

界面活性剤を水に溶かして濃度を上げていくと、分子はまず気液界面へ優先的に吸着し、表面張力が低下していきます。福井大学の実験資料でも、表面張力を濃度cまたはlncに対してプロットし、屈曲点から臨界ミセル濃度(cmc)を求める流れが明確に示されています。つまり「表面張力—濃度曲線の折れ曲がり(傾きが変わる点)」が、表面が飽和して溶液内部でミセル形成が始まった境目です。
特に実務では、表面張力γを縦軸、lnCを横軸にしたプロットが扱いやすいです。東海大学の資料では、γとlnCの関係をプロットして曲線で結び、極小点(あるいは屈曲)をCMCとして読む手順が示されています。理屈としては、CMC未満は界面吸着が進むので表面張力が目に見えて変化し、CMCを超えると界面がほぼ飽和して表面張力がほぼ一定になるため、グラフの傾きが急に鈍ります。
建築従事者の視点だと、表面張力法は「濡れ性」「浸透性」に直結するため、洗浄や下地処理の品質管理に応用しやすい点がメリットです。実際、工業用途の解説として、界面活性剤はCMC未満でのみ表面張力を下げ、CMCを超えると表面張力が一定になるため、それ以上の濃度域では表面張力が濃度管理の指標として適さない場合がある、とされています。ここが現場の落とし穴で、表面張力計で管理しているつもりでも、すでにCMCを十分超えていると差が見えず「同じに見えるのに洗浄性が違う」状態が起き得ます。
現場での簡易運用のコツは、(1)温度をそろえる、(2)水質(硬度、電解質)をそろえる、(3)希釈系列は対数刻み(例:0.1倍刻み)にする、の3つです。CMCは温度や電解質などに依存し得るため、条件がブレると折れ点が動きます(同じ薬剤でも水が変われば別物として振る舞う)。Wikipediaでも、CMCは温度や圧力、電解質濃度や他の界面活性剤濃度に依存し、さらに測定手法に依存する場合があると説明されています。
参考:表面張力プロットでCMCを決める(実験手順・lncプロットの指示)
福井大学:物理化学実験④ 表面張力の測定(PDF)
イオン性界面活性剤では、電気伝導度(または比伝導度)を濃度に対してプロットし、直線の傾きが変わる折れ点をCMCとみなす方法が古くから使われています。岡山理科大学の解説では、CMCを超えた領域で電気伝導度の増加が緩やかになる(傾きが小さくなる)理由として、ミセル表面への対イオン吸着によって正味電荷が減り、導電への寄与が変わる点が述べられています。つまり「溶液中に増える粒子の質(自由イオン中心→ミセル+対イオン吸着)」が変わるため、κ—Cのグラフの傾きが変わります。
電気伝導度法の良いところは、表面張力法より「CMCより上の濃度域」もある程度扱いやすいことです。表面張力はCMCを超えると頭打ちで差が出にくい一方、電気伝導度はミセル形成後も増加は続く(ただし傾きが変わる)ので、折れ点検出がしやすいケースがあります。実務では、希釈水の電気伝導度(ベースライン)が高いとノイズが増えるため、同じ水で系列を作って差分を見るのが安定です。
建築の洗浄工程に当てはめると、例えば「同じ洗剤を同じ倍率で作ったのに、季節や水で泡立ちやすすぎ性が変わる」問題の切り分けに使えます。電解質(硬度成分など)が増えるとCMCが動くことがあり、結果として必要量が変わるためです。用語の基本としても、コトバンクはCMC前後で比電気伝導率、浸透圧、粘度、表面張力などの物性が著しく変化すると説明しており、電気伝導度が測定指標の代表格であることが分かります。
参考:CMCで電気伝導度の傾きが変わる理由(対イオン吸着の説明)
岡山理科大学:コロイドおよび界面化学分野の実験(その2)
表面張力法をやるなら、測定方式の理解が再現性に直結します。Wilhelmy法(プレート法)は、薄い板(例:白金板)を液体に接触させ、液体が板を引き込もうとする力を測ることで表面張力を求める方法として解説されています。建築現場の品質管理に近い「繰り返し測定」「手順の標準化」に向くため、研究室だけでなく工業分野でも普及している方式です。
一方で、CMCの決定は「測れた表面張力の絶対値」よりも「濃度系列に対する曲線形状」が重要になります。道仁科学のレビュー記事では、表面張力対対数濃度の屈曲点を与える濃度をCMCとする、と明記されており、Du Nouy式円環法やWilhelmy式平板法など複数方式があることも示されています。つまり、現場で表面張力計を導入しても「測り方」より「プロットと折れ点判定のルール」がないと、担当者ごとにCMCがズレる危険があります。
