

建設現場や肉体労働の現場では、手軽にエネルギーと塩分を補給できるコンビニのハムカツやフランクフルト、あるいは朝食のベーコンなどが好まれる傾向にあります。しかし、これらの加工肉に含まれる「亜硝酸na(亜硝酸ナトリウム)」という表示を見て、不安を感じたことはないでしょうか。ここでは、なぜこの物質が「危険」と言われるのか、その科学的なメカニズムを深掘りします。
亜硝酸na自体も大量に摂取すれば毒性を持ちますが、食品添加物として微量に使われる場合、最大の問題となるのは**「ニトロソアミン」という強力な発がん性物質の生成**です。この化学反応は、以下のような特定の条件で発生します。
WHO(世界保健機関)の外部組織であるIARC(国際がん研究機関)は、加工肉を「人に対して発がん性がある(グループ1)」に分類しています。これは、「加工肉を食べると必ずがんになる」という意味ではなく、「がんの原因となりうる証拠が十分にある」という分類ですが、その主な要因の一つがこのニトロソアミンの生成に関与していると考えられています。
特に建設業など体が資本の仕事に従事されている方は、日々の食事の積み重ねが数十年後の健康状態に直結します。「たかが添加物」と軽く見ず、体内での化学反応を知っておくことは、自分自身の体を守るための第一歩となります。
内閣府 食品安全委員会:亜硝酸ナトリウム(発色剤)の安全性評価について
※上記リンクでは、国際的な評価機関(JECFA)が「ヒトの摂取と発がんリスクとの間に関連があるという証拠はない」としている見解や、野菜からの硝酸塩摂取との比較について解説されています。
スーパーやコンビニで売られているハム、ソーセージ、ベーコンなどの裏面表示を見ると、多くの製品で「発色剤(亜硝酸Na)」という記載が見つかります。なぜ、わざわざ危険性が懸念される物質を食品に入れるのでしょうか?これには大きく分けて3つの理由があります。
しかし、これらのメリットはあくまで「見た目」や「味」「流通のしやすさ」に関するものです。消費者である私たち、特に健康管理が仕事のパフォーマンスに直結する労働者にとっては、添加物だらけの食品を常食するリスクと天秤にかける必要があります。
最近では「無塩せき」と表示された、発色剤を使用しないハムやソーセージも増えてきました。これらは色が茶色っぽく、賞味期限も短い傾向にありますが、ニトロソアミンの生成リスクを避けたいと考える健康意識の高い層に選ばれています。現場への持参弁当や、晩酌のおつまみを選ぶ際、「ピンク色ではない、自然な肉の色」をした製品を選ぶというのも、一つの防衛策と言えるでしょう。
日本ハム:なぜ、ハムやソーセージに発色剤(亜硝酸Na)を使うのですか?
※大手食品メーカーによる、発色剤の使用目的と安全性、無塩せき製品との違いに関する公式見解です。
「毒」と「薬」の違いは量である、という言葉がありますが、亜硝酸naについても摂取量が極めて重要な鍵を握ります。実は、亜硝酸na自体の急性毒性は非常に強く、致死量(LD50)は青酸カリに近いレベル(成人で約2g程度で死に至る可能性があるとも言われます)の猛毒です。
「そんな危険なものが食品に入っているのか!」と驚かれるかもしれませんが、だからこそ、食品衛生法によって極めて厳しい使用基準と残存量の基準が定められています。
この基準値は、人間が一生涯にわたって毎日食べ続けても健康に影響が出ないとされる「一日摂取許容量(ADI)」を基に、さらに安全を見込んで設定されています。具体的には、体重60kgの人が毎日ハムを大量に食べたとしても、直ちに急性中毒を起こしたり、発がんリスクが跳ね上がったりする量には達しないように計算されています。
しかし、これはあくまで「理論上の安全値」です。私たち現代人は、ハムだけでなく、コンビニのおにぎり(タラコ)、サンドイッチ、加工食品など、知らず知らずのうちに複数のルートから添加物を摂取しています。これを「複合摂取」と言います。
基準値以下だから安全、と盲信するのではなく、「今日は朝ベーコンを食べたから、昼は加工肉を控えよう」「魚卵は美味しいけれど、毎日は避けよう」といった、トータルの摂取量をコントロールする意識が大切です。特に夏場の現場作業などで体力が落ちている時は、肝臓などの解毒機能も低下している可能性があります。体の負担を減らす食事選びは、プロの仕事道具のメンテナンスと同じくらい重要です。
厚生労働省:食品添加物の使用基準
