

養生シートをしっかり張っても、塗料飛散で近隣40台に約500万円の賠償が発生した事例があります。
エアレス塗装とは、名称のとおり「エア(空気)を使わない」塗装方法のことです。一般的なエアスプレー塗装が圧縮空気の力で塗料を霧状に分散させるのに対し、エアレス塗装では塗料そのものに直接高圧をかけてノズル先端から強制的に噴射します。この方式は、日本ペイントの用語集でも「外装・建築塗料分野では標準的」と位置づけられているほど、建築現場では広く普及した工法です。
圧力の数値で見ると、エアレス塗装は6.9〜20.6MPa(約70〜210kgf/cm²)という超高圧を塗料に加えます。これは水道水の家庭内配管圧力(約0.2〜0.3MPa)と比べると、実に30倍から100倍近い圧力です。コップに水を入れて指でふさいだストローの口をさらに細くすると、水が勢いよく吹き出しますが、エアレス塗装の原理はまさにこれと同じです。プランジャーポンプまたはダイヤフラムポンプで加圧した塗料が、直径わずか0.016インチ(約0.4mm)程度の微細なノズル孔から一気に噴射されることで、塗料は自然と細かな霧状の粒子となって対象物に塗布されます。
空気を混入させないことには、重要な意味があります。エアスプレーでは空気と塗料を混ぜるため、どうしても塗膜の中に気泡が生じやすく、塗膜密度が下がる傾向があります。エアレスなら塗料だけを高圧で押し出すため、塗膜に空気が入らず、結果として密度の高い厚い塗膜が形成されやすくなります。建築外壁塗装において耐久性の確保が重要である以上、これは無視できない利点です。
機材の構成はシンプルで、電動または空気駆動の高圧ポンプ本体・高圧ホース・エアレスガン(スプレーガン)・ノズルチップの4要素から成ります。ノズルチップの番号は4桁で表記され、たとえば「1640」なら「口径0.016インチ・パターン角度40度」を意味します。チップを替えるだけで粒子の粗さや吐出幅を変えられるため、塗料の種類や現場状況に合わせた柔軟な対応が可能です。これが基本です。
参考リンク:エアレス塗装の定義と建築分野での位置づけについて
日本ペイント株式会社|エアレス塗装 用語解説
参考リンク:各スプレーガンの塗着効率の比較データ(エアレスの特徴が詳細に記載)
扶桑精機株式会社|スプレーガンの種類をすっきり解説
エアレスとエアスプレーの最大の違いは、霧化の方式と塗着効率にあります。エアスプレー塗装の塗着効率は一般的に30〜40%程度とされており、これはつまり使用する塗料のうち60%以上が対象物に届かず、周囲に飛散するか廃棄されることを意味します。100万円分の塗料を使えば、60万円分以上が実質的に無駄になる計算です。痛いですね。
一方でエアレス塗装の塗着効率は50〜90%程度と幅があり、平均的には60〜70%前後とされています。エアスプレーと比較した場合、少ない塗料でより多くの面積を仕上げられるということです。建築塗装では大面積の施工が多いため、この差が工事コスト全体に直結します。
ただし、エアレスの塗着効率が常に高いわけではありません。ノズルチップの摩耗・吐出圧力の設定ミス・ガンと壁面の距離・移動速度のいずれかが崩れると、一気に無駄が増えます。逆に言えば、正しい操作技術とノズル管理を徹底することが、コスト管理そのものに直結するということです。
エアスプレーが「美しい仕上がり」を得意とする一方、エアレスは「速さと厚塗り」に特化しています。塗料粒子がエアスプレーに比べてやや粗いため、精密な仕上げや金属小物には不向きです。しかし外壁・屋根・フェンス・橋梁など広い面積の建築塗装においては、塗装スピードの速さが圧倒的に有利に働きます。
| 比較項目 | エアレス塗装 | エアスプレー塗装 |
