

青系・緑系の外壁塗装を選んだのに、5年も経たず色が抜けてしまった現場が国内で年間数千件以上報告されています。
フタロシアニン顔料とは、1928年にイギリスで偶然発見された有機合成顔料のひとつです。分子の中心に銅(Cu)などの金属イオンを配位させた大環状化合物で、代表的なものは「銅フタロシアニン(CuPc)」と呼ばれます。化学式はC₃₂H₁₆CuN₈で、鮮やかな青色を示します。
建築塗料において、この顔料が担う役割は大きく2つあります。ひとつは美観の付与、もうひとつは塗膜への着色力の提供です。特に青・緑系の外壁色を実現するために、業界では欠かせない顔料となっています。
着色力が非常に高いのが特徴です。同じ色濃度を出すために必要な量が他の顔料より少なくて済むため、塗料設計のコスト効率も高い顔料として評価されています。顔料の色の国際規格「カラーインデックス(C.I.)」では「C.I.ピグメントブルー15」として分類されており、世界共通の基準で品質が管理されています。
建築業界では、この顔料を含む塗料が外壁・内壁・屋根など多岐にわたって採用されています。とくに人気が高い青系や青みがかったグレー、深緑系の外壁色の多くにフタロシアニン顔料が使われていると考えて問題ありません。
フタロシアニン顔料の基礎知識(株式会社トクシキ):耐候性・新幹線への使用例など顔料の特性を解説
フタロシアニン顔料には複数の結晶形が存在します。建築塗料でよく使われるのはα型とβ型の2種類です。この違いを知らずに使うと、塗膜の安定性に関わる大きな問題が起きる可能性があります。
α型(C.I. ピグメントブルー15:1)は赤みのある青色で着色力が高い一方、有機溶剤や熱に対して不安定という弱点があります。溶剤系塗料に混合した際、キシレンなどの芳香族溶媒と反応してβ型に結晶転移し、色相変化が起きるケースが報告されています。つまり、現場で調色した色が塗布後に変わってしまうリスクがあります。
β型(C.I. ピグメントブルー15:3)は緑みの青色で、溶剤安定型の結晶形です。耐熱性・耐溶剤性ともにα型より優れており、建築外装向けの溶剤系塗料には基本的にβ型が推奨されます。これが原則です。
さらに上位グレードとして、ε型(C.I. ピグメントブルー15:6)があります。このタイプは赤みが強い青色で、自動車外装塗料などに使われる高級グレードです。建築分野では現状ほぼ使われませんが、要求水準が上がれば選択肢に入ってきます。
フタロシアニングリーン(C.I. ピグメントグリーン7)は、フタロシアニンブルーを高度にハロゲン化(塩素化)したものです。分子中に14〜16個の塩素または臭素を含み、深みのある緑色を示します。同じく着色力・耐光性ともに優れていますが、原色で使うと「ブロンジング」と呼ばれる表面の金属光沢が生じることがあります。これは問題ですね。
| 種類 | C.I.名 | 色相 | 溶剤安定性 | 建築塗料への適性 |
|---|---|---|---|---|
| α型ブルー | PB15:1 | 赤みの青 | △(不安定) | 溶剤系には不向き |
| β型ブルー | PB15:3 | 緑みの青 | ◎(安定) | 外装向け推奨 |
| グリーン | PG7 | 深緑 | ◎(安定) | 内外装に使用可 |
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「フタロシアニン顔料は耐候性が高い」という話を現場で聞く機会は多いと思います。これは正しいのですが、比較対象によって評価が大きく変わります。
有機顔料の中でフタロシアニン顔料は確かに最優秀クラスです。他の有機顔料、たとえば一部のアゾ系顔料は屋外暴露で2〜3年程度で退色が始まることがありますが、フタロシアニン系はそれよりはるかに長持ちします。印刷業界では「夢の顔料」とも呼ばれるほど、着色力と諸耐性のバランスが取れています。
しかし無機顔料と比較すると話が変わります。酸化チタン(白色無機顔料)は10年以上の耐候性を示すことが多く、酸化鉄系顔料も屋外での安定性が非常に高い傾向があります。一方で有機顔料全般には「紫外線や高温で退色・変色が起きやすい」という特性が残っています。
建築外装塗料においては、この差が塗り替えサイクルに影響します。無機顔料主体の塗料であれば耐用年数15〜20年を目指せる製品もある一方、有機顔料のみを使った塗料では10年程度で色あせが目立ち始めるケースも報告されています。耐候性に注意すれば大丈夫です。
