
防振とは、振動を抑制または遮断する技術のことです。建築分野では、外部からの振動や騒音が建物内部に伝わることを防ぐ重要な役割を担っています。特に都市部では、電車や道路交通による振動、工場や建設現場からの騒音など、様々な振動源が存在するため、防振対策は建築計画において欠かせない要素となっています。
防振の基本原理は、振動源と受振体(建物)の間に弾性体を設置し、振動エネルギーを吸収または反射させることです。この原理を応用した防振システムは、建物の基礎部分や床、壁などに組み込まれ、外部からの振動を効果的に遮断します。
防振対策が適切に行われていない建物では、以下のような問題が発生する可能性があります。
防振技術は単なる快適性の向上だけでなく、建物の耐久性や資産価値の維持にも直結する重要な要素なのです。
建築における防振対策には、様々な材料が使用されています。それぞれの材料には特性があり、用途や要求される性能に応じて選択する必要があります。主な防振材料とその特性を比較してみましょう。
1. 天然ゴム系積層ゴム
天然ゴムは柔軟性に優れ、変形することで地震の力を逃がす「絶縁機能」に高い効果を発揮します。また、数十年間にわたって建物を支え続ける「支承機能」や、変形後に元の位置に戻る「復元機能」も備えています。特に免震建築では、その信頼性の高さから広く採用されています。
2. 金属コイルスプリング
コイルスプリングは優れた防振性能を持ちますが、「サージング」と呼ばれる共振現象が発生する欠点があります。これは、スプリングに衝撃波や繰り返し荷重が加わった際に、自身の固有振動成分が大きく励起する現象です。この問題を解決するために、減衰を付加する「サージレス対策」が施されたコイルスプリングも開発されています。
3. 防振ゴム
防振ゴムは船舶のエンジン振動抑制や、映画館・音楽ホールなどの防音用として広く利用されています。電線用のゴムを防振ゴム用に配合を変えて応用するなど、様々な用途に対応できる柔軟性が特徴です。
4. 丸型防振材(ノンブレンなど)
丸型防振材は、様々な重さの対象物に使用可能で、4点支持の場合2kg〜1tまで対応できるものもあります。金具との接着強度が強く横揺れにも強さを発揮するため、コンプレッサーなどの機械設備の防振にも適しています。
これらの防振材料の選定には、以下の要素を考慮する必要があります。
選定基準 | 天然ゴム系 | コイルスプリング | 防振ゴム | 丸型防振材 |
---|---|---|---|---|
耐久性 | 非常に高い | 高い | 中〜高 | 中〜高 |
防振効果 | 高い | 非常に高い(サージレス対策後) | 中〜高 | 中〜高 |
コスト | 高い | 中〜高 | 中 | 低〜中 |
設置の容易さ | 複雑 | やや複雑 | 比較的容易 | 容易 |
適用範囲 | 建物全体 | 機械設備〜建物全体 | 部分的対策 | 機械設備 |
防振材料の選択は、振動源の特性や建物の構造、予算などを総合的に考慮して行う必要があります。最適な防振対策を実現するためには、専門家による適切な設計と施工が不可欠です。
防振対策の効果を具体的に理解するために、実際の施工事例とその効果測定結果を見ていきましょう。
線路沿いの木造アパートの事例
JR南武線の線路沿いに建てられた立川市のロフト付賃貸アパート併用住宅では、早朝から深夜まで毎日電車が往来し、その振動と騒音が大きな課題でした。理想的には鉄筋コンクリート造(RC造)が望ましいところでしたが、予算の関係上木造での建築となりました。
しかし、防火地域内に建つため耐火建築物にする必要があり、通常の住宅の約3倍近いせっこうボードで木造の柱や梁、壁、床を覆うことになりました。この追加の荷重により、木造でありながらも相当な重量となり、結果として電車の振動が抑制されました。また、線路に面する窓開口を極力小さくするか、はめ殺しの型式にすることで、電車走行の騒音が内部に伝わらないよう工夫されています。
この事例では、以下の防振対策が効果を発揮しました。
コンサートホールの防振システム事例
大規模なコンサートホールでは、外部からの振動を遮断するだけでなく、ホール内の音響環境を最適化するために高度な防振システムが採用されています。ある事例では、4.5Hzという防振システム固有振動数で、重量約9,000トンのホールを支持するコイルスプリングが使用されました。
ホール全体を防振システム上に配置し、ホールが宙に浮いているような構造とすることで、振動・音響対策を実現しています。このような大規模な防振システムは、コイルスプリングの特性を活かすことで初めて可能になりました。