|---|---|---|
| 塗着効率 | 50〜90% | 30〜40% |
| 塗装スピード | 速い ✅ | 普通 |
| 仕上がりの細かさ | やや粗い | 美しい ✅ |
| 高粘度塗料対応 | 可能 ✅ | 難しい |
| 飛散の量 | 比較的少ない | 多い |
| 向いている現場 | 外壁・屋根・橋梁など大面積 | 精密塗装・自動車補修など |
参考リンク:エアスプレーとエアレスの塗着効率の違いと仕組みについて
ノードソン|エアスプレーとエアレススプレーの違いや仕組みを解説
建築塗装の現場でエアレスが選ばれ続ける最大の理由は、作業効率の高さにあります。ローラー塗装と比較した場合、広い面積での施工スピードは圧倒的です。100㎡の外壁をローラーだけで塗ろうとすれば、段取り含めて半日以上かかる場面でも、エアレスなら養生時間を除いた純粋な塗布時間だけで見ると数分の一に短縮できます。工期短縮はそのまま人件費削減につながります。これは使えそうです。
もうひとつの大きなメリットは、凹凸のある壁面への対応力です。サイディングボードやリシン・スタッコなどの意匠性の高い外壁材は、細かい凹凸が深いため、ローラーだけでは溝の奥まで塗料が届かないことがあります。エアレスで霧状に噴射すれば、凹み部分の隅々まで塗料が行き渡り、均一な塗膜を形成できます。
3つ目のメリットは、高粘度塗料への対応です。弾性塗料や厚膜型の防水塗料など、粘度の高い材料はエアスプレーでは霧化しにくく、事前に大量のシンナーで希釈する必要があります。希釈しすぎると塗膜厚が落ちて耐久性が低下するリスクがありますが、エアレスなら高粘度のまま施工できるので、塗料本来の性能を発揮させやすいです。
具体的には以下の場面でエアレスが力を発揮します。
一方、住宅密集地や隣家との距離が1〜2mしかないような狭小現場では、エアレス単独での施工はリスクが高まります。その場合は下塗りのみエアレスで行い、中塗り・上塗りはローラーに切り替えるという使い分けが現場では一般的です。部位や工程で使い分けるのが原則です。
エアレス塗装のデメリットのうち、多くの現場担当者が軽視しがちなのが「飛散リスクの大きさ」です。エアスプレーよりは飛散が少ないとはいえ、それはあくまでエアスプレーとの比較での話です。ローラー塗装と比べると飛散量は格段に多く、風速3m/s程度の風でも予想外の範囲に塗料が届くことがあります。
実際に、養生シートが強風で飛んだことで近隣駐車場の車両約40台に塗料が付着し、賠償金額として約500万円の補償が発生した事例が記録されています。別の事例では、車両18台の修理費・代車費用として237万円相当が請求されたケースもあります。1台あたり約13万円の計算です。養生が甘かった現場で起きた話です。
塗料が車に付着した場合、乾燥後は単純なシンナー拭きでは除去できず、磨き・コーティング・場合によっては板金修理が必要になります。1件あたりの修理費が30万円を超えるケースも実例として存在します。施工前の養生計画を甘く見ると、工事費用を大幅に上回る賠償責任を負うリスクがあります。養生に注意すれば大丈夫です。
また、エアレス塗装機特有の見落とされがちなリスクとして、高圧噴射による「インジェクション傷害(皮膚内注入)」があります。エアレス機のノズルから出る塗料の噴射圧は、皮膚を貫通して体内に塗料や溶剤を注入するほどの威力を持っています。日本ワグナーの操作説明書にも「塗料または洗剤が皮膚内に注入されることによる危険の恐れ」と明記されており、安全装置を外した状態でのノズル方向への指差しや、圧力を抜かずに詰まり除去を行う操作は絶対に禁止です。これは必須の知識です。
