

剛性率は建築物の高さ方向における剛性バランスを評価する指標で、建築基準法施行令第82条の6第二号イに基づき、各階の剛性率Rs≧0.6とすることが定められています。この基準値0.6は、1981年の新耐震設計法施行時に導入されたもので、過去の震災被害分析と実験的研究から導き出された数値です。剛性率が小さい階は建物全体から見て変形しやすく、地震エネルギーが集中して過大な水平変形が生じるため、その階の被害が大きくなります。
参考)https://kenchiku-kouzou.jp/houki/kouzoukeisan/gousei-ritsu/
剛性率Rs=1.0の場合、その階は建物全体の平均的な変形量となっており、Rs>1.0なら変形しにくい階、Rs<1.0なら変形しやすい階を意味します。特にピロティ構造のように下層階の壁が少ない建物では、1階の剛性率が著しく低下し、地震時に1階への損傷集中が懸念されるため、設計時の注意が必要です。建築基準法では剛性率が0.6未満の場合、必要保有水平耐力を最大2倍まで割増すことが求められます。
参考)https://www.various-kozo.com/%E3%80%90%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%84%E6%A7%8B%E9%80%A0%E8%A8%AD%E8%A8%88%E3%80%91%E5%89%9B%E6%80%A7%E7%8E%87%EF%BD%9E%E5%89%9B%E6%80%A7%E7%8E%87%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%BE/
剛性率Rsは「Rs=rs/r̄s」という式で計算され、rsは各階の層間変形角の逆数、r̄sは建築物全体のrsの相加平均を表します。層間変形角θは地震力による各階の水平変形の程度を示し、「θ=1/(120×Qa/Q)」で求められます。ここでQaは許容耐力、Qは作用する剪断力であり、標準せん断力係数C0≧0.2を用いた地震力で計算します。
参考)https://note.com/hara3281/n/n7b2554c14125
層間変形角は階高に対する層間変位の比率として算出され、計算には当該階の床版上面位置から上階の床版上面位置までの鉛直距離を用います。構造設計では層間変形角を1/200以内に抑えることが一般的な目標とされており、この程度の変形量であれば内外装に目立つ被害は生じにくいとされています。剛床仮定が成立しない場合は、立体解析等の方法に基づいて計算した層間変位を用いることもできます。
参考)https://www.archi-skills-note.com/%E4%B8%80%E7%B4%9A%E5%BB%BA%E7%AF%89%E5%A3%AB%E8%A9%A6%E9%A8%93_%E5%89%9B%E6%80%A7%E7%8E%87%E3%83%BB%E5%81%8F%E5%BF%83%E7%8E%87/
剛性率と偏心率は建築物の構造バランスを評価する2つの重要な指標で、構造計算ルート2では剛性率≧0.6かつ偏心率≦0.15を満たす必要があります。剛性率は立面的な剛性のバランス、つまり高さ方向の各階間での変形しやすさの偏りを評価するのに対し、偏心率は各階の平面的なバランス、具体的には重心と剛心のずれによるねじれ振動の生じやすさを評価します。
参考)https://www.eu-plan.co.jp/factory/2018/10/16/2013/
偏心率Reは「Re=e/re」(e:偏心距離、re:弾力半径)で算出され、値が大きいほどねじれ振動が生じやすくなります。地震力は各階の重心に作用するため、重心と剛心の位置が一致しないと建築物は水平方向に変形するだけでなく、剛心を中心に回転運動が発生します。剛性率または偏心率が基準値を満たさない場合、構造計算ルート3の保有水平耐力計算が必要となり、該当階の必要保有水平耐力を割増す必要があります。
参考)https://www.icba.or.jp/kenchikuhorei/pdf/ybook_p333_337.pdf
剛性率が特に問題となる代表的な構造形式がピロティ建築です。ピロティとは1階部分を駐車場や通路として利用するため壁が少ない構造で、1995年兵庫県南部地震などの大地震で甚大な被害が生じました。RC造ピロティ構造では1階の剛性が上階に比べて著しく低くなるため、1階への損傷集中を考慮した強度割増係数が定められています。
参考)https://data.jci-net.or.jp/data_pdf/42/042-01-2004.pdf