効果測定の方法と結果
防振対策の効果は、以下のような方法で測定・評価されます。
ある研究では、防振材の挿入損失は高周波数領域で落ち込む傾向が認められ、空気音加振の影響がない場合には、その主な原因が振動源の振動特性に起因していることが示されています。このような知見は、より効果的な防振対策の設計に役立てられています。
防振対策の効果は一般的に以下のように現れます。
実際の施工事例では、適切な防振対策により、電車通過時の振動レベルが体感できないレベルまで低減されたり、コンサートホールでの外部騒音が完全に遮断されるなどの効果が報告されています。
効果的な防振対策を実現するためには、適切な設計プロセスと正確な計算が不可欠です。ここでは、防振設計の基本的なプロセスと計算方法について解説します。
防振設計の基本プロセス
防振計算の基本
防振装置の伝達率(τ)は、振動源から建物への振動伝達の割合を表す重要な指標です。伝達率が1未満となる周波数帯において防振効果が得られます。
防振材で支持された設備機器等が完全剛体の1質点で振動方向が1方向であり、設置床を不動の剛体と見なした場合、設備機器等の加振力と設置床に伝わる力の比率として伝達率が計算されます。
防振材選定の実例計算
例えば、コンプレッサー(120kg)を4点支持で防振する場合。
120kg ÷ 4 = 30kg/点
コンプレッサーのモーター回転数が1200rpmの場合
1200rpm ÷ 60秒 = 20Hz
この計算例では、荷重・周波数・取り付け高さを考慮して、「NV1S-40」という型番の防振材が選択されています。
防振効果の予測計算
防振効果の予測には、振動特性を考慮した実用的な方法が用いられます。例えば、防振基礎の振動特性を取り入れるために、振動系を防振基礎の曲げ振動系と防振材による支持系の複合系としてモデル化します。
このようなモデルに基づく計算により、周波数ごとの防振効果(挿入損失)を予測することができます。特に、コイルスプリングのサージング現象のような特定周波数での共振現象も予測可能となり、より効果的な防振設計が可能になります。
防振設計においては、これらの計算だけでなく、実際の施工条件や長期的な性能維持も考慮する必要があります。専門家による適切な設計と施工が、効果的な防振対策の実現には不可欠です。
建築物の振動対策には、「防振」「免震」「制震」という3つの主要な技術があります。これらは似ているようで目的や方法が異なります。それぞれの特徴と建築への応用について解説します。
防振・免震・制震の基本的な違い
免震システムの構成要素
免震建築には、以下の4つの機能が必要です。
天然ゴム系積層ゴムアイソレータは、このうちの「絶縁・支承・復元」の3機能を有しています。「減衰」機能を組み合わせたものとしては「弾性滑り支承」があり、これは積層ゴムと滑り板で構成され、比較的揺れ幅の小さい地震では積層ゴム部のみが変形し、揺れ幅が大きくなると積層ゴム部と滑り板との間で滑りが生じて地震力を頭打ちにする仕組みです。
建築物への応用事例
東建コーポレーションが独自に開発した「高耐力フレーム」は、地震によるねじれ現象の防止に威力を発揮します。鉄骨柱をバランス良く組み合わせて配置することで、建築基準法で要求される1.5倍の構造強度を実現し、風や地震による揺れを効果的に抑制しています。
eコマースの拡大に伴う大型倉庫や、大規模データ通信に不可欠なデータセンターでは、地震後も確実に機能を維持する必要があるため、免震建築の採用が増えています。これらの施設では、積層ゴムアイソレータを用いた免震システムが広く採用されています。
音楽ホールなどの音響施設では、外部からの振動を遮断するために高度な防振システムが採用されています。例えば、ホール全体を防振システム上に配置し、ホールが宙に浮いているような構造とすることで、振動・音響対策を実現している事例もあります。
防振・免震・制震技術は、それぞれの特性を活かして様々な建築物に応用されています。建物の用途や要求性能、予算などを考慮して、最適な振動対策を選択することが重要です。特に近年は、地震リスクの高まりや建物の高機能化に伴い、これらの技術の重要性がますます高まっています。
防振技術は単独で用いられるだけでなく、免震・制震技術と組み合わせることで、より総合的な振動対策を実現することも可能です。建築物の設計段階から、これらの技術を適切に取り入れることが、安全で快適な建築環境の実現には不可欠です。