現場でよくある危険な操作として、ノズル詰まり時に素手や顔を近づけて確認する行為が挙げられます。圧力が完全に抜けていない状態でノズルを触ると、注射針と同等の力で塗料が皮膚に注入されます。万一注入された場合は、外見は小さな傷に見えても組織壊死につながる重大な医療緊急事態であり、直ちに外科医の治療が必要です。
参考リンク:エアレス塗装機の安全上の注意と皮膚注入リスクについて
日本ワグナー・スプレーテック|エアレスマニュアルガン操作説明書(PDF)
参考リンク:塗料飛散による近隣への損害賠償補償の具体的な事例
外壁塗装市場|塗料飛散による賠償トラブル補償事例まとめ
エアレス塗装の仕上がり品質は、ノズルチップの選定と操作技術に大きく左右されます。ノズルチップの番号の読み方を正確に理解している現場担当者は、実は思ったより少ないです。意外ですね。
チップの番号は4桁で表示されます。たとえば「1640」という番号なら、上2桁の「16」がノズル口径(0.016インチ≒0.4mm)を、下2桁の「40」が30cm離れた位置でのパターン角度(40度)を示します。口径が大きいほど吐出量が増え、パターン角度が大きいほど広い幅を一度に塗れます。
塗料の種類とノズルサイズの対応は次のとおりです。
チップの口径が合っていないと、塗料が「テール」と呼ばれる端部のスジ模様として噴射パターンに現れます。これはチップが塗料の粘度に対して小さすぎるか、または摩耗して変形していることが原因です。テールが出ている状態でそのまま施工を続けると、均一な塗膜が得られず仕上がりムラの原因になります。チップ管理が条件です。
正しい操作の基本として覚えておきたいポイントが3つあります。第一に、ガンを動かしてからトリガーを引くこと(先に動かして後から噴射)。第二に、ガン先端と壁面の距離を30〜40cm前後に保つこと。第三に、ガンの移動速度を一定に保つこと。この3点が崩れると、吹き始め・吹き終わりにダレや厚塗りが生じ、ローラーで直しが必要な手戻りが発生します。
参考リンク:エアレスチップの口径・パターン角度の読み方と選定の基準
「エアレス塗装のほうが高性能だからすべての工程に使うべきだ」と考えている現場担当者は少なくありません。しかしこれは誤解です。現代の建築外壁塗装において、エアレスとローラーはどちらが上ではなく、工程・部位・現場環境に応じて使い分けるものです。
実際の施工では、下塗り(シーラー・プライマー)にエアレスを使い、中塗り・上塗りはローラーで仕上げるという組み合わせが多く採用されています。理由は2つあります。ひとつは飛散リスクの低減、もうひとつは仕上がりの均一性です。エアレスは吐出量が多い分、上塗り工程でオーバースプレーが発生しやすく、近隣トラブルの原因になりやすいです。ローラーに切り替えることで飛散リスクをほぼゼロに抑えられます。
一方で、エアレスが圧倒的に有利な場面もあります。凹凸が深いリシン吹き付けやスタッコ仕上げの外壁面では、ローラーでは塗料を溝の奥に押し込みにくいため、エアレスによる均一な霧状噴射が仕上がりを左右します。また、橋梁・鉄骨構造物・屋根の棟周辺など、ローラーが届きにくい複雑な形状部位でもエアレスの機動力が活きます。
住宅密集地かどうかの判断も重要です。隣家との距離が3m以下の現場では、エアスプレーはもちろんエアレスも風向きによって飛散が隣地に届くリスクがあります。メッシュシートだけでは吹き付け塗装の飛散を完全には防げないという専門家の指摘もあります。住宅密集地では完全養生が前提です。
工程ごとの使い分け目安は以下のとおりです。
参考リンク:吹き付け塗装とローラー塗装の特徴と選び方の比較
塗装屋さん13号店|吹き付け塗装の特徴はローラー塗装との違い

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