防潮堤の建築と津波対策における技術革新

防潮堤の建築と津波対策における技術革新

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防潮堤と建築技術

防潮堤建築の基本知識
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防災の要

防潮堤は高潮や津波から陸地を守る重要な構造物で、海岸線や河川河口に設置されます。

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構造の多様性

垂直壁型、湾曲型、階段型、緩傾斜式など様々な形状があり、それぞれ波のエネルギーに対応します。

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技術の進化

東日本大震災後、「粘り強い構造」を目指した新工法や設計思想が発展しています。

防潮堤の基本構造と種類

防潮堤は、高潮や津波から陸地を守るための重要な構造物です。その定義を正確に言えば、「高潮による災害を防止・減少させるために設置された堤体、壁体、水門等の構造物、および護岸、取付道路等の附属物」を指します。高潮堤(こうちょうてい)とも呼ばれることがあります。

 

防潮堤の構造は波のエネルギーとの関係で分類され、主に以下の3種類があります。

  1. 垂直壁型防潮堤:断面が垂直で、嵐のような強い波のエネルギーにも対応できる設計です。特に無防備な状況で建設されることが多く、場合によっては波のエネルギーを低減させるためにパイルを壁の前に設置することもあります。
  2. 湾曲型・階段型防潮堤:波を砕いてそのエネルギーを発散させる設計で、波を海に向かってはねつける機能を持ちます。壁の前面を湾曲させることで波が壁を越えて内陸に入ることを防ぎ、壁の上部を湾曲させてオーバーハング状態にすることでさらに防護機能を高めることもあります。
  3. 緩傾斜式防潮堤:波のエネルギーがそれほど強くない場所に用いられます。地盤用シートや砂袋を積んで作る防潮堤は最もコストが低く、主に海岸の浸食防止を目的としています。傾斜面を完全にコンクリートや防水シートで覆って防水性を持たせる場合と、波エネルギーを発散させて水だけを浸透させる多孔性にする場合があります。

防潮堤の建設には、鉄筋コンクリート、巨礫、鋼材、蛇籠(じゃかご)などの様々な材料が使用されます。主材料以外にも、ビニール、木材、アルミニウム、ファイバーグラス複合材、植物性繊維で作られた生分解性の砂袋(土嚢)なども補助材料として活用されています。

 

東日本大震災後の防潮堤建築の変化

2011年の東日本大震災は、防潮堤の設計思想に大きな転換をもたらしました。震災前の防潮堤は主に高潮対策として設計されており、津波に対する十分な配慮がなされていませんでした。震災時には、盛土の表層をコンクリートで保護した従来型の防潮堤が、内部の盛土部分の土砂が津波により流出して崩壊するケースが多く見られました。

 

この教訓から、中央防災会議では巨大災害に対して被害を最小限に留める「減災対策」の必要性が提唱され(2011年12月)、「津波に粘り強い堤防」の構築技術の重要性が示されました。

 

震災後の防潮堤建築における主な変化は以下の通りです。

  1. 粘り強い構造の採用:津波が越流しても簡単に崩壊しない「粘り強い構造」が標準となりました。堤防の法面と天端の三面の被覆工と盛土を一体化させた「三面一体化堤防」などの新工法が開発されています。
  2. 基礎部分の強化:基礎と堤体本体を剛結合したり、基礎(砕石)等にセメント注入や捨てコンクリート処理を施すことで、転倒リスクを低減する工夫がなされています。
  3. 止水対策の強化:止水矢板の設置が標準化され、矢板と堤体本体を剛結合することで、堤体本体直下の基礎地盤の流出を抑制する設計が採用されています。
  4. 洗掘・吸出し防止対策:津波の越流時に堤防背後の地盤が洗掘されることを防ぐため、被覆工の範囲拡大や補強材の使用が増えています。

これらの変化により、震災後に建設される防潮堤は、単に波を止めるだけでなく、津波が越流した場合でも堤防自体が破壊されにくい「減災」の考え方に基づいた設計となっています。

 

CSG工法を用いた革新的な防潮堤建築事例

東日本大震災後の防潮堤建築において、特に注目すべき革新的な事例として、福島県いわき市の夏井地区海岸に建設されたCSG(Cemented Sand and Gravel)工法による防潮堤があります。この防潮堤は2013年に完成し、長さ約1km、高さ最大9mの規模を誇ります。

 

CSG工法とは、ダム技術センターが中心となって日本で開発された技術で、建設現場周辺で入手可能な材料を用いてダムの堤体等を築造することで、環境負荷低減とコスト低減を図る工法です。夏井地区海岸防潮堤の特筆すべき点は、以下の通りです。

