

物質を構成する原子や分子の個数を表す「アボガドロ定数(6.02×1023)」は、化学の教科書に出てくる非常に大きな数字ですが、実は身近な物質であるステアリン酸を使うことで、特殊な顕微鏡を使わずにアナログな実験で推定することが可能です。
この実験は、高校化学の授業や大学の基礎実験でも頻繁に取り上げられますが、その背後には「分子のサイズ」や「界面化学」といった、建設材料や防水技術にも通じる重要な物理化学の原理が隠されています。なぜステアリン酸が選ばれるのか、それはステアリン酸が持つ独特の分子構造と、水面上で見せる面白い挙動に理由があります。
本記事では、この実験のメカニズムを細部まで分解し、なぜ誤差が生まれるのか、そしてこの原理が私たちの仕事である建築・建設の現場でどのように役立っているのかを解説します。
この実験の核心は、水面上に単分子膜(たんぶんしまく)と呼ばれる、分子がきれいに一層だけ並んだ膜を作ることです。ここで重要な役割を果たすのが、ステアリン酸分子の「両親媒性」という性質です。
実験では、ステアリン酸をヘキサンなどの揮発性の高い有機溶媒に溶かした溶液を使用します。この溶液をピペットで静かに水面に滴下すると、溶媒であるヘキサンはすぐに蒸発して消えてしまいます。後に残されたステアリン酸分子は、親水基を水中に向け、疎水基を空気中に立てた状態で、まるで満員電車の乗客のように隙間なく整列します。これを「単分子膜」と呼びます。
もしステアリン酸をそのまま固形で投げ込んでも、このような綺麗な膜にはなりません。溶媒に溶かして濃度を調整し、分子が自由に動ける状態を作ってから水面に広げることで、分子同士が重なり合うことなく、理想的な一層の膜を形成させることができるのです。この膜の面積を測ることで、目に見えない分子の数を間接的に数える準備が整います。
参考リンク:[PDF] 単分子膜を用いたアボガドロ定数の測定と発展的考察(東レ理科教育賞受賞作品) - 実験の滴下方法と膜形成の様子が詳細に図解されています
参考)https://www.toray-sf.or.jp/awards/education/pdf/h28_04.pdf
単分子膜がきれいに形成されたら、次はその面積を測定し、アボガドロ定数を算出するステップに移ります。ここでの計算ロジックは、建設現場で資材の体積や必要数を計算する工程と非常によく似ています。
計算の流れは以下の通りです。
参考)https://school.gifu-net.ed.jp/ena-hs/ssh/R05ssh/sc2/22331.pdf
この実験は教育現場で人気がありますが、実は正確な 6.02×1023 を出すのが非常に難しい実験としても有名です。プロの現場でさえ、精密な管理が必要です。なぜ誤差が生じるのか、その原因を知ることはデータ分析のスキルアップにもつながります。
主な誤差の要因は以下の通りです。
参考)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11220006691
最後に、この実験で扱った「ステアリン酸」が、実は私たちの建設業界でどのように使われているか、少し視点を変えて解説します。実験で確認した**「水面で疎水基(水を弾く部分)を外に向けて並ぶ」**という性質は、コンクリートの防水技術に直結しています。
コンクリートは多孔質であり、そのままでは水を吸い込んで劣化してしまいます。そこで、ステアリン酸カルシウムなどの「金属石鹸(ステアリン酸塩)」をコンクリートに混ぜ込んだり、表面に塗布したりする技術が使われています。
この際のメカニズムは、先ほどのアボガドロ定数の実験と酷似しています。
これを「撥水(はっすい)」と呼びます。単に膜で覆う「防水」とは異なり、コンクリートの通気性を保ちながら水だけを弾くことができるのが特徴です。実験で見た「水の上にプカプカと膜を作る現象」は、実は巨大な建造物を雨や塩害から守るための最先端技術の縮図でもあるのです。
このように、基礎科学の実験を「仕事道具の原理」として捉え直すと、現場で見かける材料の挙動がより深く理解できるようになります。もし現場で「ステアリン酸系」という文字を見かけたら、あの水面上の実験を思い出してみてください。
参考リンク:[PDF] ステアリン酸の特性に着目した塗布型撥水材のコンクリート構造物への適用 - 実際の建設現場での応用研究論文です
参考)https://www.kyugikyo.com/pdf/h29/05.pdf