そのため、最近の高性能建築塗料では、無機顔料と有機顔料(フタロシアニン系)を組み合わせる設計が標準的になっています。たとえば白色を酸化チタン(無機)で、青みをフタロシアニンブルー(有機)で出しつつ、UVカット剤やHALS(光安定剤)を加える構成です。この設計であれば、鮮やかな色と長期耐久性を両立できます。
フタロシアニン顔料は「有機顔料の中では強い」という認識が正確です。「無機顔料と同等に強い」とは言い切れません。塗料選びの際にはこの差を意識しておくと、仕上がり品質の期待値を正しく設定できます。
有機顔料と無機顔料の違い(住まいのやまおか君):塗料用顔料の耐候性・耐熱性の基礎知識を分かりやすく解説
建築現場でフタロシアニン顔料を含む塗料を選ぶとき、見落としがちなポイントがいくつかあります。色番号の確認だけでは不十分です。
まず確認すべきは、使用する塗料の「顔料グレード」と「結晶型」です。前述の通り、溶剤系塗料にはβ型が適しており、α型が混入すると塗布後の色変化リスクがあります。塗料メーカーの技術データシート(TDS)や安全データシート(SDS)で顔料の規格(C.I.名)を確認するのが確実です。
次に、鮮やかな青・緑系の色を外装に選ぶ場合は、耐候性促進試験の結果を確認することが大切です。キセノンランプ試験やサンシャインウェザーメーターによる試験で、耐光性が「ブルーウールスケール7〜8相当」以上あるかどうかが実用的な目安になります。この数値をクリアした顔料を使った塗料であれば、外装での長期使用に十分な信頼性があります。
調色(特注色を作る工程)を現場で行う際にも注意が必要です。フタロシアニンブルーは着色力が非常に強いため、他の塗料に少量混ぜるだけで色が大きく変わります。ほんの1〜2gの差で色相が変わることもあるため、調色時は少量ずつ足して確認しながら行うのが現場の基本です。
また、フタロシアニングリーン顔料を内装に使う場合、「ブロンジング(表面の金属光沢現象)」に注意が必要です。これは顔料の粒子配向によって光が金属的に反射する現象で、特に濃色使いで起きやすい傾向があります。希釈率を下げる(顔料を薄める)か、体質顔料と併用することで軽減できます。こうした問題への対処をあらかじめ知っているかどうかで、仕上がりの差が出ます。
塗料メーカー各社(DIC株式会社、大日精化工業、日本ペイント等)は、建築向けの顔料グレード選定をサポートする技術資料を公開しています。製品選定に迷った場合は、これらの資料やメーカー技術担当への相談が最も確実な解決策です。
DIC株式会社・塗料用顔料製品ページ:自動車外装から建築・建材向けまで、用途別顔料グレードの概要を確認できる
フタロシアニン顔料は「夢の顔料」とも称されますが、その実態と建築コストへの影響は、現場ではあまり語られません。少し掘り下げてみます。
まず着色力の高さが、塗料全体の調達コストを抑える要因になっています。着色力が高いとは、少量で同じ発色が得られるということです。たとえば無機青色系顔料(コバルトブルーなど)と同じ色濃度を出す場合、フタロシアニンブルーは使用量がおよそ1/5〜1/10程度で済むとも言われます。これがコスト上のメリットとして働きます。
逆に注意が必要なのは「着色力が高すぎる」点です。調色ミスで過剰に添加してしまうと、修正が難しくなります。塗り直しになれば材料費だけでなく人工も余分にかかります。一発勝負になるケースで焦りは禁物です。
さらに注目したいのが、遮熱塗料とフタロシアニン顔料の組み合わせです。近年、外壁や屋根に遮熱性能を求めるケースが増えています。ただし、フタロシアニンブルー・グリーンは近赤外線を吸収しやすい特性を持つため、そのまま遮熱塗料に配合すると遮熱効果が低下する場合があります。そのため、遮熱用途向けには近赤外線を吸収しない「NIR透過型」の特殊フタロシアニン系顔料、または遮熱特性を持つ無機顔料との組み合わせが必要になります。
このように同じ「フタロシアニン顔料入り」でも、設計次第で遮熱性能が全く違ってきます。遮熱塗料を採用する際は、顔料の種類まで確認することが費用対効果を最大化するために重要です。建築の用途・目的ごとに顔料の選定を最適化するという視点が、近年の高性能塗料設計では欠かせない考え方になっています。
建築業界でこの知識を持っている人は多くありません。顔料レベルの理解が、仕上がり品質・コスト・メンテナンスサイクルの差につながります。これは使えそうです。
特許JP2014091788A(遮熱塗料用黒色顔料組成物):フタロシアニン顔料と遮熱性の関係を技術的に確認できる特許文献