

建築業界で注目を集める「カラーチタン」ですが、実はこの鮮やかな色は塗料や染料によるものではありません。これは「構造色(Structural Color)」と呼ばれる現象で、シャボン玉やタマムシの羽が色鮮やかに見えるのと同じ原理を利用しています。チタンの表面には、通常の状態でも極めて薄い「酸化皮膜(TiO2)」が存在しますが、陽極酸化処理はこの透明な皮膜の厚さを人工的にコントロールする技術です。
参考)https://www.metal-machining-costdown.com/column/detail.php?blog_id2=312
具体的には、光の「干渉」という物理現象を利用しています。太陽光などの光が酸化皮膜に入射すると、皮膜の表面で反射する光と、皮膜の内部を通り抜けて地金の表面で反射する光の2つに分かれます。この2つの反射光が重なり合うとき、特定の波長(色)の光だけが強め合い、他の波長は打ち消し合います。
参考)陽極酸化でカラフルなチタンプレートをつくろう|おもしろ科学実…
この「強め合う光の色」は、酸化皮膜の厚さ(ナノメートル単位)によって厳密に決まります。例えば、皮膜が薄いときはゴールドやブロンズ色に見え、厚くしていくと紫、青、そしてピンクや緑へと変化していきます。塗料を一切使っていないため、紫外線による退色(色あせ)が原理的に発生しないという極めて大きな特徴があります。建築士にとって、竣工時の美しさが数十年後も維持されることは、設計上の大きな安心材料となります。
参考)http://www.kinzoku-yane.or.jp/technical/pdf/no283.pdf
日本製鉄:デザイニングチタン「TranTixxii」カタログ(チタンの意匠性と耐久性に関する詳細データ)
陽極酸化チタンを建材として採用する最大のメリットは、その圧倒的な「耐食性」と「メンテナンスフリー」な性質にあります。特に塩害が懸念される海沿いの建築物や、メンテナンスが困難な高層ビル、神社仏閣の屋根において、その真価を発揮します。
参考)チタンを活用した長期耐久性機能表現 ~持続的社会を目指して~…
通常の金属は酸素と反応して「錆」を発生させ、ボロボロに腐食していきます。しかし、チタンは酸素との結合力が非常に強く、表面に瞬時に強固な酸化皮膜(不動態皮膜)を形成します。この皮膜は、たとえ傷ついたとしても、空気中の酸素と反応して瞬時に再生する「自己修復機能」を持っています。陽極酸化処理は、この天然のバリア機能を電気化学的にさらに強化したものです。
参考)アルマイトとチタン陽極酸化処理の違い
建材としての主なメリット一覧:
実際に、浅草寺の宝蔵門や九州国立博物館など、数百年単位の耐久性が求められる日本の象徴的な建築物で採用が進んでいます。初期コストは他の金属より高くなる傾向がありますが、塗り替えや修繕が不要なため、建物のライフサイクルコスト(LCC)で見ると非常に経済的であると言えます。
参考)チタンの陽極酸化処理:プロセス、利点、ベストプラクティス
一般社団法人 日本チタン協会(チタン建材の施工事例と技術資料)
陽極酸化の処理工程は、非常に繊細なコントロールが求められる電気化学プロセスです。基本的には、チタン製品をプラス極(陽極)、対極をマイナス極として電解液に浸し、直流電圧を印加することで行われます。
一般的な処理フロー:
この工程で最も重要なのが「印加電圧」の制御です。電圧を高くすればするほど、形成される酸化皮膜は厚くなり、色はスペクトル順に変化します。
| 印加電圧(目安) | 皮膜の厚さ | 見える色(発色) |
|---|---|---|
| 低電圧(~10V) | 薄い | シャンパンゴールド、ブラウン |
| 中電圧(15~25V) | 中程度 | パープル、ダークブルー |
| 高電圧(30~60V) | 厚い | スカイブルー、イエロー、ピンク |
| 超高電圧(80V~) | 非常に厚い | グリーン、ピンク、干渉色の2周目へ |
※電圧と色の関係は電解液の種類や温度によって異なります。
興味深いのは、このプロセスには「染料」が一切登場しないことです。液から引き上げた瞬間は、単なる濡れた金属に見えることもありますが、乾燥して光が当たった瞬間に鮮やかな色が浮かび上がります。また、マスキング技術を併用することで、一つのチタンパネルの中に複数の色を塗り分けたり、グラデーションを表現したりすることも可能になり、建築家の自由なデザインを実現しています。
参考)カラーチタン(陽極酸化処理) | 株式会社オーファ
陽極酸化チタンを採用する際に、建築家や施主が最も驚き、時にはクレームの原因にもなり得る「意外な性質」があります。それは、**「水に濡れると変色する(色が消える)」**という現象です。
参考)チタンは変色する?その原理と対策を徹底解説!