  1. 震災がれきの有効利用:東日本大震災で発生したいわき市のコンクリートがれき約50万m³のうち、4万m³を防潮堤の材料として再利用しました。これは、がれきの有効活用という環境面だけでなく、処分費用の削減という経済面でもメリットがありました。
  2. 迅速な建設:2013年3月に堤防本体のCSGを打設開始してから約7ヶ月という短工期で堤防を完成させました。これは、従来工法と比較して非常に速いペースでの建設が可能であることを示しています。
  3. 粘り強い構造:CSG工法により、従来の盛土式防潮堤と比較して津波に対する抵抗力が高い「粘り強い」構造を実現しています。東日本大震災の際に多く見られた、内部の盛土が流出して崩壊するという弱点を克服しています。
  4. 汎用性の高い施工方法:施工にあたっては、特殊な重機ではなく調達しやすい汎用性のある重機を使用しており、今後の防潮堤建設における応用可能性が高いことを示しています。

この夏井地区海岸のCSG防潮堤は、日本で初めてCSG工法を用いた海岸防潮堤として、全国の自治体から高い関心を集め、工事期間中には約400人もの見学者が訪れました。震災がれきの活用法として注目されただけでなく、今後の防潮堤建設における新たな選択肢を提示した革新的な事例と言えるでしょう。

 

ジオテキスタイルを活用した三面一体化堤防の特徴

東日本大震災後の防潮堤建築技術の中で、農研機構農村工学研究所と株式会社竹中土木が共同開発した「地震・津波に対して強靱な三面一体化堤防」は特に注目に値します。この工法は、従来の防潮堤の弱点を克服し、地震と津波の両方に強い構造を実現しています。

 

三面一体化堤防の主な特徴は以下の通りです。

  1. ジオテキスタイルによる一体化構造:ジオテキスタイルを連結したプレキャストコンクリートブロックと、透水性が低く一定の強度を有するセメント改良土を組み合わせることで、盛土と被覆ブロックの一体化構造を実現しています。これにより、地震力による堤防の損傷や津波による被覆工の剥離を防止します。
  2. ブロック同士の結合:法面の被覆ブロックは、波力に対抗するためにジョイント部材によって相互に結合されています。これにより、津波が堤防に衝突する際に生じる被覆ブロックの巻き上がりや、越流時の被覆ブロックの剥離に対する抵抗力が大幅に向上しています。
  3. 耐震性の向上:農研機構で開発されたジオテキスタイルによる耐震補強技術を適用しており、地震力に対して堤防本体と被覆工の耐震性を大幅に向上させています。これにより、津波が来襲する前の地震による堤防の損傷を防ぎます。
  4. 限られた用地での適用可能性:堤防の急勾配化が図れるため、限られた建設用地でも適用することができます。また、既設防潮堤に対しても、従来よりも少ない建設用地で嵩上げが可能です。
  5. 避難機能と景観への配慮:ステップを設けた被覆ブロックを用いることで、避難用の階段を設置することができます。また、ブロックの段差によって幾何学的な形状を持った法面に仕上げられるため、景観に配慮したデザインも可能です。

この三面一体化堤防の効果は、レベル2津波の段波を想定した水理実験によって確認されており、津波が堤防内部に浸入することを防ぐ効果や、ブロックの巻き上げに対する抵抗力の向上が実証されています。また、盛土に沈下や収縮が生じた場合でも、ブロック背面にセメント改良土を配置して圧縮剛性を高めることで、局所的な段差が生じないような工夫もなされています。

 

防潮堤建築における地域特性と環境配慮の重要性

防潮堤の建築において、単に技術的な側面だけでなく、地域の特性や環境への配慮も重要な要素となっています。特に東日本大震災後の復興過程では、防災機能と地域の暮らしや環境との調和が課題となりました。

 

地域特性に応じた設計の重要性
防潮堤の高さや構造は、その地域の津波リスク、地形条件、土地利用状況などによって適切に決定する必要があります。例えば。

  1. 三陸地方の事例:リアス式海岸が特徴的な三陸地方では、地形を活かした防潮堤の設計が重要です。宮古市田老地区の「万里の長城」と呼ばれる防潮堤(海面からの高さ10m、総延長2433m)は、1896年の明治三陸地震津波と1933年の昭和三陸地震津波の経験から建設されました。1958年に全長1350mが完成し、その後も増築され1966年に全体が完成しました。地域の歴史的経験に基づいた防災対策の好例です。
  2. 北海道浜中町の事例:三方向を海に囲まれた地形的特徴を持つ浜中町では、総延長17km・高さ3mに及ぶ防潮堤が街を全て囲い、津波から防御しています。このように、地域の地形的特性に応じた包括的な防護システムの構築が重要です。

