

労務費単価が上がっても、見積もり単価を据え置いたままでは、あなたの会社の利益は毎年確実に削られていきます。
公共工事設計労務単価は、国土交通省が毎年3月に改定を発表する建設業の賃金指標です。この数値は民間工事の見積もりや原価管理にも広く参照されており、建築業に従事する多くの方にとって直接的な影響を持ちます。
2024年3月に適用された公共工事設計労務単価は、全国全職種の単純平均で前年比5.9%の引き上げとなりました。これは2013年度以降12年連続の引き上げで、その累積上昇率は約67%に達しています。12年前と比べると、同じ職種・同じ地域でも労務費は約1.67倍に膨らんでいる計算です。
つまり、12年前の単価ベースで人件費を試算し続けている現場は、毎年確実に赤字リスクを抱えていることになります。
2025年3月改定の単価では、さらに全国平均で前年比3.0%前後の引き上げが見込まれており、上昇傾向は今後も続くとみられています。上昇が止まるどころか加速している局面もあるため、単価の追跡は経営上の必須作業といえます。
特に現場作業員の賃金引き上げを政府が強力に後押ししている背景があり、「適正な賃金水準の確保」という政策目標のもと、今後も年率数%の引き上げが続く見通しです。これは業界にとって歓迎すべき側面がある一方で、下請け・元請け双方にとって原価管理の難易度を高めることも意味します。
国土交通省|令和6年3月公共工事設計労務単価の改定について(PDF)
※上記リンクでは職種別・都道府県別の最新労務単価一覧と前年比較が確認できます。
上昇率はすべての職種で一律ではありません。これが原価管理を複雑にしている大きな要因の一つです。
2024年3月改定では、特に上昇幅が大きかった職種として「とび工」「鉄筋工」「型枠大工」が挙げられます。とび工の全国平均単価は25,700円(日額)前後で、前年比6%超の引き上げとなりました。型枠大工も25,000円台に乗り、鉄筋工は26,000円前後で推移しています。これらはいずれも、コンビニのアルバイト時給換算で言えば1日分の報酬に当たる金額感です。
一方、内装仕上げ工や普通作業員の単価は、専門職種と比べて上昇幅がやや小さい傾向にあります。職種間の格差が拡大していることも、外注費の試算ミスにつながりやすいポイントです。
地域差も見逃せません。首都圏・関西圏では単価が全国平均を上回ることが多く、東京都の「とび工」単価は29,000円台に達するケースもあります。一方、地方圏では全国平均を下回る地域が多く、同一職種でも地域間の単価差が5,000円以上開く職種もあります。
単価差がある、ということですね。地域と職種の組み合わせで見積もり精度が大きく変わります。
外注先が異なる都道府県の作業員である場合は、その都道府県の設計労務単価を確認する習慣をつけることが原価誤差の縮小につながります。国土交通省の公表資料では都道府県別・職種別の一覧表が無料で入手できるため、定期的にダウンロードして手元に置いておくことをおすすめします。
なぜここまで継続的な引き上げが起きているのか、背景を理解しておくことは今後の見通しを立てるうえでも重要です。
第一の背景は、建設業の人手不足の深刻化です。国土交通省の調査によれば、建設業就業者数は1997年の約685万人をピークに減少し続け、2023年には約479万人まで落ち込んでいます。働き手が減ることで一人ひとりの労働価値が高まり、賃金水準の上昇圧力が強まっています。減少幅はおよそ30%で、東京ドーム100杯分の人材が業界から消えたイメージです。
第二の背景は、2024年4月から適用された時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)です。建設業はこれまで適用猶予を受けていましたが、2024年4月以降は一般業種と同様に時間外労働が月45時間・年360時間を上限とされました。この規制対応により実働時間が制約されたことで、同等の仕事量をこなすためにより多くの人員が必要となり、一人当たりの実質的な費用単価がさらに押し上げられています。
第三の背景は、政府の賃金引き上げ政策です。「担い手3法」の改正により、公共工事では設計労務単価を下回る契約を実質的に排除する方向で制度整備が進んでいます。民間発注者への波及も徐々に進んでいる状況です。
今後の見通しとしては、少なくとも2026年度までは年率3〜6%の範囲での引き上げが継続する可能性が高いとされています。これは5年後には現在の単価がさらに約15〜35%上昇する可能性を示しています。年間100人工を使う現場なら、5年後の追加コストは数百万円単位で膨らむ試算も成り立ちます。
国土交通省|建設業の働き方改革(時間外労働の上限規制・週休2日)
※建設業における2024年問題の詳細と具体的な対策の方向性が確認できます。
上昇する労務費単価を見積もりや原価計算に適切に組み込めていない企業は、受注件数が増えるほど赤字が拡大するという逆説的な状況に陥るリスクがあります。これは建設業あるある、のひとつです。
まず基本として、見積もりに使用する労務費単価は「最新の公共工事設計労務単価」または「実際に外注先と合意している単価」のいずれか高い方を使用することが原則です。古い単価を慣習的に使い続けることは、受注後に原価超過を招く直接的な原因になります。
次に、単価改定のサイクルに合わせて見積もりテンプレートを更新する運用ルールを設けることが重要です。毎年3月の国交省発表後に、職種別・地域別の単価を確認・更新する作業を定期業務として組み込むことで、見積もりのベースが常に最新状態に保たれます。更新を忘れると痛いですね。
また、インフレ率や賃上げ見通しを加味した「予備費率」を見積もりに盛り込むことも有効です。工期が6ヶ月以上にわたる案件では、契約時点と工事完了時点で労務費単価が変わっている可能性があるため、単価改定リスクを吸収するための余裕率(2〜5%程度)を設定しておくことが現実的です。
さらに、元請け・下請け間での単価共有を契約前に明文化することも、後のトラブル防止として欠かせません。「昔から〇〇円でやっているから」という慣習的な取引単価が、現在の設計労務単価よりも大幅に下回っているケースがいまだに多く存在します。このギャップを放置すると、職人側の離脱リスクが高まり、人手不足を悪化させる悪循環を招きます。
上昇率の情報を知っているだけでは不十分です。日常業務のなかで「単価管理」を仕組みとして組み込むことで、初めて経営へのダメージ回避につながります。
現場監督や積算担当者が個人の記憶や感覚で単価を管理しているケースは今でも珍しくありません。これは担当者が変わった瞬間に情報が失われるリスクを内包しています。仕組みが必要です。
具体的な実践策として、以下のような運用を導入している企業が成果を出しています。
また、建設業界では「労務費の見える化」が経営改善の入り口になるという報告が増えています。日本建設業連合会が公表している「建設業における賃金・労働条件に関する実態調査」などの資料は、自社の賃金水準が業界内でどの位置にあるかを客観的に把握するうえで参考になります。
日本建設業連合会|労働・賃金に関する調査・資料
※業界団体による賃金実態調査や労働条件の最新データが掲載されており、自社の賃金水準の業界内比較に活用できます。
こうした仕組みを一度構築してしまえば、毎年の単価改定対応にかかる工数を大幅に削減できます。つまり、単価管理は「コストではなく投資」という考え方です。
労務費単価の上昇が止まらない現状において、適切な管理体制を整えた企業とそうでない企業の差は、今後ますます広がる一方です。今期の見積もりを一度点検するだけでも、利益の流出を止める第一歩になります。