

建築現場や工場で働く皆様にとって、作業着の汚れは日々の悩みの種ではないでしょうか。泥、汗、そして機械油。これらが混ざり合った複合的な汚れは、家庭用の一般的な液体洗剤だけではなかなか落ちません。そこで注目したいのが「炭酸塩(炭酸ソーダ・炭酸ナトリウム)」です。ドラッグストアやホームセンターの洗剤売り場には「重曹」や「セスキ炭酸ソーダ」も並んでいますが、プロの現場の汚れ落としに最も適しているのは、間違いなく炭酸塩です。
まず、これら3つの違いを明確に理解しましょう。最大の違いは「アルカリ度の強さ(pH値)」にあります。
| 物質名 | pH値(目安) | アルカリ度の強さ | 得意な汚れ |
|---|---|---|---|
| 炭酸塩(炭酸ソーダ) | 約11.2 | 強 | 重度の油汚れ、血液、泥、皮脂の塊 |
| セスキ炭酸ソーダ | 約9.8 | 中 | 軽い皮脂汚れ、キッチンの油ハネ、手垢 |
| 重曹 | 約8.2 | 弱 | 軽い汚れ、研磨剤としての焦げ落とし |
このように、炭酸塩はpHが最も高く、家庭で扱えるアルカリ剤の中では最強クラスの洗浄力を持っています 。油汚れや皮脂汚れは「酸性」の性質を持っています。化学の基本として、酸性の汚れは反対の性質であるアルカリ性で中和することで、繊維から剥がれ落ちやすくなります。つまり、アルカリ度が高ければ高いほど、頑固な油汚れに対する攻撃力が高くなるのです 。
参考)石けん百貨 / 炭酸ソーダ(炭酸塩)
セスキ炭酸ソーダは「炭酸塩」と「重曹」の中間的な存在で、水に溶けやすく手肌への刺激が比較的マイルドなため、日常の軽いお洗濯や拭き掃除には便利です 。しかし、建築現場で付着するようなドロドロの機械油や、夏の現場で染み込んだ大量の汗と皮脂による黄ばみに対しては、セスキでは力不足を感じることがあるでしょう 。
参考)セスキ炭酸ソーダの洗濯はおすすめ!メリットや効果大な洗い方を…
一方、炭酸塩は水に溶けやすく、少量で強力なアルカリ水を作ることができます 。パッケージには「炭酸ナトリウム」や「ソーダ灰」と記載されていることもあります。重曹は水に溶けにくいため、洗濯に使うとお湯を使わない限り溶け残りのリスクがありますが、炭酸塩はその心配も少ないのが特徴です 。
参考)炭酸ソーダは洗濯にも使える?!正しい使い方や注意点とは
現場の汚れと戦うプロフェッショナルである皆様には、ぜひ「炭酸塩」を選んでいただきたいです。ただし、洗浄力が強いということは、それだけ手肌への刺激も強いということ。使用の際は必ずゴム手袋を着用し、直接手で触れないように注意してください。
参考:石鹸百科 - 重曹・セスキ・炭酸ソーダ(炭酸塩)の比較(pH値や洗浄特性の詳細な比較データ)
作業着についた黒ずんだ機械油や、襟元の茶色い皮脂汚れ。これらを落とすための最強のメソッドが「炭酸塩を使った温水つけ置き洗い」です。洗濯機に放り込む前のこのひと手間で、仕上がりが劇的に変わります。
なぜ「つけ置き」が良いのでしょうか。それは、アルカリの化学反応には時間がかかるからです。高濃度のアルカリ液に汚れた衣類を浸すことで、繊維の奥に入り込んだ油分が徐々に「鹸化(けんか)」という反応を起こします。これは油が石鹸のような水に溶けやすい物質に変化する現象です 。この反応をじっくり起こさせることで、ブラシで擦っても落ちなかった汚れがスルリと落ちるようになります。
参考)作業着の油汚れを落とす洗剤最強はどれ?おすすめ洗剤と洗浄方法…
■プロ仕様の炭酸塩つけ置き手順
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特に注意したいのは「つけ置き後のすすぎ」です。炭酸塩が溶け出した水は高アルカリで、かつ大量の汚れを含んでいます。そのまま洗濯機に入れると、再汚染の原因になることがあります 。必ず一度すすいで、汚れを含んだ水を流してから洗濯機へ移してください。
参考)【少量の洗濯物は炭酸塩を使って洗濯】いつもの合成洗剤を見直す…
また、ファスナーや金属ボタンがついた作業着の場合、長時間のアルカリつけ置きで金属部分が変色する可能性があります。ステンレス以外の金属が使われている場合は、つけ置き時間を短めにするか、その部分を液につけないように工夫してください。
参考:おうち洗剤 - 作業着の油汚れを落とす洗剤最強はどれ?(作業着特有の汚れに対するアルカリ剤の効果的な使い方が解説されています)
炭酸塩のもう一つの重要な使い方は、洗剤の「助剤(ビルダー)」としての役割です。実は、市販されている「粉末洗剤」や「粉石けん」の多くには、あらかじめ成分として炭酸塩が配合されています 。これは、主成分である界面活性剤(石けん分など)の働きをサポートするためです。
参考)炭酸塩とは|おすすめの使い方から知っておきたい注意点まで解説…
