

等電点と同じpHに達したタンパク質は、電場をかけても1ミリも動かなくなります。
等電点電気泳動(Isoelectric Focusing、略してIEF)は、タンパク質の等電点(pI)の違いを利用して分離を行う電気泳動の手法です。まず「等電点」とは何かを整理しましょう。
タンパク質はアミノ酸が鎖状につながった高分子化合物で、構成するアミノ酸の側鎖には酸性基(カルボキシル基など)や塩基性基(アミノ基、グアニジノ基など)が含まれています。これらの基は溶液のpHによって電荷が変わります。酸性条件下ではプラスに荷電し、アルカリ性条件下ではマイナスに荷電します。つまり、タンパク質の全体的な電荷(電荷の総和)はpHによって変化するということです。
そして、正電荷と負電荷がちょうど打ち消し合い、電荷の総和がゼロになるpHの値を「等電点(pI)」と呼びます。このpIはタンパク質の種類ごとに固有の値で、例えばアルブミンのpIは約4.9、リゾチームのpIは約11と、同じタンパク質でも大きく異なります。
つまりIEFが基本です。
では、どうしてpIのところで止まるのでしょうか? pH勾配が存在するゲルの中で電場をかけると、自身のpIより酸性側にいるタンパク質は正電荷を帯びているため、陰極方向へ移動します。逆に、pIよりアルカリ性側にいるタンパク質は負電荷を帯びており、陽極方向へ移動します。こうして両側から押し戻され、自身のpIと同じpHの場所に「収束(フォーカシング)」されるのです。電荷がゼロになった時点で電場から受ける力がなくなり、タンパク質はそこで完全に静止します。
これは使えそうです。
この「収束」の性質によって、IEFは単なる分離だけでなく「濃縮」効果も同時に発揮します。拡散しようとする力とフォーカシング力がつり合った状態で、タンパク質は非常に狭い帯(バンド)に集められます。これがIEFの最大の強みであり、他の電気泳動法にはない特徴です。
【Cytiva公式】等電点電気泳動の原理と実験例(IPG法の詳細も掲載)
IEFを成立させるためには、ゲル中に安定した「pH勾配」を作ることが不可欠です。pH勾配がなければ、タンパク質はどこに向かって動けばよいかわからないからです。
pH勾配を形成する方法は大きく2種類あります。1つは「キャリアアンフォライト(両性担体)法」で、もう1つは「IPG法(固定化pH勾配法)」です。
キャリアアンフォライト法では、分子量が300~600ダルトン程度の小さな両性電解質(それぞれ異なるpIを持つ)をゲルに混ぜ込み、電場をかけます。すると各両性電解質が自身のpIの位置に移動し、その結果として自然にpH勾配が形成されます。陽極(酸性)側から陰極(アルカリ性)側へと連続的なpH勾配が生まれる仕組みです。
一方、IPG法(Immobilized pH Gradient)では、様々なpKaを持つアクリルアミド誘導体(Immobiline)をゲル作製時に共有結合させることで、pH勾配をゲル自体に最初から固定してしまいます。
pH勾配が原則です。
2つの方法の最も大きな違いは「分離能」です。キャリアアンフォライト法の分離能は0.01〜0.02 pH単位ですが、IPG法は0.001 pH単位という驚異的な精度で分離できます。これは10〜20倍もの差があり、等電点が非常に近いタンパク質でも確実に分けることができます。また、キャリアアンフォライト法ではpH勾配が長時間の通電で「崩れ」やすいという弱点がありますが、IPG法はゲルに固定されているため安定性が高く、再現性も大幅に向上します。
現在のプロテオミクス研究では、この高い分離能と再現性からIPG法が主流となっています。市販のIPGストリップ(プレキャストゲル)を使えば、ゲル調製の手間が省けるため、初心者でも安定した結果を得やすいという利点もあります。
【エースバイオアナリシス】等電点電気泳動(IEF)の原理:pH勾配とフォーカシングの詳細解説
IEFは優れた分離手法ですが、見落としてはいけない欠点も存在します。意外ですね。
最も大きな問題は「等電点沈殿」です。多くのタンパク質は自身のpIにおいて溶解度が最低になるという性質があります。これは、pIでは正電荷と負電荷が打ち消し合うため、タンパク質分子同士が電気的に反発する力が失われ、凝集・沈殿しやすくなるからです。特に、もともと溶解度が低い膜タンパク質や、会合体を形成しやすい酵素タンパク質では等電点沈殿が起こりやすく、分析結果に大きな影響を与えます。
もう1つの問題は「酵素の失活」です。IEFの原理上、すべてのタンパク質(酵素)は自身のpIに長時間さらされます。酵素によってはこのpI条件が最も安定性が低い環境となり、泳動中に活性を失ってしまうものがあります。実際、等電点電気泳動後に酵素活性を測定したい場合には注意が必要です。
失活リスクには注意が条件です。
