

建築現場でのガラス仕上げや補修でも、仕上がりの「曇り」「微細な傷」「ムラ」は研磨材と条件で大きく変わります。酸化セリウム(CeO2)がガラス研磨に強いと言われる理由は、単なる“硬い粒子で削る”では説明しきれず、化学反応と機械作用が同時に走る化学機械研磨(CMP)的な挙動が核にあります。
計算科学の整理では、酸化セリウム側の表面状態(酸素欠陥=酸素空孔の分布)によってCe3+が露出しやすくなり、そのCe3+がガラス(SiO2)表面のSi-O結合へ電子を与えて結合を弱める流れが示されています。
さらに重要なのが、弱められたSi-O結合に対して水分子が反応し、OH−とH+に解離してSi-O結合の解離(Si-OH / HO-Si化)を進め、結果として表面が“軟らかくなった状態”になり、そこを機械的に除去しやすくなる点です。
この「化学→表面軟化→機械で除去」という順序で考えると、同じ番手・同じバフでも、スラリーの水分状態や表面の汚れ、圧力・速度のわずかな違いで結果が変わる理由が読みやすくなります。特に建築従事者が遭遇しやすいのは、加工熱・乾き・粉の目詰まり・清掃不足などで水の働きが落ち、化学反応が止まり気味になって“削れないのに擦っている時間”が増えるパターンです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsssj/33/6/33_351/_pdf
また、酸化セリウムはガラスよりモース硬度が低いのに研磨できる、という一見矛盾した点も、化学反応で表面を弱化させる前提なら説明がつきます。
現場目線で最も実務に直結するのが「水の管理」です。学術レビューでは、水が存在しないと酸化セリウムでガラスを研磨できないことが知られており、その理由として“Ce3+で弱めたSi-O結合の近傍で水分子が解離し、OH基が導入されて結合が解離する”メカニズムが示されています。
ここでポイントは、「水は冷却」だけではなく「反応物」でもあることです。 つまり、スラリーが乾いて粉っぽくなる状態は、摩擦熱・スクラッチ増加だけでなく、化学反応のルート自体が細くなるリスクがあります。
建築ガラスの補修(ワイパー傷、擦り傷、酸焼けの軽度な荒れなど)では、“水を足しながら磨く”が基本動作として語られがちですが、実際は「水の量」「滞留の仕方」「更新頻度」が仕上がりを左右します。水が多すぎて砥粒が逃げると機械作用が弱くなり、逆に少なすぎるとOH導入の反応が進みにくく、局所の温度上昇でムラや微細傷の原因にもなりえます。
作業のコツとしては、霧吹きで表面だけ濡らすより、スラリー全体の粘性・供給を安定させ、バフ面に“常に薄い反応層がある”状態を作る方が再現性が上がります。
さらに、ガラス表面には吸着水や表面OH基が存在しうるため、固体粒子(酸化セリウム)がSi-O結合距離に近づくにはそれらを押しのける必要がある、という整理もあります。 ここから、パッド(バフ)の弾性や当て方が“化学反応の開始条件”に影響する、と読み替えられます。
参考)https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/106-pdf/+106-p021.pdf
「濡らしているのに効かない」場合は、水の量ではなく、バフの当たり・スラリーの凝集状態・表面の汚れ膜で“粒子が近づけていない”可能性を疑うのが実務的です。
酸化セリウム研磨を“材料側”から見ると、酸素空孔(酸素欠陥)が鍵です。レビューでは、La固溶などで酸素空孔が増えると、表面近傍に空孔が局在化し、Ce原子が表面に露出しやすくなる、と説明されています。
さらに、その露出したCeがCe3+として表面に現れ、ガラス表面の酸素と直接反応しうる状態になることが研磨効率向上につながる、という流れが示されています。
この“Ce3+が出てくる状態”が重要で、Ceは+3価と+4価の二つの価数を取りうるため、研磨中に酸化還元(価数変化)が関与し、ガラス表面へ電子を供与してSi-O結合を伸長(弱化)させる、という記述が具体的に示されています。
現場的に言い換えると、「同じ酸化セリウム」でも性能差が出やすい理由の一つが、粒子の表面状態(欠陥・不純物・固溶状態)にある、ということです。 一般に流通するガラス用研磨材が“純粋なCeO2だけではない”こと、希土類元素が固溶した材料として供給されてきた歴史があることも述べられています。
また、Ce濃度やF濃度を上げれば単純に速度が上がるわけではない、という指摘もあり、組成は単純な足し算で効く話ではない点に注意が必要です。
建築補修で材料を選ぶ際に、粒径だけでなく「用途(仕上げ/キズ取り)に合う反応性」を意識して製品選定する、という方向性は理にかなっています。
酸化セリウム研磨材の特徴として、溶媒(媒体)を強いアルカリ等にせず“中性の水”でよい、という利点が挙げられています。 建築の現場では、周辺材(シーリング、金物、塗装面)への影響を避けたいケースが多く、媒体が水主体で成立することは取り回し面での強みになります。
また、固体粒子自体がガラスと化学反応する研磨材は、対象より柔らかくても研磨速度が出るため、粒度分布を過度に厳しく管理しなくても傷が出にくい可能性がある、という整理もされています。
この“傷が出にくい方向に働きうる”という性質は、建築ガラスの最終外観(反射・透過で傷が目立つ)に対して相性が良い理由の一つとして理解できます。
一方で、超精密側の議論では、粒子の分散・凝集のさせ方がパッドの弾力と噛み合う必要があり、適切な凝集サイズの考え方(例として0.5μm程度が議論される)が述べられています。 建築用途ではそこまで厳密に制御しないことが多いものの、「スラリーがサラサラすぎる」「粉がダマになる」「バフに乗らない」といった症状は、化学反応以前に“押し付けの効率”を落としてしまいます。
そのため、実務では次の観点で条件を固定すると、再現性が上がります。
参考:酸化セリウムがCe3+/Ce4+や水分子を介してSi-O結合を弱め、化学反応と機械作用が連動する研磨機構の根拠(価数変化・酸素空孔・水の役割)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsssj/33/6/33_351/_pdf
参考:ガラス用研磨材としての酸化セリウムの歴史、組成(希土類固溶)、中性水で成立する利点、反応性制御という考え方
https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/106-pdf/+106-p021.pdf
検索上位の説明は「水が必要」「化学反応がある」で止まりがちですが、建築現場では“どんな水か”がぶれやすい点が盲点になりやすいです。理屈上、水分子がSi-O結合の解離に関与する以上、液相の状態(汚れ、溶存物、pHのわずかな偏り、乾湿サイクル)が反応の進み方と表面欠陥に影響しうる、と考えるのが自然です。
特に、研磨中はガラス表面にOH基が導入される(表面が化学的に変化する)という整理があるため、作業を止めて乾燥→再開を繰り返すと、その都度“反応しやすい層の作られ方”が変わり、ムラとして見える可能性があります。
実務での対策は、難しい水質管理ではなく「変動要因を減らす」方向が現実的です。
この独自視点は“水の役割が反応そのもの”という学術側の説明を、建築の段取り(止め方・再開・清掃・液更新)に落とし込んだものです。 研磨の腕前だけでなく、現場の運用で仕上がりを安定させる余地がある、というのがこのテーマの実用的な結論になります。