建築現場での洗濯物は、大量の汗や皮脂を含んでいます。これらは「酸性」の汚れです。石けんは「弱アルカリ性」ですが、酸性の汚れが大量に混ざると、洗濯水の中で中和されてしまい、pHが下がります。pHが下がると石けんは洗浄力を失い、ただの「石けんカス(酸性石けん)」という油のような汚れの塊に変わってしまいます 。これが、洗濯したはずなのに作業着がなんとなく油っぽい、黒ずんでいる、という現象の原因の一つです。
参考)石鹸助剤として使われるアルカリ剤 – 石鹸百科
ここで炭酸塩の出番です。洗濯機に洗剤を入れる際、炭酸塩を大さじ1杯程度「追い足し」してみてください。
炭酸塩は「アルカリ緩衝作用(バッファー)」という働きを持っています。これは、少量の酸が入ってきても、液体のアルカリ性を高く保ち続ける働きです 。炭酸塩が酸性の汚れを優先的に中和してくれるため、主役である石けん成分は中和されることなく、本来の仕事である「汚れを繊維から引き剥がす」ことに専念できるのです 。
参考)炭酸塩(洗濯・洗浄用)|生協の食材宅配 生活クラブ生協
■助剤としての使い方のコツ
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この「助剤」としての使い方は、洗浄力を安定させるだけでなく、経済的でもあります。高価な高機能洗剤を大量に使うよりも、安価な粉石けんに炭酸塩をプラスする方が、トータルのコストを抑えつつ、プロ仕様の洗浄力を得ることができるからです 。
参考:石鹸百科 - 石鹸助剤として使われるアルカリ剤(なぜ助剤が必要なのか、化学的なメカニズムが詳しく書かれています)
作業着を洗う洗濯機自体が汚れていては、元も子もありません。特に現場の汚れ物を洗う洗濯機は、泥や油、石けんカスが溜まりやすく、カビの温床になりがちです。炭酸塩は、衣類だけでなく洗濯槽のメンテナンスにも威力を発揮します。
市販の「洗濯槽クリーナー」の成分を見たことはありますか?多くの製品の主成分は、実は「過炭酸ナトリウム(酸素系漂白剤)」や「炭酸塩」などのアルカリ剤です。つまり、普段から炭酸塩を使って洗濯をしていれば、それは毎日の洗濯がそのまま「マイルドな洗濯槽掃除」になっていることを意味します 。
炭酸塩の高いアルカリ性は、カビが生育できない環境を作ります。カビや雑菌の多くは中性〜酸性の環境を好みますが、pH11を超える炭酸塩の環境下では生存が難しくなります。
■洗濯槽の消臭・カビ予防メソッド
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ただし、すでにびっしりと黒カビが生えてしまっている洗濯機の場合は、炭酸塩だけでは剥がしきれないことがあります。その場合は「過炭酸ナトリウム(酸素系漂白剤)」を使用して、発泡パワーで物理的に剥がし取る必要があります。炭酸塩はあくまで「日々の強力な洗浄と予防」に適したパートナーだと考えてください。
参考:東京ガス - 炭酸ソーダは洗濯にも使える?!(洗濯槽への効果や消臭メカニズムについて言及されています)
最後に、あまり語られることのない、しかし現場仕事の方にこそ試していただきたい「独自視点」の裏技を紹介します。それは、「弱アルカリ性」や「中性」の市販液体洗剤を、炭酸塩で「強アルカリ洗剤」に改造してしまうというテクニックです。
近年、ドラッグストアで主流の液体洗剤(濃縮タイプなど)は、使いやすさを優先して「中性」や「弱アルカリ性」に調整されているものがほとんどです。これらは水に溶けやすく扱いやすい反面、泥や機械油まみれの作業着を洗うには、根本的に「アルカリパワー」が不足しています。液体洗剤だけで洗っても、「なんとなく汚れが落ち切っていない」「蓄積した黒ずみが取れない」と感じるのはそのせいです。
そこで、お気に入りの香りや消臭機能がついたいつもの液体洗剤を使いつつ、洗浄力だけをプロレベルに引き上げるために炭酸塩を使います。
■「ハイブリッド洗浄液」の作り方
方法は極めてシンプルです。
これだけです。この順序が重要です。先に炭酸塩で水を「アルカリ水」に変えておくことで、水の硬度成分(カルシウムやマグネシウム)が封鎖(キレート)され、水が軟水化します 。軟水化された水の中では、液体洗剤の界面活性剤が100%の力を発揮できるのです。さらに、液性が強アルカリに傾くため、液体洗剤単体では手も足も出なかった油汚れに対して、炭酸塩がアプローチを開始します。
この方法は、液体洗剤の「香りの良さ」や「すすぎの早さ」といったメリットを活かしつつ、炭酸塩の「圧倒的な洗浄力」をアドオンできる、まさにいいとこ取りの洗浄法です。特に、冬場で粉石けんが溶けにくい時期や、家族の洗濯物と一緒に作業着を洗わなければならない(洗剤を分けられない)時に、こっそりと炭酸塩を追加するだけで、ご自身の作業着だけをしっかり綺麗にすることができます。
ぜひ、明日の洗濯から「炭酸塩」という強力な武器を味方につけて、清潔で気持ちの良い作業着で現場に向かってください。