

キレートと錯体の最も根本的な違いは、配位子が金属イオンと結合する方法にあります。錯体とは、金属イオンを中心として複数の分子やイオン(配位子)が配位結合した化合物全般を指します。配位子は、酸素や窒素のような非共有電子対を持った配位原子を含んでおり、この配位原子が金属イオンと直接結合します。
参考)https://takeshinespark.hatenablog.com/entry/2025/02/08/161147
一方、キレートは錯体の特殊な形態で、1つの配位子が金属イオンに対して2つ以上の配位原子で同時に結合する化合物です。配位原子を1つだけ持つ配位子を単座配位子、複数個持つものを多座配位子といい、この多座配位子がキレート剤と呼ばれます。
参考)https://rdreview.jaea.go.jp/review_jp/kaisetsu/733.html
つまり、キレートは錯体の一種であり、金属キレートは金属錯体の中でも特に多座配位子を用いた環状構造を持つものを指します。
参考)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1295389242
キレートが単座配位子による錯体よりも安定な理由は、キレート効果と呼ばれる現象にあります。一般的に、同じぐらいの配位能を持つ単座配位子と多座配位子では、多座配位子のほうがより安定な錯体を形成する傾向があります。
参考)https://www.syero-chem.com/entry/chelate
例えば、エチレンジアミン(二座配位子)とアンモニア(単座配位子)を比較すると、次のような反応が起こります。
Ni(NH₃)₆²⁺(aq) + 3en(aq) → Ni(en)₃²⁺(aq) + 6NH₃(aq)
この反応から、単座配位子のアンモニアより二座配位子エチレンジアミンのほうが安定な錯体を形成することがわかります。キレート効果による安定化は、系全体の分子自由度が大きくなり、エントロピーが増加するために起こります。
参考)https://home-01.com/%E7%84%A1%E6%A9%9F%E5%8C%96%E5%AD%A6/%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E5%8A%B9%E6%9E%9C/
安定度定数(生成定数)は錯体の安定性を量的に表す数値で、キレート錯体は対応する単座配位子で結合した錯体よりも大きな安定度定数を示します。形成されるキレート環は5員環が最も安定で、6員環がこれに次ぎます。7員以上または4員以下のキレート環の形成は極めて困難です。
参考)https://kotobank.jp/word/%E3%81%8D%E3%82%8C%E3%83%BC%E3%81%A8%E9%8C%AF%E4%BD%93-3225446
キレート形成に関わる配位能を持った官能基としては、以下のようなものがあります:
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1970/18/6/18_6_254/_pdf
配位子に窒素、硫黄、酸素、リンのような電子供与元素が2個以上含まれていると、金属イオンと強く引き合うことで錯体を形成します。溶液のpHが変化すると引き合う強さが変わる傾向があり、水溶液のpHを最も適した値に調整すれば特定の金属イオンと錯体を作りやすくなります。
参考)https://www.purolite.co.jp/2016-09-09-2487
配位子の種類による安定度は、周期表のMnからZnの間に属する金属陽イオンに配位したとき、CN⁻ > NH₃ > H₂Oの順に安定な錯イオンになります。これは、配位原子の電気陰性度が小さいほど非共有電子対を引きつける力が弱くなり、中心金属に与えたときに安定的に配位結合できるからです。
参考)https://www.e-net.nara.jp/kyouka/index.cfm/20,525,c,html/525/20220428-185828.pdf
建築業界では、キレート剤がコンクリートの性能向上に重要な役割を果たしています。グルコン酸ナトリウムは、コンクリート混和剤として広く使用されるキレート剤の代表例です。
参考)https://www.chemategroup.com/ja/how-sodium-gluconate-retarder-enhances-cement-durability/
コンクリート打設直後に散布することで、以下のような効果を発揮します:
グルコン酸ナトリウムのキレート特性は金属イオンと結合し、その反応性を低減して有害な化学反応を防ぎます。これにより、過酷な環境でもセメントが安定し、耐用年数が延長されます。
コンクリートの打継ぎ面処理において、キレート効果を持つ官能基が重要な役割を果たします。カルボキシル基(-COOH)およびリン酸エステル基(-OPO(OH)₂)のようなキレート効果を持つ官能基は、曲げ強度の向上に寄与します。
参考)https://www.lion-specialty-chem.co.jp/ja/technology/civil/03.php
キレート効果とは、セメント中のCa²⁺と官能基が化学的結合をつくることであり、高い親和性の源となっています。ポリマー粒子表面をカルボキシル基で化学修飾することで、新コンクリートとポリマーセメントコンクリート層との間に高い付着性能を発揮できます。
参考)https://www.lion-specialty-chem.co.jp/ja/catalog/06/sja40.php
具体的な用途
建築以外の工業分野でも、キレート剤は金属イオンの制御に広く活用されています。水中には、カルシウムやマグネシウム、鉄などの金属イオンが含まれており、これらは析出して機器トラブルを引き起こしたり、洗浄剤の効果を低下させたりします。
参考)https://www.shokubai.co.jp/ja/lp/water-treatment/chelating-agent.html
キレート剤は、金属イオンと結合(錯体を形成)することで、金属イオンを安定化させることができる薬剤です。「キレート」という名称の語源はギリシャ語の「Chele(カニのはさみ)」で、薬剤が金属イオンと結合する様子がカニが物を挟むのに似ていることに由来します。
主な応用分野は以下の通りです:
参考)https://www.shokubai.co.jp/ja/products/detail/hids/
キレート樹脂は、特定の金属イオンと強く結合して錯体を形成する特性を持ち、数ppm程度の微量金属イオンが溶けている飽和食塩水のような濃度差の大きい条件でも、目的の微量金属イオンと安定した錯体を形成できます。また、塩酸や硫酸などの酸溶液で再生して再利用できるため、環境負荷の低減にも貢献します。
参考)https://www.iri-tokyo.jp/uploaded/attachment/612.pdf
キレート剤は非常に低い濃度で効果を発揮するため、操作コストと材料コストを下げることができ、建築業を含む幅広い産業分野で経済的かつ効果的な金属イオン制御を実現しています。
参考)https://www.dow.com/ja-jp/product-technology/pt-amines/pg-amines-chelants.html

キレート化学〈5〉錯体化学実験法 (1975年)