

構造力学において不静定構造物を解くための強力なツールである「たわみ角法」。その核となる公式は、一見複雑に見えますが、物理的な意味を分解すれば非常に合理的です。基本公式は、部材の両端に生じる材端モーメント($M$)を、節点の回転角(たわみ角 $\theta$)、部材全体の回転角(部材角 $R$)、そして荷重による固定端モーメント($C$)の総和として表現したものです。
一般的に用いられる基本公式は以下の通りです。
Mab=kab(2θa+θb−3R)+Cab
ここで重要なのは、各項が表す物理的意味です。
この「全て時計回りが正」という統一ルールは、計算処理を機械的に行う上で非常に有利です。しかし、最終的に曲げモーメント図(BMD)を描く際には、引張側を正とする慣習に合わせて符号を読み替える必要があるため、この変換プロセスで混乱しないように注意が必要です。特に、層間変位が生じるラーメン構造の計算では、この符号の定義を厳格に守らないと、水平力のつり合い計算で致命的な誤差が生じます。
大学の講義ノートなど、信頼性の高い資料で符号規約を確認したい場合は以下が参考になります。
名城大学 理工学部 建築学科 村田研究室:たわみ角法の基本式(PDF) - 基本式の誘導と符号の定義が詳細に解説されています。
たわみ角法の計算精度を左右するのが、荷重項である「固定端モーメント(Fixed End Moment, $C$)」の正確な算出です。これは、節点(支点)が完全に固定され、回転も移動もしないと仮定した状態で、部材にかかる荷重が端部にどのようなモーメントを発生させるかを計算したものです。
実務においては、都度積分計算をして求めるのではなく、代表的な荷重パターンの公式を完全に暗記し、即座に数値を出せるようにしておく必要があります。以下に、頻出するパターンの計算式と、実務上の注意点をまとめます。ここでも「時計回りが正」のルールが適用されるため、左端は反時計回りとなることが多く、マイナスが付くことに注意してください。
主な固定端モーメントの公式一覧
| 荷重タイプ | 荷重形状 | 左端モーメント ($C_{ab}$) | 右端モーメント ($C_{ba}$) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 中央集中荷重 | ↓ $P$ | $-\frac{PL}{8}$ | $+\frac{PL}{8}$ | 最も基本的な形。単純梁の最大曲げモーメント $PL/4$ の半分となる。 |
| 等分布荷重 | ↓↓↓ $w$ | $-\frac{wL^2}{12}$ | $+\frac{wL^2}{12}$ | 多くの梁計算で使用。単純梁の $wL^2/8$ と係数が違う点に注意。 |
| 偏心集中荷重 | ↓ $P$ ($a$:$b$) | $-\frac{Pb^2a}{L^2}$ | $+\frac{Pa^2b}{L^2}$ | 距離の2乗が掛かるのは、荷重から「遠い方」の距離である点に注意。 |
| 三角分布荷重 | 📐 | $-\frac{wL^2}{20}$ | $+\frac{wL^2}{30}$ | 荷重が大きい側(右側最大の場合)の分母が30、小さい側が20となる。 |
実務における「意外な」落とし穴
計算ミスが多発するのは、複数の荷重が組み合わさった場合です。例えば、「等分布荷重」と「集中荷重」が同時にかかる梁の場合、重ね合わせの原理(スーパーポジション)を利用して、$C_{ab} = C_{ab}(\text{等分布}) + C_{ab}(\text{集中})$ として単純に加算することができます。
しかし、忘れがちなのが「符号の逆転」です。もし下から上への突き上げ荷重(風圧力など)がかかる場合、固定端モーメントの符号はすべて逆転します。機械的に公式を適用するだけでなく、荷重が部材を「どちらに曲げようとしているか」を常にイメージすることが、エラー検出の鍵となります。
また、片持ち梁(キャンチレバー)部分がある場合の処理も重要です。たわみ角法の基本式は「両端が支持されている」ことが前提です。片持ち部分がある場合、その部分は不静定構造の一部ではなく、単なる「外力(確定したモーメント荷重)」として節点方程式の右辺(荷重項)に組み込む処理を行います。これを部材の一部として基本式に組み込んでしまうと、未知数が無駄に増え、計算が破綻する原因となります。
固定端モーメントの詳細な導出過程を知りたい方は、以下のリンクが役立ちます。
構造力学Ⅱ - たわみ角法 - 固定端モーメントの図解と詳細な導出が掲載されています。
ここでは、実務で頻出する「2スパン連続梁」を例題として、たわみ角法による解法の全手順を解説します。手順をマニュアル化することで、どのような複雑な問題でも迷わずに手を動かせるようになります。
例題設定
