
PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)は、フッ素樹脂の中で最も生産量が多い代表的な種類です。分子構造内のフッ素密度が高く、炭素とフッ素の結合エネルギーが460~502kJ/molと非常に大きいため、化学的に極めて安定しています。融点は327℃、連続使用温度は260℃と高い耐熱性を誇り、-200℃の低温環境でも性能を維持します。
PTFEの最大の特徴は、あらゆる化学物質に対する優れた耐薬品性です。強酸、強アルカリ、有機溶剤のほとんどに侵されず、建築現場における過酷な化学環境でも長期間安定して使用できます。また、摩擦係数が0.1と非常に低く、優れた自己潤滑性を持つため、免震装置の弾性すべり支承に広く採用されています。地震時にPTFE製のすべり材がステンレス鋼板上を滑動し、建物の揺れを低減する仕組みです。
ただし、PTFEは溶融時の粘度が極めて高いため、一般的な射出成形や押出成形が困難です。粉末を常温で圧縮成形してから融点以上で加熱焼成する特殊な加工法が必要となり、複雑な形状の製造には制約があります。建築業では主に切削加工によるパッキン、シール材、滑り支承材として利用されます。
PTFEの詳細な物性値と他のフッ素樹脂との比較表(日本ピラー工業)
PFA(パーフルオロアルコキシアルカン)とFEP(パーフルオロエチレンプロペンコポリマー)は、PTFEの優れた特性を維持しながら加工性を改善したフッ素樹脂です。PFAはテトラフルオロエチレンとパーフルオロアルキルビニルエーテルの共重合体で、融点は305~308℃、連続使用温度は260℃とPTFEに匹敵します。一方、FEPの融点は260℃、連続使用温度は200℃とやや低めですが、両者とも溶融時の流動性が高く、射出成形や押出成形が可能です。
建築業におけるPFA・FEPの最大のメリットは、複雑な形状の部品を効率的に製造できることです。配管継手、チューブ、フィルムなど多様な形状に加工でき、PTFEでは実現困難だった用途にも対応できます。特にPFAは透明性が高いため、液体の流れを確認する必要がある配管システムに最適です。耐薬品性もPTFEとほぼ同等で、酸・アルカリ・有機溶剤に対して超優秀な耐性を示します。
FEPはPTFEやPFAよりも耐熱性では劣りますが、室温転移点がなく、低温から高温まで安定した性能を発揮します。引張強さや絶縁性はPTFEと同等以上で、半透明の外観を持つため、化学プラント配管や防水シート材料として利用されています。建築現場では、屋根や外壁の防水機能を高める防水シート材として、その耐水性と耐候性が評価されています。
ETFE(エチレンテトラフルオロエチレン共重合体)は、テトラフルオロエチレンとエチレンの共重合体で、フッ素樹脂の中でも優れた機械的強度を持ちます。引張強さは38~42MPa、ショア硬さはD67~78と高く、構造材料として使用可能です。融点は270℃、連続使用温度は150℃で、PTFEほどの耐熱性はありませんが、溶融成形が容易でコーティング剤としても利用されます。
建築業界でETFEが注目されるのは、膜構造建築物への応用です。わずか0.5mm(500μm)の厚さで重量は約440~874g/㎡と超軽量でありながら、優れた引張強度と耐候性を持ちます。透明性が高く、自然光を取り込める屋根材や壁面材として採用されており、建築躯体への負荷を大幅に軽減して耐震性を向上させることができます。2024年には国内初となる大型壁面でのETFEフィルム使用事例も報告されています。
PVDF(ポリフッ化ビニリデン)は、フッ素樹脂の中で最高水準の機械的強度を誇ります。炭素、フッ素、水素から構成され、加工性が高く溶接しやすい特性を持ちます。引張強さは30~70MPa、曲げ弾性率は0.60~1.99GPaと、他のフッ素樹脂と比較して優れた機械特性を示します。ただし、連続使用温度は150℃とETFEと同等で、PTFEやPFAより低い点に注意が必要です。また、アミン、ケトン、エステルなどに対する耐薬品性はやや劣るため、使用環境の確認が重要です。建築業では、バルブ、キャップ、パイプ、フィルムシートなど幅広い用途で活用されています。
フッ素樹脂塗料は、蛍石を原料とするフッ素樹脂を配合した高性能塗料で、建築業において外壁・屋根塗装の最上位グレードとして位置づけられています。特に4フッ化型フッ素塗料は、紫外線、雨水、酸化、温度変化など様々な外部環境に対する強い耐性を持ち、一般的なアクリルやシリコン樹脂塗料と比較しても圧倒的に優れた耐候性を発揮します。
耐用年数は12~20年と長く、シリコン塗料の10~15年と比較しても長期間メンテナンスフリーで美観を保つことができます。初期費用は30坪の戸建住宅で約100~110万円と高額ですが、塗り替え頻度を大幅に減らせるため、ライフサイクルコスト全体では約20%のコスト削減が可能です。大規模建造物や橋梁など、メンテナンスが容易でない構造物に対して特に有益とされています。
