
渦電流とは、電気伝導体を磁場内で動かしたり磁束密度を変化させた際に、電磁誘導により導体内に生じる渦状の誘導電流です。1855年にフランスの物理学者レオン・フーコーにより発見されたため、フーコー電流とも呼ばれます。この現象は、イギリスの科学者マイケル・ファラデーが1831年に発見した電磁誘導現象が基になっています。
参考)「渦電流」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書
電磁誘導の仕組みは、導体に磁石を近づけると、磁界の強さが増加し、電磁誘導により増加する磁界を減らす方向に新たな磁界が発生するというものです。この新たな磁界を作るために、導体内に電流が流れる必要があり、これが渦電流となります。導体は無数の円形コイルの集まりと考えることができ、図のような渦電流が導体に発生します。
参考)渦電流が発生する原理
変化する磁場は、物質内に電流の流れである渦電流を発生させ、ファラデーの電磁誘導の法則によれば、ある境界内で時間とともに変化する不均一な磁束は、物質内に局所的な電流を維持できる起電力を生み出します。局所的な磁界強度、磁界の変化率、材料の電気特性(導電率と透磁率)は、誘導渦電流の強度を決定する要因です。
参考)渦電流を理解する:用途から損失まで - Dadao
渦電流では、レンツの法則に従って周囲の磁場の変化を妨げる向きに磁場が生じるような向きに電流が流れます。導電性の金属板が静止した磁石の上を通過するときに発生する渦電流では、金属板が磁石の左端に近づくと磁場の強さが増加し、反時計回りの渦電流が誘導されます。この渦電流が作る磁場は外部磁場に逆らう向きを持ち、磁気的な抵抗力(磁気抗力または磁気ダンピング)が発生します。
参考)渦電流 - Wikipedia
渦電流には表皮効果という重要な特性があります。電磁誘導によって発生する渦電流は、被加熱体の表面に近いほど大きく、内部に入るほど小さくなります。電磁界が導体の内部に浸透するに従って指数関数的に減衰する現象を表皮効果といい、渦電流も表皮効果に起因して試験体表面からの深さに対して指数関数的に減衰します。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0110010280
渦電流の表面における値に対して1/e(約36.8%)となる表面からの深さを浸透深さδとして用い、δは次式で与えられます:δ=1/(πfμσ)^(1/2)。ここで、fは周波数、μは透磁率、σは導電率を表し、これらの値が大きいほど浸透深さは小さくなります。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0030030400
渦電流探傷試験(ECT)は、励磁コイルで生成した交流磁束を検査対象導体に暴露することで渦電流を誘起させ、材料因子に依存した渦電流分布の変化を検出して探傷試験を行う方法です。コイルに電流を流すとアンペアの右ネジの法則で磁界が発生し、磁界の強さは電流×コイルの巻数に比例します。
参考)渦電流探傷試験(ECT)/渦電流探傷の原理・応用|非破壊検査…
この状態で金属などの導電体にコイルを接近させると、電磁誘導効果で導電体表面に渦電流が発生します。コイルが移動し金属の表面に割れがあると、渦電流が割れによって迂回して減る事で、コイルの抵抗が大きくなり電流が減少します。試験部に対して電磁誘導現象を利用して金属中に渦電流を発生させて、キズが存在する位置で渦電流の流れ方が変化することを捕捉してキズを検出する仕組みです。
参考)渦流探傷試験
金属のきずは、表面が削れて素材が欠け、そこに空気がある状態です。空気は電気を通さないため、金属内に発生した渦電流はきずを避けて流れます。きずのない箇所と比較することで、きずの検出が可能になります。
参考)夢ナビ講義