ステップ1:未知数の確認(自由度の判定)
まず、求めたい変数が何かを特定します。
この問題は、未知数 $\theta_B, \theta_C$ を求める連立方程式となります。
ステップ2:固定端モーメント($C$)の計算
公式を用いて各材端の荷重項を算出します。
ステップ3:たわみ角法の基本式の作成
基本式 $M = 2EK_0 \cdot k (2\theta_{myself} + \theta_{neighbor}) + C$ に代入します。ここでは $2EK_0 = 1$ と仮定して計算を進め、最後に補正します(比率だけで解けるため)。
ステップ4:節点方程式(つり合い式)の樹立と連立方程式の解法
節点におけるモーメントの和がゼロになる条件式を立てます。
①、②の連立方程式を解きます。
②より $\theta_B = -2\theta_C - 30$。これを①に代入。
$4(-2\theta_C - 30) + \theta_C + 30 = 0$
$-8\theta_C - 120 + \theta_C + 30 = 0$
$-7\theta_C = 90 \rightarrow \theta_C = -12.85$
$\theta_B = -2(-12.85) - 30 = 25.7 - 30 = -4.3$
ステップ5:最終材端モーメントの算出
得られた $\theta$ を基本式に戻します。
このように、手順を厳密に守ることで、複雑な不静定梁も機械的に解くことが可能です。計算過程での検算(B点でモーメントが釣り合っているか確認)は必ず行いましょう。
具体的な計算手順の参考資料:
建築構造の基礎知識 連続梁の計算 - 2スパン連続梁の解法が図入りで解説されています。
たわみ角法を学ぶ多くの実務者が疑問に思うのが、「なぜコンピュータ全盛の時代に、手計算のたわみ角法を学ぶ必要があるのか?」という点です。実は、たわみ角法は単なる古典的な解法ではなく、現代の構造解析ソフト(MIDAS, SAP2000, SS7など)の内部で動いている**「マトリクス変位法(剛性マトリクス法)」の原始的な形そのもの**なのです。
検索上位の記事ではあまり語られませんが、この関連性を理解すると、構造ソフトのブラックボックスの中身が見えてきます。
剛度方程式とマトリクスの対応
たわみ角法の基本式を行列形式(マトリクス)で書き下すと、そのまま剛性マトリクスになります。
式 $M = 2EK(2\theta_a + \theta_b)$ をベクトルと行列で表すと以下のようになります。
(MaMb)=L2EI(2112)(θaθb)
この中心にある $\begin{pmatrix} 2 & 1 \ 1 & 2 \end{pmatrix}$ という行列こそが、部材剛性マトリクスの正体です。
反力計算への応用
たわみ角法はモーメント $M$ を求めるメソッドだと思われがちですが、実は「変位 $\theta$」を主役にした解法です。これはマトリクス変位法が「まず変位 ${d}$ を求め、そこから応力 ${f} = [K]{d}$ を計算する」というプロセスと完全に一致します。
この視点を持つことで、支点沈下(強制変位)が起きた際に、なぜあれほど巨大な応力が発生するのかも理解できます。基本式の $-3R$ の項を見れば分かる通り、わずかな沈下($R$)に対して、剛度 $EK$(非常に大きな値)が掛け算されるためです。
このように、たわみ角法は「手計算のための古い道具」ではなく、「現代の解析技術のアルゴリズムを理解するための基礎言語」と言えます。ここを理解している技術者は、解析エラーが出た際の原因特定能力が格段に高くなります。
実務でたわみ角法を用いる際、計算量を劇的に減らすテクニックとして「修正たわみ角法」が頻繁に使われます。標準のたわみ角法との違いを明確に理解し、使い分けることが効率化の鍵です。
なぜ修正が必要なのか?
通常のたわみ角法では、すべての節点のたわみ角 $\theta$ を未知数として扱います。しかし、梁の先端が「ピン支点(ローラー支点)」である場合、その点のモーメントは最初から「ゼロ」であることが分かっています。
例題の連続梁(C点がピン)を思い出してください。標準法では $\theta_C$ を未知数として連立方程式を解き、最後に $M_{CB}=0$ を確認しました。
修正たわみ角法では、最初から「相手端がピンならモーメントはゼロ」という条件を公式に組み込んでしまいます。これにより、未知数 $\theta_C$ を消去し、連立方程式の元数を減らすことができるのです。
修正たわみ角法の公式
部材ABにおいて、B端がピン(ヒンジ)の場合のA端モーメント $M_{ab}$ は以下のようになります。
Mab=3EK0⋅k(θa−R)+(Cab−2Cba)
標準法との大きな違い