構造基準ではピロティ階の必要保有水平耐力を算定する際、剛性率による数値(Fs)とピロティ階への損傷集中による割増係数(αp=1.83、6階建以上)が与えられており、これらの大きいほうの値を用いて計算します。純ピロティの柱では、せん断余裕率を1.4以上とすることも求められています。また、混構造建築物では、RC造部分と木造部分で剛性が大きく異なるため、剛性率の検討が複雑になります。
参考)https://shikakuouen.com/wp-content/uploads/2023/02/23%E5%9B%9E%E7%9B%AE%E3%80%80%E8%80%90%E9%9C%87%E8%A8%AD%E8%A8%88-1%E3%80%80%E4%BF%9D%E6%9C%89%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E8%80%90%E5%8A%9B%E8%A8%88%E7%AE%971%EF%BC%88%E5%BF%85%E8%A6%81%E4%BF%9D%E6%9C%89%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E8%80%90%E5%8A%9B%EF%BC%89.pdf
材料の剛性を評価する物性値として、ヤング率(縦弾性係数)と剛性率(ずれ弾性係数、横弾性係数)があります。ヤング率は「たわみにくさ」を表し、数字が大きいほど変形しにくい材料となります。以下に主要な構造材料の剛性データを示します。
参考)https://www.toishi.info/metal/young_list.html
| 材料分類 | 代表的な材料 | ヤング率(GPa) | ずれ弾性率(GPa) |
|---|---|---|---|
| 鉄鋼材料 | SS400(一般構造用圧延鋼材) | 206 | 79 |
| 鉄鋼材料 | S45C(機械構造用炭素鋼) | 205 | 82 |
| ステンレス鋼 | SUS304(オーステナイト系) | 197 | 74 |
| 鋳鉄 | FC材(ねずみ鋳鉄) | 100 | 40 |
| 銅合金 | 7-3黄銅(C2600) | 110 | 41 |
| アルミニウム合金 | A7075(超々ジュラルミン) | 72 | 28 |
| チタン合金 | 6Al-4V(60種) | 106 | 41 |
| セラミックス | アルミナ(Al₂O₃) | 370 | - |
参考)https://www.arrozcorp.com/archives/column/014
鉄鋼材料のヤング率は約200GPa前後で最も高い剛性を持ち、アルミニウム合金は70GPa前後と鉄の約1/3の剛性となります。セラミックス材料のアルミナは370GPaと金属材料を大きく上回る剛性を持ちますが、脆性的な性質があるため建築構造材としての使用は限定的です。ねずみ鋳鉄(FC材)は鉄鋼材料の中でも剛性が低く、球状黒鉛鋳鉄(FCD材)と比較しても顕著な差があります。
参考)https://www.kyocera.co.jp/prdct/fc/material-property/property/stiffness/index.html
保有水平耐力計算(構造計算ルート3)では、剛性率が0.6未満の場合に必要保有水平耐力Qunの割増しが必要です。割増係数Fsは剛性率Rsに応じて変化し、Rs≧0.6の場合はFs=1.0(割増なし)、Rs<0.6の場合は「Fs=1.5/(Rs+0.75)」で計算されます。例えばRs=0.5の場合、Fs=1.5/(0.5+0.75)=1.2となり、必要保有水平耐力は1.2倍に割増されます。
参考)https://www.bakko-hakase.com/entry/177_gousei-ritsu
この割増計算は、剛性率が小さい階(変形しやすい階)に地震エネルギーが集中することを考慮したもので、建物全体の安全性を確保するための重要な設計手法です。中高層RC造ピロティ構造の研究では、等価剛性による剛性率を用いた割増係数の妥当性が検討されており、ヒンジ柱の応答変形角を目標変形角以下とするための条件が明らかにされています。実務では、剛性率の計算に中地震時相当(CB=0.20)の等価剛性を用いるか、崩壊形形成時の等価剛性を用いるかによって評価が変わるため、適切な判断が求められます。
参考)https://note.com/archinator/n/n07a6a2af3ecf
<参考リンク>
建築基準法における剛性率の規定詳細と計算例については、以下が参考になります:
剛性率 Rs とは(令第82条の6 第二号 イ)- 建築構造.jp
金属材料の剛性率(ヤング率・ずれ弾性率)の詳細な一覧データ:
今さら聞けない剛性率まとめ~計算方法・構造計算・素材情報 - アーキリンク