

フィルダムは一度でも堤体を越流されると、ほぼ確実に崩壊します。
ダムに関わる土木・建築の現場では、「越流」という言葉が複数の意味で使われます。まず整理しておくことが必要です。
「越流ダム」とは、洪水吐き(こうずいばき)の放流方式として、ダム施設の堤頂部分から水を越えさせる方式を採用したダムのことを指します。これを「越流型」といい、対してダム本体以外に接続した別設備から放流する方式を「非越流型」といいます。どちらも洪水調節の目的は同じですが、構造と設計思想が大きく異なります。
越流型の代表的な設備は「クレスト(堰頂部)」です。
貯水位が一定レベルを超えると、ゲートなしで自然に水が堰頂を乗り越えて放流される「自由越流式(ゲートレス)」と、ゲートで開閉量を制御する「ゲート式」の2種類があります。近年は人員不足を背景に、操作が不要な自由越流式が新設ダムの主流になりつつあります。これは使えそうです。
一方、非越流型はダム堤体とは別の位置に洪水吐きを設け、ゲートやバルブで流量を管理します。フィルダム(土や岩石を積み上げたダム)は、構造上「堤体に洪水吐きを設置できない」という制約があるため、必ず非越流型として設計されます。これが基本です。
| 方式 | 主なダム形式 | ゲートの有無 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 越流型 | 重力式コンクリートダム、アーチダム | あり/なし(ゲートレス) | 堤頂から直接放流。管理を省力化できる |
| 非越流型 | フィルダム(ロックフィル・アースダム) | あり(原則) | 堤体以外に洪水吐きを設置。堤体への越流は厳禁 |
施工管理の現場では、「越流型のダムを施工している」と聞いたとき、それが「設計上意図された越流(洪水吐きからの安全な放流)」なのか、「想定外の堤体越流」なのかを明確に区別する必要があります。混同すると安全管理上の重大なミスにつながります。
以下の参考リンクには、越流型・非越流型の洪水吐きの構造と設備名称が詳しく解説されています。ダム用語の正確な理解に役立ちます。
越流型・非越流型を問わず、ダムの設計では3段階の水位基準を正確に把握することが施工管理の前提になります。現場でこれを曖昧にしたまま作業を進めると、設計意図と施工結果にズレが生じることがあります。
まず「常時満水位(FWL)」は、非洪水時に貯留する最高水位です。普段ダムが満杯のときの水面と考えるとわかりやすいでしょう。次に「サーチャージ水位(SWL)」は、洪水時に洪水調節容量として一時的に貯留できる最高水位です。洪水が来たとき、ダムが「あと少しだけ水をため込める上限」がサーチャージ水位です。
そして「設計洪水位(HWL)」は、設計洪水流量(200年に1回程度の最大洪水)が洪水吐きを定常的に流れた場合の貯水池最高水位です。
💡 3つの水位の関係を整理すると次のとおりです。
つまり大丈夫です、という判断は「水位が非越流部天端を超えないこと」が条件です。
重要なのは「非越流部天端(堤頂)」の高さの決め方です。ダムの種類によって計算方法が異なります。コンクリートダムでは設計洪水位+風波高、フィルダムではこれにさらに余裕を加えた高さを確保します。フィルダムに余裕高を大きく設定するのは、後述するように「万一の堤体越流が致命傷になる」からです。
以下のリンクには、設計基準水位の詳細な算定方法が記されています。施工管理の現場での水位確認に直結する内容です。
「フィルダムへの越流は致命的」という事実は、建設業で土木施工管理に関わる人間であれば必ず知っておくべきポイントです。意外ですね。
コンクリートダム(重力式・アーチ式など)は、堤体が一体化されたコンクリートで構成されているため、水が一時的に越流しても直ちに崩壊には至りません。それに対してフィルダム(ロックフィルダム・アースダムなど)は、土や岩石を積み上げた構造であるため、水が堤体の斜面を流れ始めると洗掘(せんくつ)が始まります。洗掘とはせき止めた水の流れによって堤体表面が削られる現象のことです。これが始まると急速にえぐれが進み、崩壊に至ります。
実際、農業用ため池(多くがアースダム形式)の被災事例では、「越流した水が法面(のりめん)を洗掘し、すべりが発生して崩壊した」というパターンが被害の主因として報告されています。農地や農業用施設だけでなく、下流の家屋・公共施設への甚大な被害につながります。痛いですね。
このため、フィルダムの設計基準では以下の対応が義務付けられています。
