
レオパレス21の建築問題の中核となったのは、界壁施工の重大な不備です。界壁とは、各住戸を区切る壁のことで、建築基準法では遮音性能や耐火性能の観点から、小屋裏や屋根裏まで達していなければならないと明確に定められています。しかし、レオパレス21の物件では、屋根裏部分の界壁がまったく設置されていない物件や、界壁はあるものの施工に不備があるものが多数発見されました。
この問題は2018年4月に報道番組の調査により発覚し、その後の調査で全国約1.5万棟(全体の70%)に及ぶことが明らかになりました。これほどの規模で建築基準法違反が行われていたことは、日本の建築業界において前例のない重大な問題でした。
界壁の不備により、入居者からは「隣の部屋のテレビの音やスマートフォンの着信音が聞こえる」「チャイムが鳴ったので玄関の戸を開けたら、隣の部屋のチャイムだった」といった苦情が多数寄せられていました。これらは単なる生活の不便さにとどまらず、火災時の延焼防止機能が損なわれるという安全上の重大な問題をはらんでいました。
界壁問題に加えて、レオパレス21の物件では天井部の施工不備も深刻な問題でした。設計図面では2枚のボードを重ねて施工するべきところ、実際には1枚のボードのみが設置されていたり、2枚張りであっても定められた部材が使用されていないケースが多数確認されました。
また、外壁についても設計図面と異なる部材が使用されていたことが発覚しました。具体的には、界壁内部充填材の相違や外壁構成における不適合が見られ、設計図面と異なる断熱材やパネルが使用されていました。これにより、建築基準法で定められている遮音性能や耐火性能を満たしていない状況が生じていました。
特に問題視されたのは、これらの施工不備が単なる現場レベルのミスではなく、組織的かつ意図的に行われていた可能性が高いという点です。外部調査委員会の報告によれば、創業者である深山祐助氏の指示によるものであったことが指摘されています。
レオパレス21の建築違法問題が発生した根本的な原因は、外部調査委員会の報告によると主に3つあります。
これらの原因が複合的に作用し、大規模な建築基準法違反を引き起こしたと考えられます。特に注目すべきは、施工業者の証言です。実際にレオパレス物件を手がけた施工業者は「図面上に界壁は載っていなかった」「界壁はなくてもいい」とレオパレスから指示されていたと証言しており、当初レオパレスが主張していた「現場の施工業者の誤解と認識不足によるもの」という説明が覆されました。
施工不良の発覚後、レオパレス21は新たな経営陣のもと事業再建を急ぐとともに、2020年12月までに改修すると発表しました。しかし、実際の補修完了は約1割(1000棟未満)にしか進まず、2020年5月には改修自体が休止になるという事態に陥りました。
この問題により、レオパレス21は800億円を超える巨額の赤字を計上し、2期連続の赤字が確定。2019年3月期決算では、売上高5052億円(前期比4.8%減)、営業利益73億円(同67.8%減)となり、施工不良問題に伴う工事損失引当金547億円に加え、減損特損や空室損失引当金がかさみ、純損益は686億円の赤字(前期は148億円の黒字)に転落しました。これはリーマンショック直後の2010年3月期に計上した790億円の赤字に次ぐ水準でした。
また、入居者への影響も甚大で、1万4443人もの入居者に転居を求めることになりました。賃貸事業の面でも悪いイメージがついてしまい、施工不良の改修および募集再開により入居率が一時的に回復したものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、再び入居率が低下するという悪循環に陥りました。
レオパレス21の建築問題は、建築業界全体に多くの教訓を残しました。この事例から学ぶべき重要なポイントをいくつか挙げます。
これらの教訓は、建築業界だけでなく、あらゆる業界に通じる普遍的な価値観です。法令遵守と品質管理を徹底することが、持続可能なビジネスモデルの基盤となることをレオパレス21の事例は示しています。
レオパレス21の建築基準法違反について、技術的な観点から検証してみましょう。建築基準法では、共同住宅における界壁は防火・遮音の観点から重要な役割を担っています。
具体的には、界壁は小屋裏・屋根裏まで達していなければならず、一定の耐火性能(例:1時間耐火)を有することが求められています。また、界壁の構造は、2枚の石膏ボードを重ねるなど、特定の仕様に従う必要があります。
レオパレス21の物件で発見された主な技術的問題点は以下の通りです。
特に注目すべきは、これらの問題が点検口を覗けば一目でわかるような明白な違反であったにもかかわらず、建築確認や完了検査の段階で見過ごされていたという点です。これは検査体制自体にも問題があったことを示唆しています。
建築士の講習会でも取り上げられたこの問題は、建築検査の在り方にも一石を投じました。外見上は問題なく見える建物でも、壁の中や天井裏には重大な欠陥が潜んでいる可能性があることを、業界全体が再認識する契機となりました。
また、レオパレス21が「国土交通省の認定商品であり、界壁が必要ない」と主張した「ハイブリッド」シリーズについても、国土交通省は「遮音性や防火上の安全性の観点から設置が求められる界壁の要・不要とは無関係。必要な界壁が不要となる根拠にはならない」と明確に否定しています。これは、法令の解釈を恣意的に行うことの危険性を示す事例といえるでしょう。
建築業界に携わる者として、この事例から学ぶべきは、建築基準法の本質的な目的(人命と財産の保護)を理解し、単なる形式的な遵守ではなく、実質的な安全性を確保する姿勢の重要性です。
レオパレス21の建築問題は、不動産・建築業界全体に大きな波及効果をもたらしました。この問題が業界にどのような影響を与えたのか、具体的に見ていきましょう。
まず、サブリース事業に対する信頼性が大きく損なわれました。レオパレス21は「30年間の賃料保証」などをうたい文句に多くのオーナーと契約していましたが、この問題をきっかけに、サブリース契約の内容や保証の実効性に対する疑念が広がりました。その結果、国土交通省は2020年に賃貸住宅管理業法を改正し、サブリース事業者に対する規制を強化しています。
次に、建築検査体制の見直しが進みました。レオパレス21の物件は建築確認や完了検査を通過していたにもかかわらず、重大な法令違反があったことから、検査の実効性に疑問が投げかけられました。これを受けて、多くの自治体や民間の検査機関では、特に共同住宅の界壁や防火区画に関するチェック項目を強化しています。
また、建築業界全体でコンプライアンス意識が高まりました。レオパレス21の事例は、法令違反が企業の存続を脅かす深刻なリスクとなることを示す象徴的な出来事となりました。多くの建設会社や不動産デベロッパーは、自社の建築物の法令適合性を再点検し、コンプライアンス体制を強化する動きを見せています。
さらに、消費者の意識も変化しました。賃貸物件を選ぶ際に、建物の安全性や法令適合性を重視する入居者が増加しています。これに応じて、多くの賃貸仲介会社は物件の安全性や品質に関する情報提供を強化しています。
建築業界における人材育成の重要性も再認識されました。レオパレス21では、問題発覚後に多くの建築士や技術者が退職し、改修工事の遅延につながりました。これは、技術者の倫理観や専門知識が企業の持続可能性に直結することを示しています。
最後に、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点からも、この問題は重要な教訓となりました。レオパレス21の株価は問題発覚後に大幅に下落し、多くの投資家が損失を被りました。これにより、不動産・建設業界においても、単なる財務指標だけでなく、企業のガバナンスや社会的責任を重視する投資判断の重要性が高まっています。
レオパレス21の建築問題は、一企業の問題にとどまらず、建築業界全体のあり方を見直す契機となりました。この教訓を活かし、より安全で信頼性の高い建築物を提供することが、業界全体の責務といえるでしょう。