則が確立されています。これにより、建物が崩壊する前に変形という形で警告を発することができ、人命を守るための時間的余裕が生まれます。
特に柱や梁といった主要構造部材では、せん断破壊を絶対に避けるべきとされています。例えば、梁がせん断破壊を起こすと鉛直荷重を支えられなくなり、建物内の人々が避難する前に上階が崩落するという危険な状況を招きかねません。
せん断破壊は、せん断スパン比(a/d)によって異なる形式を示します。せん断スパン比とは、載荷点から支持部までの水平距離(a)と有効高さ(d)の比率を表します。この比率によって、破壊の挙動や特性が大きく変わります。
また、せん断スパン比が2.5未満の部材は「ディープビーム」と呼ばれ、せん断補強筋の効果や挙動については十分に解明されていない部分があるため、設計上特別な考慮が必要となります。
せん断ひび割れの発生メカニズムを理解することは、せん断破壊を防ぐ上で重要です。せん断ひび割れは、一見するとせん断力によって水平方向に生じるように思えますが、実際には斜めに入るという特徴があります。
なぜせん断ひび割れは斜めに入るのでしょうか?これは、コンクリートの基本的な性質である「引張に弱い」という特性に起因しています。せん断力が作用すると、部材内部には主応力が発生し、この主応力の引張成分に対して垂直な方向にひび割れが生じます。
せん断ひび割れは大きく分けて2種類あります。
梁に荷重が作用した場合のひび割れの進展過程は以下のようになります。
① 初期段階:曲げひび割れが発生(荷重が小さい段階)
② 中間段階:曲げせん断ひび割れや斜め引張ひび割れが発生(荷重が増加)
③ 最終段階:ひび割れが進展し、せん断破壊に至る(荷重が限界を超える)
この進展過程を理解することで、実際の構造物の点検時にひび割れの状態からその危険性を評価することが可能になります。
せん断破壊は建築物に致命的な損傷をもたらすため、これを防ぐための適切な設計と補強が不可欠です。ここでは、せん断破壊を防ぐための具体的な方法について解説します。
1. 適切な鉄筋配置
せん断破壊を防ぐ最も基本的な方法は、適切な鉄筋配置です。
梁の場合、荷重は通常上部から作用するため、主鉄筋は上下端に配置されます。一方、柱の場合は地震などの方向が特定できない外力に対応するため、四辺すべてに主鉄筋が配置されます。
2. せん断補強筋の適切な配置
せん断補強筋(スターラップやあばら筋)は、せん断ひび割れの進展を抑制し、せん断耐力を向上させる重要な役割を果たします。設計では以下の点に注意が必要です。
3. 曲げ降伏先行型の設計
建築構造の設計では、「せん断破壊よりも曲げ破壊が先行するように設計する」という原則が重要です。これは以下の式で表されます。
せん断耐力 > 曲げ耐力に対応するせん断力
この条件を満たすことで、部材は曲げによって降伏し、急激なせん断破壊を避けることができます。
4. 既存建築物の耐震補強
既存の建築物でせん断破壊の危険性がある場合、以下のような補強方法が考えられます。
これらの設計手法と補強方法を適切に実施することで、建築物のせん断破壊を防ぎ、安全性を確保することができます。特に耐震設計においては、地震時の繰り返し荷重に対する配慮も重要です。
日本コンクリート工学会による鉄筋コンクリート部材のせん断設計に関する詳細資料
建築基準法における耐震設計では、せん断破壊の防止が重要な位置を占めています。特に1995年の阪神・淡路大震災以降、建築物の耐震性能に関する基準は大きく見直され、せん断破壊に対する対策が強化されました。
建築基準法では、建築物の構造耐力上主要な部分に対して、地震力や風圧力などの外力に対する安全性を確保するよう求めています。特に、鉄筋コンクリート造の建物においては、柱や梁といった主要構造部材がせん断破壊を起こさないよう、以下のような規定が設けられています。
建築基準法の2000年の改正では、性能規定型の設計法が導入され、より柔軟な設計が可能になりました。この中で、せん断破壊に対する安全性を確保しつつ、建物全体としての靭性能を確保する設計手法が重視されるようになっています。
実際の設計現場では、せん断破壊を防ぐために、法令の最低基準を上回る補強筋量を採用することも一般的です。特に重要度の高い建築物や、地震時に避難所となる公共施設などでは、より高い安全性を確保するための設計が行われています。
国土交通省による建築物の構造関係技術基準解説書の参照ページ
建築士や構造設計者は、これらの法令や基準を理解し、適切な設計を行うことで、せん断破壊による建築物の崩壊を防ぎ、人命の安全を確保する重要な役割を担っています。