
デュアルフィットダンパーは、2017年に清水建設株式会社とカヤバシステムマシナリー株式会社が共同開発した革新的な免震装置です。この装置は、免震ビルの揺れ幅に応じて減衰性能が自動的に切り替わる可変減衰型のオイルダンパーとして、建築業界に新たな選択肢をもたらしました。
従来の免震システムでは、巨大地震に対応するためにオイルダンパーの設置台数を増やすと、中小地震時に免震効果が損なわれるというジレンマがありました。デュアルフィットダンパーは、この課題を解決するために開発された画期的な技術です。
デュアルフィットダンパーの基本構造は、従来の免震用オイルダンパーをベースにしていますが、重要な技術的革新が加えられています。具体的には、ピストンを貫通する追加孔と、その追加孔を貫いて軸方向に伸びる切替ロッドが新たに追加されています。
この切替ロッドは特殊な形状をしており、中央部が細く、両端部が太くなっているのが特徴です。この形状により、揺れ幅の大きさに応じて減衰性能が自動的に切り替わる仕組みが実現しています。
デュアルフィットダンパーには、建築物の規模や要求性能に応じて複数の種類が用意されています。
これらの種類は、切替変位値や減衰力の特性が異なり、建築物の特性や地震リスクに応じて最適なものを選択することが重要です。
デュアルフィットダンパーの最大の特徴は、その独自の減衰メカニズムにあります。このメカニズムは、地震の規模に応じて自動的に減衰性能を切り替えることができます。
中小地震時(免震層の変位が小さい場合)には、ピストンの追加孔と切替ロッドの中央部の細い部分との間に隙間が生じます。この隙間を通してオイルが流れることで、油圧抵抗が小さくなり、低い減衰性能となります。これにより、中小地震時には積層ゴムの変形を過度に抑制せず、適切な免震効果を発揮します。
一方、巨大地震時(免震層の変位が大きい場合)には、ピストンが大きく動くことで、追加孔が切替ロッドの太い両端部に到達します。これにより追加孔が塞がれ、オイルの流れる経路が制限されるため、油圧抵抗が高まり、高い減衰性能を発揮します。この高い減衰性能により、巨大地震時の免震層の過大な変位を抑制し、建物が免震ピットの擁壁に衝突するリスクを低減します。
性能試験では、設定した切替変位でスムーズに減衰性能が切り替わることが確認されており、理論通りの性能を発揮することが実証されています。また、完全パッシブ型のシステムであるため、電気的な制御機構が不要で、地震後のスイッチ解除なども必要ありません。これにより、メンテナンスフリーという大きなメリットも実現しています。
デュアルフィットダンパーの第一号適用事例は、2017年夏に横浜市みなとみらい21-54街区で着工された清水建設開発の大型免震オフィスビルです。この建物は19階建て、延床面積約102,000m²の大規模な免震構造建築物で、免震ピットにデュアルフィットダンパー20台と通常のオイルダンパー40台を組み合わせて設置することで、将来予測される巨大地震に備えた設計となっています。
この他にも、デュアルフィットダンパーは以下のような建築物に適用されています。
特に注目すべきは、新築だけでなく既存建築物の耐震改修にも適用可能な点です。国土交通省は2017年4月から長周期地震動対策として、新築の超高層建築物(高さ60m以上の建築物、地上4階建て以上の免震建築物)については対策を検討するよう大臣認定の運用を強化し、既存の超高層建築物についても自主的な検証や補強等の対策を求めています。デュアルフィットダンパーは、このような政策的要請にも応える技術として、今後さらに普及が進むと予想されます。
免震建築物には様々な種類の減衰装置が使用されていますが、デュアルフィットダンパーと他の免震装置を比較することで、その特徴がより明確になります。
従来型オイルダンパーとの比較。
従来型のオイルダンパーは減衰性能が固定されているため、巨大地震に対応するために多数設置すると中小地震時の免震効果が損なわれるというトレードオフがありました。デュアルフィットダンパーは変位に応じて減衰性能が切り替わるため、このトレードオフを解消しています。
粘性体ダンパーとの比較。
粘性体ダンパーは、速度依存型の減衰特性を持ちますが、変位に応じた性能切替機能はありません。デュアルフィットダンパーは速度依存性に加えて変位依存性も持つため、より柔軟な対応が可能です。
鉛ダンパーとの比較。
鉛ダンパーは塑性変形によるエネルギー吸収を利用するため、大地震後に交換が必要になる場合があります。デュアルフィットダンパーは弾性範囲内で動作するため、大地震後も基本的に交換不要です。
セミアクティブダンパーとの比較。
セミアクティブダンパーは電気的な制御機構を用いて減衰性能を調整しますが、停電時の信頼性に課題があります。デュアルフィットダンパーは完全パッシブ型であるため、電力供給に依存せず高い信頼性を確保できます。
以下の表は、各種ダンパーの特性比較をまとめたものです。
ダンパー種類 | 減衰特性 | 電力依存 | メンテナンス | 地震規模対応 |
---|---|---|---|---|
デュアルフィットダンパー | 変位依存+速度依存 | 不要 | 少ない | 中小~巨大 |
従来型オイルダンパー | 速度依存 | 不要 | 少ない | 設計時固定 |
粘性体ダンパー | 速度依存 | 不要 | 少ない | 設計時固定 |
鉛ダンパー | 変位依存 | 不要 | 大地震後交換の可能性 | 設計時固定 |
セミアクティブダンパー | 可変(制御) | 必要 | 多い | 制御範囲内 |
デュアルフィットダンパーを施工する際には、いくつかの重要な注意点があります。これらを適切に理解し対応することで、ダンパーの性能を最大限に発揮させることができます。
施工上の主な注意点。
将来展望。
デュアルフィットダンパー技術は今後さらに発展する可能性を秘めています。現在の研究開発トレンドとしては以下のような方向性が考えられます。
南海トラフ地震や首都直下地震など、今後予想される巨大地震に備えるためにも、デュアルフィットダンパーのような先進的な免震技術の重要性はますます高まっていくでしょう。建築施工に携わる専門家として、これらの技術動向を把握し、適切に活用していくことが求められています。
清水建設のニュースリリース - デュアルフィットダンパーの詳細な技術情報と初期適用事例について
建築施工において、免震技術は地震大国日本の安全を支える重要な要素です。デュアルフィットダンパーは、中小地震から巨大地震まで対応できる革新的な技術として、今後の建築物の安全性向上に大きく貢献することでしょう。施工者としては、この技術の特性を十分に理解し、適切な設計・施工を行うことで、より安全で強靭な建築物の実現に寄与することができます。
また、2025年に向けて改正される建築基準法の耐震基準の強化に対応するためにも、デュアルフィットダンパーのような先進的な免震技術の採用は、建築施工業界において重要な選択肢となるでしょう。施工技術の向上と併せて、これらの新技術に関する知識と経験を蓄積していくことが、建築施工従事者にとって不可欠な課題となっています。