※食品添加物の具体的な使用制限量や対象食品が記載された公的な規格基準書です。
ここまで亜硝酸naのネガティブな側面を強調してきましたが、実は食品加工の現場において、亜硝酸naは「命を守るための必要悪」として扱われてきた歴史があります。それがボツリヌス菌への対抗手段です。
ボツリヌス菌は、土の中に広く存在する細菌ですが、酸素のない状態(真空パックや缶詰、ソーセージの内部など)を好み、そこで増殖して「ボツリヌス毒素」という自然界最強クラスの神経毒を作り出します。この毒素は極めて微量でも致死的で、呼吸筋を麻痺させ、死に至らしめます。
かつてヨーロッパでは、自家製のハムやソーセージによる食中毒(ボツリヌス中毒)で多くの命が失われました。「ソーセージ」を意味するラテン語が「botulus(ボツリヌス)」の語源になっているほどです。
亜硝酸naには、この恐ろしいボツリヌス菌の増殖を強力に抑える効果があります。他の保存料では代替できないほど、その効果は劇的です。
現在流通している加工肉、特に常温での流通経路に乗るものや、真空パック製品において、食中毒リスクを極限まで下げるために亜硝酸naは非常に有効な働きをしています。「発がん性のリスク」は長期的な摂取による確率的なリスクですが、「ボツリヌス菌のリスク」は食べた直後に命に関わる即効性のリスクです。
食品メーカーは、この「食中毒による即死リスク」と「長期的な発がんリスク」のバランスを慎重に検討し、ボツリヌス菌を抑えつつ、人体への影響が最小限になるようなギリギリの量で亜硝酸naを使用しています。
無塩せき(発色剤不使用)のハムやソーセージは、この防波堤がないため、保存期間が短く、要冷蔵で厳密な温度管理が必要になります。現場に持っていくお弁当などで、保冷剤なしで長時間放置するような環境であれば、皮肉なことに添加物が入っている製品の方が食中毒のリスクに関しては「安全」という側面もあるのです。
公益財団法人 日本食肉消費総合センター:食肉製品に発色剤として用いられる食品添加物「亜硝酸塩」
※ボツリヌス菌の抑制効果や、肉の色素固定のメカニズムについて専門的な解説があります。
最後に、あまり語られない意外な事実について触れておきましょう。「亜硝酸naは怖いから、加工肉はやめて野菜中心の生活にしよう」というのは素晴らしい心がけですが、実は私たちは野菜から大量の「硝酸塩」を摂取しています。
野菜(特にほうれん草、チンゲン菜、レタスなどの葉物野菜や大根)は、土壌中の肥料成分である窒素を吸い上げ、「硝酸塩」として体内に蓄えます。私たちがこれを食べると、口の中の常在菌によって硝酸塩の一部が還元され、「亜硝酸塩(亜硝酸naと同じ成分)」に変化します。
驚くべきことに、日本人の平均的な食生活において、体内に取り込まれる亜硝酸塩の総量のうち、食品添加物由来のものは数%に過ぎず、大半は野菜由来の硝酸塩が体内で変化したものだという調査結果もあります。
「じゃあ野菜も危険なのか?」というと、そうではありません。ここが人体の不思議でうまくできている点です。
野菜には、亜硝酸塩の害を打ち消す成分が豊富に含まれています。その代表がビタミンCやビタミンE、ポリフェノールなどの抗酸化物質です。
これらは、胃の中で亜硝酸塩がアミンと反応して発がん性物質(ニトロソアミン)に変化するのを、身を挺してブロックしてくれるのです。つまり、野菜は「毒の種(硝酸塩)」を持っていると同時に、「強力な解毒剤(ビタミンC)」もセットで持っているようなものです。
これに対して、ハムやベーコンなどの加工肉は、タンパク質(アミンの元)と亜硝酸na(発色剤)がセットになっており、ビタミンCなどの抑制物質が少ないことが多いのが問題なのです。
このメカニズムを知っていれば、加工肉を食べる時の対処法が見えてきます。
もし現場の昼食でハムサンドやソーセージを食べるなら、必ず野菜ジュースやサラダ、あるいは食後のミカン(ビタミンC)を一緒に摂ることを強くお勧めします。
「悪いものを食べない」のが一番ですが、現実的に難しい場合は、「悪い反応をブロックする食べ合わせ」を意識することで、リスクを大幅に下げることができます。これは、自分の体をマネジメントするプロの知恵として、ぜひ覚えておいてください。
独立行政法人 農畜産業振興機構:野菜中の硝酸塩に関する情報
※野菜に含まれる硝酸塩の量や、それらが健康に与える影響、リスク管理についての詳細なレポートです。