折れ点判定をブレさせないための運用ルール例を挙げます。
さらに、建築材料の洗浄では溶液が純粋な界面活性剤水溶液ではなく、溶剤、ビルダー、キレート剤、汚れ成分が混ざるのが普通です。この場合、見かけ上のCMC(「現場条件での折れ点」)として運用し、薬剤カタログ値と一致しなくて当然、と割り切るのが安全です。CMCは測定手法に依存し得る、とする説明もあるため、現場では「同じ手法で同じ条件で比較」する姿勢が品質管理向きです。
参考:表面張力法でCMCを屈曲点として定義(Du Nouy法・Wilhelmy法の言及)
道仁科学:界面活性剤水溶液物性研究のための化学熱力学
研究寄りですが、混合系・低濃度領域で強いのが蛍光プローブ法です。ピレンなどの疎水性蛍光分子を少量入れておき、ミセル内部の疎水環境に取り込まれると蛍光スペクトルが変化する性質を利用してCMCを決めます。奈良女子大学の研究室紹介でも、蛍光プローブとしてピレンを添加し、I1/I3比を指標としてCMC評価やミセル内部の極性解析に広く利用していると説明されています。
建築向けにこの手法を「そのまま現場で」使うのはハードルが高いものの、意外と役に立つ場面があります。それは、新素材の撥水・防汚コーティングや、ポリマー系添加剤が入った洗浄液のように、表面張力だけでは挙動が読みにくい系です。例えば高分子ミセルやブロック共重合体ミセルのCMC評価で、ピレンの励起スペクトル変化(例:I337/I335の変化)からCMCを求めた例が報告されています。混合系や高分子系は「見た目の泡立ち」や「表面張力の頭打ち」が当てにならないことがあるため、プローブ法が判断材料を増やします。
また、施工品質という観点では「ミセルができたか」より「どの濃度から溶液内部に疎水ポケット(汚れを取り込む場)が立ち上がるか」が大事な場合があります。表面張力は濡れ性には効きますが、油汚れの可溶化・分散はミセル形成以降で効き方が変わるので、蛍光プローブで“内部相”の立ち上がりを見る発想は、洗浄設計の理解を一段深めます。
参考:ピレンを用いた蛍光プローブ法のCMC測定の例(I337/I335など)
日本大学(PDF):ピレン蛍光プローブ法によるCMC測定例
検索上位の記事は「化学実験としての求め方」に寄りがちですが、建築従事者にとって重要なのは、CMCを“測った後”にどう運用して失敗を減らすかです。工業用の解説では、CMCを超えると表面張力が一定になり、表面張力が濃度管理の指標として不適切になり得ることが述べられています。ここから逆算すると、現場では「表面張力で管理するなら、管理したい濃度域をCMC未満〜CMC近傍に置く」「CMCを超える運用なら、別指標(電気伝導度など)も併用する」という設計思想が必要です。
現場で起きやすい“意外なズレ”を、CMC視点で具体化します。
ここで効くのが、簡易でも良いので「自社の標準汚れ・標準水」でCMC近傍の濃度系列を一度作り、指標を固定するやり方です。例えば「表面張力—log濃度」の折れ点を1回取っておけば、以後は“狙い濃度帯”を決めやすくなります。さらに、洗浄はCMCを超えたら万能ではなく、CMC付近で洗浄率が急増し、CMC以上で静的表面張力の変化が小さくなると洗浄率の変化も小さくなる、という研究報告もあるため、無駄な過剰添加を抑える判断材料になります。
最後に、上司チェックに耐える「運用の言語化」を置きます。CMCは、薬剤の“性能が立ち上がる境目”の一つですが、現場では「濡れ(表面張力)」「可溶化(ミセル)」「すすぎ(泡・残留)」のバランス点を探す道具です。CMCを測って終わりではなく、(1)狙いを濡れ重視にするのか、(2)油分の可溶化重視にするのか、(3)残留や泡トラブルを避けるのか、目的別に最適濃度帯が変わる――この整理ができると、洗浄の再現性が上がり、クレーム(ムラ、白化、再汚染)を減らしやすくなります。
参考:CMC付近で洗浄率が上がり、CMC以上で変化が小さくなる(洗浄設計の判断材料)
新潟大学(PDF):界面活性剤水溶液の動的表面張力に関する研究