渦電流探傷試験は、橋梁をはじめ様々な分野で用いられており、国外では既に渦電流探傷試験が主流となり表面欠陥の検出に適用されています。渦電流は傷以外にも金属の腐食減肉などによっても変化し、腐食部にコイルが直接接触しなくてもその変化を検知できることから、被覆された橋梁ケーブルや道路照明柱の検査に活用されています。
参考)https://www.kobelcokaken.co.jp/tech_library/pdf/no44/c.pdf
溶接部における試験の際には、渦電流探傷試験の表面探傷における高い信号品質を波形表示されるポータブル探傷器機材を使用し、視覚的にも検出結果を確認できるため、より確実な試験が可能となっています。非破壊検査の方法としては超音波探傷試験が適用できない溶接部などは目視検査に加えて非破壊検査方式の浸透探傷試験と磁粉探傷試験が多く適用されていますが、導体の対象物の表面欠陥を検出する場合には、これから適用が増えると思われる試験方法です。
鉄道車両の保守検査では、台車枠に発生する亀裂を渦電流探傷法により検査する装置が使用されています。磁気探傷のように台車枠の塗装を剥がさずに、塗膜上からスピーディーに割れ検査ができるという利点があります。
参考)鉄道車両台車枠渦電流検査システム|非破壊検査や超音波探傷器|…
コイルに交流電流を流すと鉄筋に渦電流が発生し、これをコイルで検出して鉄筋までの距離(かぶり厚)や鉄筋径を測定(推定)できます。かぶり厚が比較的浅い場合に有効な技術です。
参考)鉄筋探査(コンクリート構造物の鉄筋配置の調査)
渦電流試験技術を応用した鉄筋コンクリートの鉄筋検査は、建築現場において構造物の安全性を確認する重要な非破壊検査手法となっています。コンクリート中の鉄筋の配置を調査する際に、コイルによる電磁誘導現象を利用することで、コンクリートを破壊することなく内部の鉄筋の状態を把握できるため、建築構造物の品質管理や維持管理に欠かせない技術です。
参考)コンクリート中の鉄筋の渦流試験に関する基礎的研究
コンクリート構造物における鉄筋探査では、探傷器のコイルを構造物表面に接近させることで、鉄筋に発生する渦電流の変化を検出し、鉄筋の位置や径を推定します。この技術は、新築時の配筋検査だけでなく、既存構造物の耐震診断や改修工事の際の調査にも広く活用されています。
誘導加熱(IH)は、導電性材料(主に金属)を加熱するための非接触の加熱方式です。加熱用コイルに流れる交流電流が、金属(被加熱物)自体に電流を誘起する磁界を作り、金属内には渦電流(コイルの電流と逆方向の電流)が発生します。この渦電流と金属の電気抵抗によりジュール熱が発生し、金属は急速に自己発熱します。
参考)誘導加熱(IH)とは?
高周波誘導炉では、金属を投入するるつぼの周りに電流の流れる誘導コイルが設置されており、この誘導コイルに高周波電流を流すことによりコイルの周りに磁界を発生させます。この電磁誘導によって、るつぼ内の金属に渦電流が生じ、ジュール熱が発生します。高周波誘導炉はこの誘導加熱を利用して金属を溶かすという仕組みになっていて、原理で言えばIHヒーターと同じです。
参考)金属を溶かす溶解炉の仕組みとは?大洋産業の高周波誘導炉を解説…
電磁調理器は、高周波の激しい磁界変化によって鍋底や釜に渦電流が流れ、それにともなって発生するジュール熱で調理したり炊飯したりする仕組みです。火炎を使用せず、制御が容易な誘導加熱は、二酸化炭素(CO2)や環境負荷を低減する地球環境・作業環境にやさしい無駄のない加熱プロセスとして注目を集めています。
参考)https://www.tdk.com/ja/tech-mag/hatena/024
渦電流による物体の運動を抑える力は、大型車や電車などの電磁ブレーキにも利用されます。レンツの法則により、渦電流では周囲の磁場の変化を妨げる向きに磁場が生じるような向きに電流が流れるため、物体の運動を抑える力を生じる結果となります。
リターダ(ブレーキリターダ)は、大型トラックなどに利用されている装置です。重い荷物を積載して走る大型トラックは、ブレーキを踏むたびにブレーキドラムに大きな負担がかかって磨耗していくため、ひんぱんに交換しなければなりません。リターダはこの負担を軽減するためのもので、流体式と渦電流式などのタイプがあります。