環境への配慮
防潮堤建築における環境配慮の側面としては、以下のような取り組みが重要です。

  1. 生態系への影響最小化:防潮堤の建設は海と陸の接点である海岸線の改変を伴うため、地域の生態系への影響を最小限に抑える設計が求められます。緩傾斜式の防潮堤や、生物の移動経路を確保する工夫などが考えられます。
  2. 景観との調和:特に観光地や自然景観の豊かな地域では、防潮堤が景観を阻害しないような配慮が必要です。デザイン性を高めたり、植栽を取り入れたりする工夫が行われています。
  3. 地域資源の活用:先述の夏井地区海岸CSG防潮堤のように、地域で発生した災害廃棄物を建設資材として再利用することは、環境負荷の低減と資源の有効活用につながります。
  4. 地域コミュニティとの共存:防潮堤の建設は地域住民の生活や漁業などの産業活動にも影響を与えるため、地域コミュニティとの対話を通じた計画策定が重要です。例えば、夏井地区海岸堤防の完成を記念して2013年10月31日に地元の小学生らが記念植樹を行ったように、防潮堤を地域のシンボルとして位置づける取り組みも有効です。

防潮堤は常に自然の破壊的な力にさらされているため、長期的な防護を提供するには不断の保守(および時には置換)を必要とします。そのため、建設時の初期コストだけでなく、維持管理の容易さや長期的な耐久性も考慮した設計が求められます。地域の特性を理解し、環境に配慮した防潮堤の建築は、持続可能な防災対策の基盤となるのです。

 

防潮堤建築の将来展望と技術的課題

防潮堤建築の分野は、気候変動による海面上昇や極端気象の増加、さらには南海トラフ地震などの巨大地震の発生リスクを背景に、今後も技術革新が求められる領域です。将来の防潮堤建築における展望と課題について考察します。

 

技術的な展望

  1. AIとIoTの活用:センサー技術やAI(人工知能)を活用した防潮堤のリアルタイムモニタリングシステムの開発が進んでいます。堤防の変形や損傷を早期に検知し、予防的な維持管理を可能にする技術は、防潮堤の長寿命化と安全性向上に貢献するでしょう。
  2. 新素材の開発と応用:従来のコンクリートや鋼材に代わる、より軽量で強靭、かつ環境負荷の少ない建設材料の開発が進んでいます。例えば、繊維強化プラスチック(FRP)や高性能繊維補強コンクリートなどの新素材の防潮堤への応用が期待されています。
  3. 多機能型防潮堤の開発:防災機能だけでなく、エネルギー生産(太陽光パネルの設置など)や生態系保全、レクリエーション機能を併せ持つ多機能型の防潮堤の開発が進んでいます。限られた沿岸空間の有効活用という観点からも注目されています。

直面する課題

  1. 気候変動への対応:海面上昇や台風の強大化など、気候変動の影響を考慮した防潮堤の設計基準の見直しが必要です。現在の設計基準が将来的にも有効かどうかの継続的な検証と、必要に応じた更新が求められます。
  2. コスト削減と効率化:防潮堤建設には莫大な費用がかかるため、効率的な建設方法や維持管理コストの削減が大きな課題です。CSG工法のような現地材料を活用する工法の更なる発展や、プレキャスト部材の活用による工期短縮などが重要になるでしょう。
  3. 合意形成の難しさ:防潮堤の高さや位置、デザインについては、防災機能を重視する立場と、景観や生態系、漁業などの産業活動を重視する立場の間で意見の相違が生じることがあります。地域住民や様々なステークホルダーとの合意形成プロセスの改善が課題です。
  4. 既存防潮堤の更新:高度経済成長期に建設された多くの防潮堤が老朽化しており、その更新や補強が急務となっています。限られた予算の中で、どの防潮堤を優先的に更新するかの判断基準の確立も重要な課題です。

防潮堤建築の未来は、単なる「壁」としての機能を超えて、地域の自然環境や社会環境と調和した「生きた防災インフラ」としての発展が期待されています。技術的な革新と社会的な合意形成の両面からのアプローチが、より安全で持続可能な沿岸地域の実現に貢献するでしょう。

 

東日本大震災から得られた教訓を活かし、次世代の防潮堤建築は「防ぐ」だけでなく「共生する」という視点を持ち、地域の特性に応じた最適な防災・減災システムの一部として発展していくことが期待されます。