施工管理の現場では、フィルダムまたはため池の施工・補修工事において、「洪水吐き水路内の流木・土砂の堆積」「洪水吐きの欠損・劣化」に特に注意が必要です。洪水吐きが機能しない状態で大雨になると、設計上は非越流のはずのフィルダムで堤体越流が起きてしまうからです。
特に古いため池(均一型アースダム)では、洪水吐きが未整備または老朽化しているケースも多く、2018年の豪雨災害では各地で農業用ため池が決壊しました。防災重点農業用ため池として指定を受けた施設は、定期的な豪雨耐性評価が義務付けられています。施工管理者がこの点を把握しておくことで、補修・改修工事での対応が変わります。
以下のリンクには、フィルダムへの越流が致命的な破壊をもたらす構造的根拠が記されています。設計基準の背景理解に有効です。
国土技術政策総合研究所資料(フィルダムの越流リスクと設計基準)
越流型ダムの現場を担当する際に必ず確認すべきなのが、洪水吐きの種別と役割分担です。洪水吐きには「常用洪水吐き」と「非常用洪水吐き」の2種類があります。
常用洪水吐き(コンジットゲートとも呼ばれる)は、通常の洪水時に下流への影響を最小限にしながら安全に放流するための設備です。貯水位が上昇した際に、下流河川が流下可能な水量を調節しながら放流します。ゲート操作が必要な有人管理型が一般的です。
非常用洪水吐き(クレストゲートまたはクレストと呼ばれる)は、100年に1回程度の大規模洪水でダムが満水になりそうな場合に稼働します。常用洪水吐きと同時に使用し、ダム設計洪水流量以下の流水を安全に流下させます。これが越流型の核心部分です。
非常用洪水吐きには「ゲート式」と「自由越流式(ゲートレス)」があります。
自由越流式は、貯水位がクレスト高さを超えると自動的に越流が始まる仕組みで、人的操作なしに機能します。ゲートの操作ミスや停電リスクがなく、近年では管理の省力化ニーズから積極的に採用されています。実際に2015〜2017年にかけて、一部の既存ダムでゲート放流から自然越流方式へ改造が行われた事例もあります。
ゲートレスが基本です。ただし設計上は「この水位から越流が始まる」という基準が明確に定められており、越流が始まる水位(クレスト高)の施工精度が極めて重要です。現場では堰頂の形状(標準型越流堰・ラビリンス堰など)や標高の管理を慎重に行う必要があります。
施工管理の観点では、洪水吐き各部位の寸法・標高・材料の施工精度が設計放流能力に直結します。農林水産省の設計基準では「越流堰と接近水路敷との標高差は越流総水頭の1/5以上を確保すること」が定められており、この精度を現場で守ることが求められます。
以下のリンクには、洪水吐きの設計基準の詳細(越流堰の形状・標高差の計算方法など)が記されています。農業用ダム・ため池の洪水吐き設計に関する実務向け資料です。
越流ダムの設計・施工管理で語られることが多いのは洪水吐きや堤体の越流リスクですが、実は「减勢工(げんせいこう)」の劣化が施工上の重大リスクになっているという点は、あまり表に出てきません。
减勢工とは、ダムの越流・放流によって生じた水の勢いを弱めるために、洪水吐き下流に設置される構造物です。越流部から落下した水は高い位置からのエネルギーを持っており、そのまま下流に流れると河床を削り(洗掘)、ダム直下の構造物を損傷させます。减勢工はこのエネルギーを散逸させる役割を持ちます。
减勢工の形式は主に3種類あります。
問題は、减勢工がコンクリート構造であるにもかかわらず、常に激しい水流にさらされているためキャビテーション(空洞現象)や摩耗による劣化が進みやすい点です。バッフルブロック(障害物)がすり減ったり欠損したりすると、减勢効果が低下し、下流河床の洗掘が始まります。
放置すると危険です。洗掘が進めば副ダムや下流護岸の基礎が掘られ、最終的にダム構造全体に影響が出ます。特に越流型ダムは非常用洪水吐きが稼働する頻度は低くても、稼働時の水勢は非常に強力です。このため减勢工の定期点検と劣化評価が欠かせません。
施工管理・補修設計に携わる際は、竣工図で减勢工の形式と寸法を確認し、バッフルブロックの高さ・位置、プールの深さ、副ダムの天端高などが設計どおり維持されているかを点検することが重要です。メモしておきたいポイントです。
现場での補修材料としては、超高強度繊維補強コンクリート(UFC)や耐摩耗性に優れたポリマーセメントモルタルが近年活用されています。補修後は水理模型実験や数値流体解析(CFD解析)で减勢性能を確認するケースも増えています。
以下のリンクには、减勢工の水理設計原則と各形式の特性が詳しく整理されています。補修・改修設計の際に参照できる実務向け資料です。