これは製品の欠陥や皮膜の剥離ではありません。発色の原理が「光の干渉」であることに起因する物理現象です。
通常、光は「空気(屈折率1.0)」から「酸化皮膜(屈折率約2.5)」に入射して干渉を起こします。しかし、雨が降って表面が水で覆われると、光は「水(屈折率1.33)」から酸化皮膜に入射することになります。入射する媒体の屈折率が変わることで、干渉の条件がずれ、見える色が変化したり、干渉色が弱まって地金の銀灰色に戻ったように見えたりするのです。
この現象は、雨が止んで水が乾けば、完全に元の色に戻ります。これを「不具合」と捉えず、「雨の日には建物の表情が変わる」というチタン特有の情緒的な意匠としてポジティブに捉える設計者も増えています。
また、手垢(指紋)が付着した場合も同様の原理で変色して見えます。皮膜の上に油分が乗ることで光の干渉条件が変わるためです。これも中性洗剤やガラスクリーナーで拭き取れば、元通りの美しい発色に戻ります。この特性を理解していないと、「施工中に色が剥げた!」と誤解されることがあるため、施主への事前説明は必須項目と言えるでしょう。
東大阪のチタン加工会社:チタンの変色原理と対策(水濡れや指紋による変色メカニズムの解説)
最後に、建材選びで迷うことの多い「塗装」と「陽極酸化」の決定的な違いについて整理します。どちらも色をつける技術ですが、その性質は対極にあります。
1. 剥がれに対する耐性
塗装は、金属の上に樹脂や顔料の膜を「乗せている」状態です。そのため、経年劣化や衝撃によって塗膜が剥がれたり、膨れたりするリスクが常にあります。
一方、陽極酸化はチタンの地金そのものを化学変化させて皮膜を作っているため、「剥がれる」という概念がありません。母材と一体化しているため、曲げ加工を行っても色が追従し、加工性にも優れています。
2. 質感と意匠性
塗装は顔料で表面を覆うため、マットで均一な色合いになりますが、金属特有の質感(メタル感)は失われがちです。
陽極酸化は透明な皮膜を通して地金の金属光沢が見えるため、「金属の高級感」を残したまま色をつけることができます。見る角度によって微妙に色合いが変わる「多色性」も、塗装には出せない魅力です。
参考)https://www.nipponsteel.com/tech/report/pdf/418-11.pdf
比較表:陽極酸化 vs 塗装
| 項目 | 陽極酸化チタン | 塗装(フッ素樹脂など) |
|---|---|---|
| 発色原理 | 光の干渉(構造色) | 顔料による着色 |
| 質感 | 金属光沢があり、深みがある | 均一でマット、人工的 |
| 耐久性 | 半永久的(紫外線劣化なし) | 15~20年程度で劣化 |
| メンテナンス | ほぼ不要(自浄作用あり) | 定期的な塗り替えが必要 |
| コスト | 初期費用は高い | 初期費用は比較的安い |
| 弱点 | 色合わせが難しい(ロット差) | 経年によるチョーキング |
選び方のポイント:
コストを抑えて特定の色(例えば真っ赤や真っ黒など、干渉色では出しにくい色)を指定したい場合は「塗装」が適しています。
一方で、**「数十年メンテナンスをしたくない」「金属本来の美しさを活かしたい」「他にはない高級感を出したい」**というハイエンドな建築プロジェクトでは、陽極酸化チタンが唯一無二の選択肢となります。建築の寿命と美しさのバランスをどう考えるかが、採用の分かれ道となるでしょう。