フッ素塗料のもう一つの特徴は、高い親水性による低汚染性です。雨水と共に汚れが流れ落ちやすく、外壁が汚れにくい性質を持ちます。さらに耐熱性、防藻性、防カビ性にも優れており、湿度の高い環境下でも藻やカビの発生を抑え、外壁の衛生状態を長期間維持できます。建設・インフラ業界では、屋根や外壁の塗装だけでなく、橋梁の継ぎ目のシール材としても活用され、耐熱性と耐薬品性を活かして一定の条件下なら熱の加わる場所でも使用可能です。
建築業において意外と知られていないフッ素樹脂の重要な用途が、免震装置への応用です。PTFE(四フッ化エチレン樹脂)を主成分とする弾性すべり支承は、地震動の長周期化に貢献する免震ゴムとして、中低層建物から高層建築まで幅広く採用されています。すべり部のすべり材には、PTFEを主成分とする摺動層と鋼板を多孔質青銅層でバイメタル状にした複合材を使用し、すべり相手材として研磨仕上げしたステンレス鋼板の表面にPTFEを含有した樹脂層をコーティングすることで、高面圧化と低摩擦化を実現しています。
摩擦係数は0.014(面圧29.4N/mm²、相対すべり速度10cm/s時)と極めて低く、震度3クラスの小規模地震から大地震まで様々な地震に対して免震効果を発揮します。従来の積層ゴム支承のみの免震装置と比較して、すべり支承を組み合わせることで固有周期を長くすることが可能となり、建物の揺れをより効果的に低減できます。装置のコンパクト化により、従来の免震装置よりも約20%のコストダウンが実現しており、共同住宅、防災拠点としての公共建物、医療施設、福祉施設などで積極的に導入されています。
さらに、すべり材を保持する中間プレートと上部ベースプレートの間に単層のゴムプレート(薄層弾性支承部)を設置することで、地震時に最初にゴムプレートが変形し、その後すべり部の滑りが生じる機構となっています。これによりすべり出しをスムーズにし、居住性の向上を図っています。高面圧で使用可能なため、長期許容鉛直荷重は1444kN~4676kN、限界変位は±400mm、±500mm、±600mmの3種類が用意されており、建物規模に応じた選定が可能です。
ブリヂストンの低摩擦タイプ弾性すべり支承「STシリーズ」の詳細
建築業においてフッ素樹脂を適切に選定するには、使用環境と求められる性能を明確にすることが重要です。高温環境での使用が想定される場合は、PTFEまたはPFAを選択します。両者とも連続使用温度260℃と最高レベルの耐熱性を持ち、屋根材や高温配管など過酷な環境でも長期間性能を維持します。
透明性が必要な部材にはFEPまたはPFAが適しています。FEPは半透明、PFAは透明で、液体の流れを確認する配管システムや採光性が求められる建築部材に最適です。特にPFAは耐熱性と透明性を両立しており、半導体製造装置の配管など高純度が求められる用途でも使用されています。
強度と耐候性が必要な構造材には、ETFEまたはPVDFを選定します。ETFEは引張強さ38~42MPa、PVDFは30~70MPaと優れた機械的強度を持ち、膜構造建築の屋根材(ETFE)や配管・バルブ(PVDF)として活用されています。ETFEフィルムは超軽量で耐震性向上にも貢献します。
加工方法も選定の重要な基準です。PTFEは溶融成形が困難なため切削加工が主体となり、加工コストが高くなります。一方、PFA、FEP、ETFE、PVDFは射出成形や押出成形が可能で、複雑な形状を効率的に製造できます。大量生産や複雑形状が必要な場合は、溶融成形可能なフッ素樹脂を選ぶことでコスト削減が可能です。
フッ素樹脂種類 | 融点(℃) | 連続使用温度(℃) | 引張強さ(MPa) | 主な建築用途 |
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PTFE | 327 | 260 | 20-35 | 免震装置滑り支承、パッキン、シール材 |
PFA | 310 | 260 | 25-35 | 配管継手、透明チューブ、高温用途 |
FEP | 260 | 200 | 20-30 | 防水シート、配管材、半透明部材 |
ETFE | 270 | 150 | 38-42 | 膜構造屋根材、壁面フィルム、コーティング |
PVDF | 151-178 | 150 | 30-70 | 配管、バルブ、高強度部材 |
耐薬品性を最優先する場合は、PTFE、PFA、FEPのパーフルオロ系フッ素樹脂が超優秀です。酸・アルカリ・有機溶剤のほとんどに侵されず、化学プラント配管や薬液用途に最適です。一方、ETFEやPVDFは非パーフルオロ系のため、パーフルオロ系と比較してやや耐薬品性は劣りますが、一般的な建築環境では十分な性能を発揮します。
コストとのバランスも重要な選定基準です。PTFEは最も高価で加工コストもかかりますが、最高の性能を持ちます。FEPやETFEは比較的低コストで加工性も良好なため、性能とコストのバランスが取れた選択肢となります。建築プロジェクトの予算、求められる性能、使用期間を総合的に評価し、最適なフッ素樹脂を選定することが、長期的なコスト削減と建物の耐久性向上につながります。