また「等電点が一致するタンパク質は分けられない」という根本的な制約もあります。いくら精度の高いIPG法を使っても、pIが全く同じ2種類のタンパク質をIEF単独で分離することは不可能です。
これらの欠点に対しては、様々な対策が取られています。等電点沈殿への対策としては、変性剤(尿素など)を泳動バッファーに添加してタンパク質の凝集を防ぐ方法が一般的です。また、等電点が一致する問題への対策としては、IEFとSDS-PAGEを組み合わせた「2次元電気泳動(2-DE)」が非常に有効で、pIが同じでも分子量が異なれば分離できるため、1000種類以上のタンパク質を1枚のゲルで分離することも可能になります。
【日本電気泳動学会】等電点電気泳動の長所と欠点を詳述した専門論文(PDF)
IEFは単独でも強力な分析ツールですが、SDS-PAGEと組み合わせることで、その真価を最大限に発揮します。これが「2次元電気泳動(2D-PAGE)」と呼ばれる手法です。
2次元電気泳動の流れをシンプルに説明すると次の通りです。1次元目としてIEFを行い、タンパク質を等電点(pI)によって横方向に分離します。続いて2次元目でSDS-PAGEを行い、同じタンパク質を今度は分子量によって縦方向に分離します。2軸で分離することで、分子量が同じでもpIが異なるタンパク質、あるいはpIが同じでも分子量が異なるタンパク質を確実に区別できるようになります。
これは2次元分離が基本です。
SDS-PAGE単独では分離困難な「翻訳後修飾」(リン酸化やグリコシル化など)の検出も、2次元電気泳動では可能になります。例えばリン酸化されたタンパク質は分子量こそほぼ同じですが、リン酸基の負電荷によってpIが変化するため、2次元ゲル上では同じタンパク質の「スポット」がずれて現れます。このわずかなpIの変化を0.001 pH単位まで検出できるIPG法は、翻訳後修飾の解析にとって非常に強力なツールとなっています。
一方でデメリットも正直にあります。2次元電気泳動はIEFだけで通常ほぼ1日かかり、続くSDS-PAGEと合わせると全工程が約2日間に及びます。また手順が複雑で熟練が必要なため「名人芸」と呼ばれることもあるほどです。さらに、1枚のゲルで泳動できるサンプルは基本的に1種類(蛍光標識を使っても最大3サンプル程度)と、スループットが低いことも課題です。
これらの課題を解決するために、自動2次元電気泳動装置(Auto2D®など)の活用が注目されています。ゲル膨潤からSDS-PAGEまでのすべての工程を自動化することで、通常2日かかる作業を約1時間に短縮でき、再現性のばらつきも大幅に改善されます。
【M-hub】2次元電気泳動の原理・メリット・デメリット・応用例を図解で解説
等電点電気泳動の原理は、学術研究だけでなく、食品・医薬品・環境分析など多岐にわたる実務分野で活用されています。この視点はあまり語られないポイントです。
代表的な応用例の1つが「食品の品質管理・原材料特定」です。原材料の特定が困難な加工肉食品(ハムやソーセージなど)において、各肉種は固有のIEFパターンを持っているため、牛肉に豚肉が1%混入している状態でも検出が可能とされています。例えばIPGゲル(pH5〜8)を用いたIEFでは、アトランティックサーモン・ピンクサーモン・チャムサーモン・ニジマスを明確に区別することができます。これは食品偽装の検出技術として実際に機能しているわけです。
食品偽装の検出に使えるということですね。
医薬品分野では、バイオ医薬品(抗体医薬品など)の品質評価にIEFが用いられています。製造ロットによるタンパク質の微細な変化や不純物の混入を0.001 pH単位の精度で検出できるため、医薬品の規格試験として各国の薬局方にも収載されています。
さらに、あまり知られていない独自の応用として「コロイド粒子の等電点分析」があります。コロイド化学の分野では、セメントや顔料などの微粒子がどのpHで凝集するかを理解するために等電点の概念が使われています。建設・土木の分野でも、コンクリートの混和剤やセメントペーストの安定性を評価する際に、材料を構成する粒子の表面電荷(ゼータ電位)と等電点の知識が間接的に役立てられています。
また、環境水や廃水中の微量タンパク質・ペプチド汚染物質の同定にもIEFは有効です。環境サンプルに含まれる複数のタンパク質を一度に分離・特定できるため、従来の化学分析では把握しきれなかった微量汚染の解析に応用されつつあります。
IEFを活用した実務では、分析目的に応じてpH勾配の範囲を選択することが重要です。広域pH(例:pH3〜10)なら全体像をざっくり把握でき、狭域pH(例:pH4〜7)ならpIが近いタンパク質を細かく分離できます。これを「pH範囲の選択」と呼び、実験設計における最初のステップとして非常に重要です。
【ATTO社】2次元電気泳動の原理と方法:IEFとSDS-PAGEの詳細な操作手順