参考)https://www.tdk.com/ja/tech-mag/ninja/113
渦電流式リターダは、磁界の中で金属が移動するとき金属表面に発生する渦電流の磁界による制動力を利用したものです。具体的には、回転する金属製のローターが電磁石によって生み出された磁界を横切るときに発生する渦電流を利用します。この渦電流はローターの回転方向とは逆向きの磁場を生成し、結果として回転を減速させる力が働きます。
参考)電磁式リターダー:知られざる縁の下の力持ち - クルマの大辞…
電磁場解析を用いて制動力に寄与する方向の渦電流密度成分が最大になるように磁石やポールピースの形状、ポールピースとロータの隙間量などを最適化します。電磁式リターダーは電磁誘導原理を応用し、ローターに渦電流を生成して反発力を通じて減速する方式で、ブレーキ力の微調整が可能です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjws/78/3/78_182/_pdf
渦電流は、導体内部にできるコイルのようなものと考えることができ、外部の磁界変化に対して導体は自ら「天然のコイル=天然の電磁石」となって磁界変化を妨げようとします。しかし、この渦電流による損失(渦電流損失)は、電気機器の効率を低下させる要因となるため、適切な材料選択と綿密な設計を組み合わせることで、これらの電流と束縛エネルギー損失を効果的に軽減できます。
渦電流は、効果的な伝達とエネルギー損失の最小化により、電磁気応用分野における効率向上に貢献します。渦電流は磁場が印加されると導体内に発生し、熱流の改善と電気システム内の局所的な加熱の低減に貢献します。さらに、導電率に加え、積層コアや適切な幾何学的配置といった設計上の選択によって、渦電流を最適な方法で利用し、損失を最小限に抑えながら効率を最大化することができます。
変圧器、電気モーター、誘導加熱システムにおいては、これらの対策により望ましい性能が得られます。うず電流密度が表面における電流密度の0.368倍に減少した点を浸透深さδと呼び、表面からこの点までに自己発熱の約90%が生じます。浸透深さδは、周波数の平方根に反比例するため、周波数制御により加熱効率を最適化できます。
参考)誘導加熱の原理
建築現場において渦電流を利用した検査技術や機器を扱う際には、電磁場の影響を理解した安全管理が重要です。渦電流探傷試験では、高周波の交流磁場を使用するため、ペースメーカーなどの医療機器を装着している作業者への配慮が必要となります。また、金属製の工具や建材が意図せず磁場に曝されることで発熱する可能性があるため、測定機器の周辺環境には十分な注意が求められます。
誘導加熱を利用する工業機器においても同様で、高周波誘導炉の周辺では強力な磁界が発生するため、作業エリアの明確な区分けと立入制限が必要です。高周波誘導炉では温度が約1500℃まで上昇するため、高温から誘導コイルを保護するためにも冷却水を流すためのホースを繋げ、冷却システムにより水が循環して流れる仕組みとなっています。水温を検知するメーターが設定温度より高いと異常警報が鳴る仕組みとなっており、安全性を確保しています。
建築現場での非破壊検査においては、渦電流探傷試験の結果を正確に解釈する技術者の育成も重要な課題です。リサージュ波形(ベクトル表示)で表示される結果から、きずの有無、きずの大きさ、きずの深さ、振動の有無などを観察する専門知識が求められます。適切な試験周波数を選定するためには、浸透深さδの理解が不可欠であり、与えられた試験体に対して最適な検査条件を設定できる技能が必要です。
渦電流探傷試験の詳しい原理と応用方法については、ダイヤ電子応用の技術資料が参考になります
コンクリート構造物の鉄筋探査技術の詳細は、日鉄テクノロジーの鉄筋探査ページで解説されています
誘導加熱の工業応用については、アロニクス株式会社の技術解説が充実しています